人智を超えた力

「俺の能力、自分でも結構怖いんだよね」

「聞いたぜ。突然ダンが動けなくなったとか」

「そうそうそれ。俺の能力は簡単に言うと契約なんだ」

「契約?」


 まあこれだけじゃわかるはずもないだろう、首を傾げている。

 俺は細かく能力について説明する。


「ダンが動けなくなったのはもちろん俺の能力の影響なんだけど、俺の能力は別に相手を動けなくするものじゃないんだ」

「ほう?」

「その前にダンは言ったんだ、俺の相手は片手で足りる、って。正直俺もダンに勝てるとは思ってなかった。ダンの言う通り、できるなら片手で相手してほしいくらいだったからね」

「そこでレンの能力が関係してくるわけか」

「そういうこと。片手で足りると言ったダンと、できるならそうしてほしい俺。俺は相手と利害が合致がっちしたら、それを『契約』として強制することができるんだ。まあ、今回のはダンが勢いで言ったのを勝手に使わせてもらった感じだけどね」

「……なるほどな。確かになかなかすごい能力だな」

「あと『契約』は相手をかいさず、自分一人ですることもできるんだ」

「……例えば?」

「さっき説明した契約以外にも、ダンの攻撃を受け止めたときに契約していたことがあるんだ。それが次に来る攻撃を必ず受け止めること。俺は自分の能力で自分の行動を制限したんだ。ただそれだけだと能力を使う意味なんてないよね。これは実感があったわけじゃないんだけど、どうやら行動を制限すると筋力か身体能力か、いつも以上の力を出せるみたいなんだ。あの状況だと俺が逃げれば子供たちがどうなるかわからないし、避けても反撃できずにただ長引いていずれダンにやられるだろうしそれが最善だと思ってね。まあもちろん私怨しえんは混ざってるけどね」

「……そうか。なんだかレンの能力は他の奴らとは一味違うな」


 話している間からだんだんと苦い顔をしていた猟師の男は最後には自棄やけになって聞いていた。


「そうだね。だからこそ能力ってのが怖いし、とても俺の一部だとは思えないかな。今日この非現実的な能力を見て特にそう思ったよ。性格が変わるだとか影響がなかったのが幸いかな」

「確かにな。こんな能力を持っていると人によっちゃ悪用しようと思いそうだが……レンならその点は安心かもな」


 なんで俺なら安心なのかは良くも悪くも今までの生活の弊害へいがいだろう。


「今回は能力のおかげで何とかなったけど、俺はできる限り使いたいものじゃないな。なんだかずるして勝ってるみたいだし、少し気味も悪いし」

「俺は能力もそいつの才能だとは思うが、まあここまで強力なものだとその気持ちも多少分からんでもないな。実際、俺の能力とは比べ物にならないくらい使い道がありそうだしな」


 生まれて15年間、能力に関係なく生活したんだ、今すぐ受け入れろというのは難しい話だろう。まあしばらくたてばその抵抗感も無くなるのかもしれないけど。

 しばらくは今まで通り、能力に頼らずに生活していきたい。


「ところで、俺の能力の説明で飛ばしちゃったけどダンみたいに能力の影響で性格が変わることはよくあるの? 今まで能力とか気にしたことなくて詳しく知らないんだ」


 興味がなかったというか教えてもらうこともなく知らずに生きてきたので当然知識もない。内心でため息をつく。

 先ほどは知っている風を装ったが、ちょうどいい機会だ。親は少し信用ならないので猟師の男に聞いてみる。


「そうだな……真面目な人間が翌日暴力を振るうようになる、今まで横暴だった奴が別人のように人助けにきょうじるようになる、みたいに別人のように変わることもまれにあるらしいが、ダンのように今までの思想がより強くなる奴は少なくないと思うぞ」


 なんと。ダンのようにより狂暴になるだけではなく、人格そのものが変わってしまうこともあるのか。

 俺は顔を引きつらせながらも気になることを聞いてみる。


「人格が変わってしまうのはやっぱり能力のせいなの? 俺は前世の情報、能力を得ただけで人格が変わるとは考えられないんだけど」


 これは前世の情報と能力を得たことで自発的じはつてきに行動が変わったのか、それとも能力が自身の人格に影響を及ぼし人格を変えられてしまうのかという疑問だ。なんとなく後者だろうとは思うが。


「そもそも前世と能力については詳しくわかってなくてな。なぜ急に脳裏に浮かぶのか、なぜ15になると得られるのかもな。ちょっと昔には研究している学者もいたが原理もなにも分からないまま、研究しても無駄ってことで終わったらしい。俺も得ることで人が変わるんじゃなく能力が人を変えてるんだと思うが。まあ憶測を過ぎないけどな」

「やっぱりそうだよね。聞けば聞くほど怖くなるからもういいや」


 猟師の男の回答は俺の予想と合致していた。

 俺はもうこれ以上は聞きたくないと、物をかかえるように腕を組み小刻こきざみに震えて見せる。


「ははは。そうだな。これに関しちゃ考えるだけ無駄だろうからな。……ん」


 猟師の男が何か気づいたように俺の右後ろの方へと視線を向ける。俺も振り返り見てみるとダンに殴られた男の子と輪の中で怯えていた女の子がいた。


「ごめんねレン……。俺がダンに突っかかったせいでこんなことになちゃって……」

「ち、違うの! 私がぶつかっちゃったせいなの! ごめんなさい!」

「ニーナは手伝いで荷物を運んでた時にぶつかっただけなんだ! 俺がそれだけで突っかかりに行ったから……」


 申し訳なさそうな様子の二人。ニーナという女の子は薄らと涙を浮かべている。

 なるほど。確か、ニーナの家は農家だったな。野菜を入れた木箱を運んでいるニーナを何度か見たことがある。まだ10歳で同世代の女の子の中でも小柄な彼女には少し重いだろう。頑張り屋で素直そうな女の子だ。

 しかしどうしたものか、二人は事の原因は自分にあるのだと謝っているが……。

 俺は二人の肩と頭にそっと手を置いた。


「二人とも大丈夫だ。確かにくそ痛かったけど今はこの通りさ。だから二人が気に病む必要もないよ」


 笑ってそう話しかける。

 正直まだ痛い。なんとか二人を慰めないといけないと思った俺だが、こんな気休めにもならない言葉しか出てこなかった。


「で、でもすごく痛そうだったよ……」

「そうだよ! 俺の時とは比べ物にならなかった。きっと俺の時はまだ手加減してたんだと思う……。レン、無理しないでね?」


 村の子たちは他人を気遣きづかえるいい子たちなのだ。俺のやせ我慢は二人にはお見通しらしい。


「キースの言う通りだな。村のみんなお前を頼りにしている。今日もお前は村のために頑張ってくれた。無理せず帰って休んだ方がいいと思うぜ。残りの子供たちは俺に任しときな」


 キースとはこの男の子のことだ。

 今すぐ休みたい気持ちと、大人たちを手伝って子供たちをなだめないといけない、という今までの行いのせいで芽生えた謎の責任感を戦わせていた俺は、その言葉に心の中で飛びつくように甘えることにした。


「……そうだね。強がったけど体がちょっと重いや。今日は帰って休もうかな。ありがとう。二人も心配してくれてありがとう」

「ううん。俺たちこそありがとう」


 二人は笑顔で答えてくれた。猟師の男も親指を立てニッと笑顔を向ける。

 大人たちにその場を任せ、今日は帰ることにした。手を振る二人に手を振り返しながらその場を後にする。

 しっかし今日は大変な日だったな。前世だの能力だのに振り回された日だった。これからの生活が今までの生活と変わりなければいいが……。穏やかな生活を祈るばかりだ。


 この時は村を出ることもなく、ただ平和に暮らしていくだけの人生だと俺は思っていた。それが俺の望む人生だと漠然と思っていた。

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