ご契約は次の人生で

Tatsu

プロローグ

「それでは各自、作業にあたるように」


 真剣なおも持ちで豪奢ごうしゃな椅子に座る女性はそんな厳格な男の声を聞き流し、宙に投影された目の前の映像に集中する。

 映像にはベットで横になり本を読む少年が映し出されている。


「ふう」


 深く息を吐く。真剣な面持ちには少し緊張が混じっているように見える。


「――よし、やるか」


 映像に映るこの少年とは、以前話したことがある。その時を思い出しながら女性は目を閉じる。


 すると映像の中の少年は、バッと起き上がり驚いた表情をする。


「これでよし、と」


 目を開き、少年の様子を観察する。驚いた様子が面白くてつい微笑ほほえんでしまう。

 しかし、すぐに表情を引き締める。

 ――この世界はこれからが本番なのだと。

 それは少年にとっても。そして自分自身にとっても。

 "これ"が正解だったのかは分からない。いつか後悔する時が来るかもしれない。

 「後悔の無い人生」など存在しないだろう。人生を振り返って大小問わず後悔することは誰にでもあるだろう。それは分かっているつもりだ。

 しかし少年を見て「どうか後悔の無い人生を」と、どうしても願ってしまう。

 これまでいろんな人を見てきた。力におぼれる者、逆に力に蹂躙じゅうりんされる者。

 それなりに平和な人生を送った者もいた。

 しかしそんな彼らが最後に思ったのは、もっとこうしたかったなどの後悔だった。

 そんなたくさんの後悔を見てきても、なお彼女は「後悔の無い人生」という空想を捨てきれず追い求めてしまう。そんなものは無いと理解しているつもりなのに。

 そんな彼女は自嘲するような笑みを浮かべた後、真剣な表情で少年を見据える。


「どうか自分の思う良い人生を」

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