管理する世界①

 真っ白な無機質の世界の中に、似つかわしくない豪奢ごうしゃな長方形のテーブル。さらに異質なのはその大きさだ。数千という人が一人ずつこれもまた豪奢な椅子に座り、簡単に囲えているような大きさだ。実際、椅子に座りテーブルを囲んでいるのは正確には人でないのだが。

 そんな数千人の集まりだが、人数の割には静かである。本来の集まった目的である作業に集中する者、机に突っ伏すもしくは椅子の肘掛ひじかけ頬杖ほおづえをつき寝ている者、談笑している者、見える範囲でもその様子は様々だ。遠くのほうなど米粒程度しか見えないので何をしているかもわからない。


 その中一人、20代前半ぐらいの女性はテーブルに頬杖をつき不機嫌そうな顔をしている。

 黒色の瞳に髪。ミディアムヘアを桜をモチーフにしたかんざしで後ろにまとめており、白を基調とし控えめな花柄がそで前身まえみごろを中心にデザインしてある子振袖こふりそでを着ている。見た目は和風美人だが、頬杖をつきねているような表情をしている彼女には少し子供っぽさも感じられる。

 彼女は不機嫌の原因である、目の前のちゅうに映された映像に目を向けている。


「どこの奴だこいつ」


 思ったより見た目にはんして口が悪いらしい。ぼそっとつぶやく。

 その映像には、彼女と同じく黒髪黒目の男の子と金の混ざった茶髪にうっすらと赤い瞳をした男の子が口論している様子が映されている。どうやら茶髪の男の子が村の子供を殴ったらしい。黒髪の男の子が優しく寄り添っている。

 それを見ていた彼女はどこか誇らしげだったが、次の瞬間――


「どこの奴だよこいつはっ‼」


 拳を握りテーブルを力強く叩き激高げきこうしていた。

 映像では黒髪の子が茶髪の子に腹を殴られうずくまっている。

 テーブルにはひびが入り周囲にとんでもない衝撃をまき散らしている。周囲にいた者は即座に避難し無事だったが、座っていた椅子は吹き飛ばされていた。しかし彼女は怒りが収まらないのか何度もテーブルを叩きつけ、片手だったのが両手になり、衝撃と轟音ごうおんを響かせていた。

 十回ほど破壊音がとどろいたころ、ついにテーブルの彼女に叩かれている部分が限界を迎え、振りかざされる両拳の衝撃とともに消滅する。目の前に叩く場所が消滅し怒りの矛先がなくなった彼女は、ドカッと肘掛に頬杖をついて座り、映像に目を向けた。

 被害を被った周囲の者は危ないものに関わるまいと、いそいそとその場から離れる。座っていた椅子は地平の彼方かなたなので座る場所はないが。

 テーブルに怒りをぶつけている間にも映像の中では事は進んでおり、新たな展開を見せようとしていた。映像に意識を向けた彼女はあからさまに不満げだった顔つきが徐々に明るいものになり食い入るように見る。


「っ⁉ なんだ⁉ 動けねえ!」


 殴ろうとした茶髪の少年の動きが不自然に止まる。それを見ている彼女は目を輝かせ少し呼吸が荒くなる。


「おらあ‼」


 黒髪の少年のボディブローが炸裂すると同時、彼女はバンザイをしながら満面の笑みで立ち上がる。実に嬉しそうだ。

 見える範囲で遠くに座っている者は、それに見向きもせず各々の作業等に勤しんでいる。もちろん、一部分消滅したテーブル、不自然にできた椅子すらない空席、その中心に元凶となった彼女が嬉しそうにバンザイしているこの状況に関わりたくないのである。

 しばらくすると満足したのか、先ほどとは違い両手を肘掛に置いてきれいに座り、にこやかな表情で映像を見ている。

 彼女がそれ以降、機嫌を損ねることはなかった。


 彼女を含めこの場にいるほとんど者の作業が終わり暇を持て余し始めていたところに、厳格げんかくな感じの男の声が聞こえてくる。


 「各自、確認は終わったように見える。今年も特に異常はなかったな」


おそらく長方形のテーブルの短辺に位置している者だろう。そう言って場を取り仕切る。遠すぎてその姿は見えないが。しかしこれは近くの者にも遠くの者にも同じ声量で聞こえていることだろう。


「やっと終わりか」


 彼女は一人つぶやく。まあ普通にしゃべっても聞こえる範囲には誰もいないのだが。


「以後、各自で管理するように。では解散にしよう」


 そう淡々と告げると、各々帰っていく。

 真っ白なだだっ広い空間は特に仕切りもなく、帰り方は様々だ。宙を浮かび飛んで帰る者、一瞬で姿を消す者、ワープホールを出現させその中に消える者。普通では考えられない現象を彼女らは平然と可能にする。彼女らにとってはそれが普通なのだ。


「私もとっとと帰ろ」


 そう言い歩き出す。先ほどの者たちのように帰ることもできるのだが、歩いて帰っているのは気分だろう。なにやら考え事をしているのか顎に手を当て歩いている。


「あれは明らかに今までと様子が違ってた。誰のとこだ?」


 彼女は一人でぶつぶつ言いながら歩く。

 そんな彼女の背後にサッと誰かが軽やかに着地した音が聞こえた。


「よお、ヤマト」


 名前を呼ばれた彼女は声をかけられると後ろを振り向く。


「ん。ウォーレスじゃないか。久しぶりだね。そのせつは世話になったね」


 後ろに来た人物と向き合う。

 話しかけてきたのはウォーレスという男。無精ぶしょうひげを生やし、綿の肌着に毛皮のマントのようなものを羽織はおり、下は綿のズボンにその上に巻き込むように膝下まで上げた布地の足袋たびのような靴を履き、頭には竹笠たけがさを被っている。マタギのような格好だ。


「いいってことよ。正直、気乗りしねえ理由も分かるしな」

「ありがとう。でもおかげさまでいい子に育ってくれたよ。まあ能力を得た、これからが本番かもしれないけどね」

「そうだな。お前にするといろいろ心配だよな」

「前の子もいい子なんだけどね……。ちょっと変わってるというか……。いい子なんだけどね」

「……まあヤマトんとこの奴にしちゃ変わってるなあれは」


うーんと腕を組み首を傾げる二人。


「苦労をかけちゃったけどね……。まあでも今は幸せそうだから嬉しいよ」


少し切ない顔をした後、ほっと息をつくヤマト。


「……でもこれからは彼女みたいな子を送ろうと思うんだ。昔と比べて私の管轄かんかつは武力での争いが減ったし、なにより――」


 ヤマトはそこまで言うとシュンと口を閉ざしてしまう。

 それを見たウォーレスは少しばつの悪そうな顔をし、


「……そうか。それならよかった。俺もその方がいいと思うぜ。またあれを繰り返すのはお前もだいぶしんどいだろうからな」

「……そうだね」

「……んじゃ、俺は帰るわ。悪いな引き留めて。大暴れしてたお前の様子を見に来ただけなんだよ」


 そう言い、揶揄からかうような笑みを浮かべてその場から忽然こつぜんと消えていった。


「なんだよ冷やかしかよ」


 ちぇ、と口をとがらせるヤマト。しかしすぐに口元に笑みを浮かべる。


「まあいいや。帰ろーっと」


 そう振り返った直後。

 コツン、とえて存在を示すかのような着地音を鳴らし、後ろに人影が現れる。

 その瞬間、空気がビリっと変わる。場の雰囲気、それだけで二人の関係がよくないことが分かる。

 何千、いやもしかすると万に届くかもしれないヤマトと同格の存在。それでも彼女が友達と言える存在はウォーレスを含めごく少数だ。その理由はひとえに価値観の違いである。そんな価値観の合わない存在の一人。ヤマトは隠す気もなくその相手に嫌悪感けんおかんを向ける。


「なるほど。お前のとこの奴か。クリスデン」

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