第3話

 苔むした石段とその周りに生い茂る雑草は、それだけでなんだか薄気味悪い雰囲気が十分にあった。


「なあ、本当に行くのか?」


 海堂が確認するかのように聞いてくる。

 わたしと梨乃は「もちろん」と言って大きくうなずいた。


「でも、なんで俺が先頭なわけ? キミたちの思い出の場所なんでしょ」


 その海堂の問いに、わたしと梨乃は顔を見合わせる。

 なんか、怖いから。本音はそうなのだが、言いたくはない。それは梨乃も同じようだった。


「スカートの中を覗かれたくないから」


 梨乃がぴしゃりと海堂に告げる。

 もっともらしい言い訳。さすがは梨乃。わたしは心の中で関心していた。


「えー、覗いたりしないよ」

「いいから、早く行け。海堂、男だろ」


 梨乃が前にいる海堂の尻を平手で叩く。


「そういうのは男女差別にあたるよ。ジェンダー平等だ」

「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと進めよ、海堂」


 少し苛立った口調で梨乃が言う。

 怖い、怖いよ、梨乃ちゃん。わたしは心の中でそう思いながら、なかなか進もうとしない海堂の尻をわたしも平手で叩いてやった。


「わかった、わかったよ。おれが先頭で行くよ」


 頼りになるのかならないのか、よくわからない海堂は尻を叩かれないように速足で石段を上りはじめた。

 石段をのぼる前までは、少し暖かい感じがしていたのだが、石段をのぼっていくとひんやりとした空気に変わっていることにわたしは気づいた。


 子どもの頃、本当にこの石段をのぼったんだよね?

 わたしは自問自答をしてみる。


 しかし、記憶があいまいだった。小学生の足でのぼるには多すぎる段数をのぼっているような気もするし、こんな風景を見たという記憶もないのだ。


「ねえ、梨乃……」


 不安になったわたしが隣を歩く梨乃に声を掛けると、梨乃も同じことを考えていたようで不安そうな顔でこっちを見ていた。


「なにか、おかしいよね?」

「やっぱり、そう思う?」


 わたしはたちは引き返そうと言うつもりで、言葉を交わす。

 しかし、前を進む海堂はその声が聞こえないかのように石段をどんどんとあがって行ってしまう。


「ねえ、海堂……」

「海堂ってば」


 わたしたちの呼びかけに海堂は反応せず、石段をのぼっていってしまう。


「海堂、ちょっと待ってよ!」


 梨乃が叫ぶようにいうと、海堂は足を止めてゆっくりと振り返った。

 振り返った海堂の顔には、妙な化粧が施されているかのように見えた。

 顔は白粉おしろいでも塗ったかのように真っ白で、唇は紅でも入れたかのように赤い。そして眉は眉頭だけしかない殿上眉のようだった。


「え……」


 海堂の顔を見たわたしは思わず声を出してしまった。


「どうしたの、ミズキ?」

「マロ……」


 わたしは海堂の顔を指さして言う。

 すると梨乃が吹き出すようにして笑った。


「なにそれ、ウケる」

「なんだよ、それ」


 海堂も笑いながら言う。


 あれ? いつもの海堂くんの顔に戻ってる。わたしは目をパチパチさせながら、海堂の顔をじっと見つめた。


「なに? おれの顔に何か付いている?」

「マロ」


 梨乃がふざけて真似をする。


 あれ? やっぱり、いつもの海堂くんの顔だ。

 何かの見間違いだったんだろう。わたしはそう思うことにして、梨乃と一緒に「マロ」と叫んではゲラゲラと笑いながら石段をのぼった。


 やっとの思いで石段をのぼりきったわたしたちは、神社の境内へとたどりつくことができた。

 木製の鳥居は半分朽ちているような状態であり、得体のしれない蔦植物が絡まっていた。


「ここがキミたちのいう神社なのか?」


 海堂がわたしたちに聞いてくる。

 そこには雑草が生い茂り、境内の見る影もない空き地のような場所が広がっていた。

 わたしの記憶……。『クビナガさん』は、本当にここだったのだろうか。あんなに長い石段をのぼった記憶もなければ、木製の鳥居があったという記憶もない。

 梨乃はどうだろうか。


「ねえ、梨乃は覚えてる?」

「なんとなく……たしか、あの奥にやしろがあったはずだよ」


 梨乃がそう答える。

 しかし、わたしは梨乃のその言葉にどこか違和感を覚えていた。

 どこか、いつもの梨乃と違う。そう感じたのだ。

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