管理する世界②

 ウォーレスの時とは違いひどく冷たい声でヤマトは後ろに降り立った男、クリスデンに振り向くこともなく話しかけた。

 しかしクリスデンはそんなヤマトの様子を気に留めることもなく飄々ひょうひょうと口を開く。


「20年ぶりに顔を出したのを見かけたから心配して来たのさ」

「お前にそこまでの脳みそがあるのか? いつもおもちゃで遊ぶので精一杯だろ?」


 ヤマトは視線だけクリスデンに向け適当に返事をする。

 ワインレッドに細い白色のストライプ柄の入った燕尾服えんびふくに、少し長めの白髪はくはつの上に同じくワインレッドのハット、黒い革靴。ひょろっとしているこの見た目すらもヤマトは強い拒否感を覚えている。生理的に無理、というやつだろう。

 クリスデンは片眉かたまゆを一度上げながらも、それ以外表情も声も変えることなく喋り始める。


「そう言うなよ。俺の子が世話になってたから挨拶しているだけだろ?」

「驚いた。おもちゃ扱いしてる奴が俺の子だなんて。やっぱりお前の脳みそには本物のおもちゃ以下のガラクタが詰まってんじゃない?」

「かわいい俺の子さ。俺を楽しませてくれる、ね」

「相変わらず反吐へどが出るね。神に生まれただけのクズが」


 この会話の間、片方は視線だけで表情を変えることもなく淡々と、もう一方は愉快そうに話をしている。どちらも腹の内は分からないが。


「くくく。そんなお前もずいぶん物騒なものを与えていたじゃないか」


 話題を少し変え、おかしそうに話す。


「元々そういう手筈てはずだっただろ。お前みたいに中途半端な能力を与えるものじゃない。能力は前世で望んでいたことを叶えるためのものだ。お前の気色きしょく悪い娯楽ごらくに付き合わされる子がかわいそうでならないね」

「相変わらずお堅い頭だな。何も人外な能力だけが強力じゃない。それに望まれたことは叶えてるさ。身体能力と筋力の強化。シンプルでとっても強いじゃないか」


 わざとらしく恍惚こうこつとした表情を浮かべ両手を広げる。


「確かに強力だ。あの世界じゃなければね」

「――なお都合がいい」


 そう言うと、今まで張り付いていた笑みがより深く下卑げひた笑みに変わる。


「気持ち悪い。いずれ能力せいで埋まらない差ができる。その苦しみもがくさまを楽しむ。どうせ前世での契約も適当なものなんだろ」

「人聞きが悪いな。双方、合意の上さ」

「吐き気がするな」


 これ以上話す気もないと、ヤマトは目線を外し歩き出す。


「あいかわらずお前は実験の内容を守っているな。それこそ児戯じぎに等しいだろうに。お前も俺のように遊んでみたらどうだ?」


 ヤマトの背に向けクリスデンは少し小馬鹿にしたようにそう話しかけてきた。

 その言葉に歩き出した足は止められる。


「実験なんてものに興味はない。20年に1回、必ずあの世界に自分の管轄かんかつの人間を送る。それを守っただけ」

「なら適当な能力渡してあとは放っておけばいいじゃないか」

「私は知り合いの不幸を悲しむくらいの良心はある。お前みたいなクズと一緒にするなよ」


 先ほどよりも少し苛立ちの混ざった声。だが相手はその声を聞き、少し軽蔑するように返す。


「良心? 自分の子らが作った国を見捨てたお前が言えることじゃないな」


 刹那、キィンとかん高い音が響き、どこからでてきたのか互いの武器が交差する。

 10メートルほどあった距離は一瞬で詰められ、ヤマトの逆袈裟斬ぎゃくけさぎりをクリスデンは自身の武器である両刃の大剣に両手をかざし、超常的な力で受け止めた。

 そんなとてつもない力の濁流だくりゅうを受け止めはしたクリスデンだが、押し返すことはできず体は宙に浮き、共に流れてゆく。


「あまり知った口をきくな。殺すぞ」

「っ。相変わらず腕は衰えてないようだな」


 クリスデンの声は先ほどまでと大きく変わりはないが少しばかり力が入っており、少し笑みを浮かべているもののどこか真剣な顔つきになる。ヤマトの一瞬の攻勢に対する危機感からだろう。

 地に足をつけず行われている攻防は、どちらも一歩も引かず、ただ一方的に濁流に流されていくだけだ。


「ふんっ」


 ヤマトは受け止められた刀を両手で力任せに振りぬきこの膠着こうちゃく状態に終止符を打つ。

 加速した力の濁流はヤマトを置き去りにクリスデンを押し流す。

 振りぬかれた刀に上半身をのけぞらせ体勢を崩したクリスデンは、そのまま後ろに一回転し、地面に片膝で足をつけ、ようやく流れから逃れる。


「ったく危ねえなあ。俺は戦う方じゃなくて観戦する方が好きなんだけど」


 そうふざけて口にするが先ほどの余裕はなく少し怒りがこもっている。


「いいじゃないか。大好きな見世物の引き立て役くらいならお前にもできるだろ?」

「ちっ、――まあいい」


 その言葉に、初めてクリスデンが露骨に嫌そうな顔をする。


「別に争いにお前に顔を見せに来たわけじゃねえ。ただお前のとこの奴がおもちゃで遊んでくれそうだったからな。遊び潰してくれるもよし、――その逆でもいいな?」


 そんな表情も一瞬。期待に満ちた声で下卑げひた笑みを貼り直す。

 ヤマトはその言葉に一瞬反応しにらみつけるが、先ほどのように斬りかかることはなかった。


「せいぜい楽しませてくれよ?」


 そう言い残し徐々に消えるようにその場からいなくなった。

 ヤマトは手に持っていた刀を手放すと、それは落ちることなく空間に消えていく。


「ふう」


 息を吐き、目を瞑って真っ白な空を仰ぐ。

 しばらくして目を開く。その表情は真っ直ぐと、何か大きな決意をしたようだった。


「私はもう逃げない」


 振り返り再び歩き出す。しくも嫌いな男の言葉で彼女は固い決心をしたようだ。

 何もない空間に目線を向ける。すると空中に映像がでてきた。

 映像の中では喧嘩をしていた黒髪の少年が帰宅したのだろう。疲労した体を休めるため自室のベッドでぐっすりと横になっている。


「実験場――」


 ぽつりと口から出てしまったようだった。


「馬鹿らしい」


 目線を外し、映像が消える。

 その後、ヤマトは歩を止めることはなかった。



 彼女らのいる真っ白な空間、いわゆる神々の世界に暮らす者は、それぞれが管轄となる世界を持っており、それらを管理するのが彼女ら神々の主な役目だ。それはアルグラン大陸も例外ではなく、この真っ白な空間は神々がそれらを管理するための世界である。

 しかしアルグラン大陸には、他の世界とは明確な違いがある。それは特定の一人の神が管理している世界ではないということ。自身の管轄の世界から未練のある者と契約し、記憶をなくし新生児の状態でこのアルグラン大陸に連れてくる。前世の情報と能力の付与はそんな契約の一部である。つまり全ての神がこのアルグラン大陸という世界を管理している。


 そしてこのアルグラン大陸は、そんな前世の情報と能力を得た人間がどう生き、何を考え、どう成長していくかを管理し、人間について学ぶことを目的に神々によって作られた実験場せかいである。

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