レン・ウォーレス②

 片膝立ちで右手で殴られた腹を押さえ、左手を前に出し小指を立てているあまりかっこいい状況じゃない俺がにやりと笑っているのを見て、ダンは思っていた反応と違ったのか不服そうだ。


「あ? なんだそりゃ。お前の能力なんだろうが、なんもねえじゃねえか。それともまさか、腹くくって勝てない勝負に挑もうってか!」


 そう言ってダンは殴り掛かる構えをとる。

 よろよろと立ち上がった俺は、右手で痛む腹を押さえたまま左手を喉元に運び人差し指と親指で掴む。

 ダンの言う通りこれは俺の能力だ。確かに、周りから見て俺もダンも何一つ変わった様子はない。でも俺の中には「能力が使えている」という痛みとは違う、変な感覚がある。ならば、と俺は心の中で決心をする。


 次のダンの攻撃を必ず受け止める。


 これも使えている感覚があるが……本当に大丈夫なのだろうか。俺もダンも見た目に変わった様子は無く、あるのはまたしてもこの不思議な感覚だけ。だが、今は初めてのこの感覚を信じるしかない。また痛いのは嫌だなあと思いつつ、構えをとる。


「そのまさかさ。お前の能力じゃ俺には勝てないだろうが挑んでくるのか?」


 と、にやついて煽ってみたが眉をひそめているダンを見る感じ、効果覿面てきめんのようだ。

 あぁ、使えてなかったらどうしよう。こんな得体えたいのしれない昨日からの付き合いの"これ"を正直、簡単には信じられない。虚勢きょせいを張って煽ってみたものの痛いのはやはり嫌なのだ。


「さっきまでうずくまってたやつが調子に乗るんじゃねえぞ!」


 俺に煽られ、見るからに怒っているダンが叫んだ。

 来るっ!

 構えをとっていた俺はその言葉により深く腰を落とす。


 ダンがこちらに向かって駆け出してきた。相変わらずとてつもない速さだ。ダンは駆けながら右手を後ろに引く。拳の向きから今度は腹ではなく顔を狙ってきていると分かる。どうやら本気で怒らせてしまったらしい。

 今回は殴り掛かってくると分かっていた俺はさっきよりも早く行動に移れる。

能力を信じるなら――


 この一発さえ受け止めればいい。


 俺はダンの右拳を全力で止めることに意識を集中した。

 後ろに引かれたダンの右手が襲い掛かってくる。能力を持っていない者はおろか、大人でも自身の力を増強させるような能力をもっている者でもないとこれは受け止められないだろう。迫ってくるダンの右拳に向け、左手の上に右手を重ね前に突き出す。

 バァン! と拳と手のひらがぶつかり合う大きな音が周囲に響く。


「なっ⁉ なんで止められる⁉」


 自分の拳が止められたことか、それとも俺が拳を止めたことか、ダンが驚いた声を上げる。とてつもない衝撃が俺の両手を走るが、何とか止められたようだ。俺は止めたダンの右拳を離さないように左手で掴み力をめる。

 と、なると――


「っ、ただ両手で止めたら次は無理だよなあ!」


 と、ダンはそう言い掴まれた右手はそのまま左手を後ろに引く。

 そりゃそうだ。片手に対して両手で止めたんだ。逆の手で殴ってくるに決まってる。

 両手で止めるのがやっとだった俺が空いている右手で止めに入ったところで耐えられず、そのまま殴られるだろう。ダンもそう思っているだろう。

 でも本来なら両手だとしても止められないだろうダンの右拳を止められたんだ。

 つまりは"これ"は確かに効果があったということだ。

 なら――!


「っ⁉ なんだ⁉ 動けねえ!」


 周りから見ると奇妙な光景だろう。殴り掛かろうとしたダンの左手が動かない。

 まじか! と俺も自分で能力を使っておきながらその光景に驚く。

 正直、使ったはいいもののどういう形で効果があるのか俺も分かっていなかったのだ。

 ……自分のことながら恐ろしいものを与えられたようだ。

 そんなことを考えながらも、今はこの好機を逃してはならない。

 俺は右手を後ろに引き、


「おらあ‼」


 ダンの腹を目掛け、打ち上げるように一発お見舞いしてやった。自分の体が思うように動かないことに動揺どうようしていたダンは避けることも受け止めることも間に合わず、俺の渾身こんしんの右拳を受ける。


「ぐっ!」


 俺が掴んでいた左手を離すと同時、ダンが後ずさる。どうやら俺の渾身の右拳は後ずさる程度だったらしい。ダンの体格の良さのおかげか、はたまた俺の貧弱な体のせいか。

 長年の一方的な恨みのある俺は、流れで殴れたことでスカっとするはずがあまりの非力さを嘆くことになってしまった。それに激しく動いたことで殴られた腹の痛みもご機嫌になっている。痛みのある部分をもう一度右手で押さえる。


「ちっ! なんなんだその能力! 意味が分からねえ! お前ほんとに役人なのかよ!」

「正真正銘、役人だったらしいぞ。どうだ俺の能力は? 学びもせずまた俺に飛び掛かってくるか?」


 とは言ったものの、正直俺自身この能力が恐ろしい。とても能力が自分の一部とは思えないし、なにか不可解ふかかいな現象を見ているようだった。


「少し思い通りになっただけで調子に乗りやがって!」


 今にももう一度駆け出しそうなダン。しかし先ほどの起こった自身の体の異変が脳裏をよぎるのか不用意に近づいては来ない。俺の能力だと分かっているからだろう。


「やめとけやめとけ。今度は一生忘れられないようなみじめな思いをするかもしれないぞ?」

「んだと⁉」


 ほんとにやめとけ。これ以上は俺の体がもたん。殴られた腹もズゥンと痛いし、受け止めた両手もビリビリとしびれている。もし次殴られでもしたなら止められる気もしないし、ただでは済まないだろう。

 ただ思っていることと違うことを口走ってしまったのは、思ったより俺も頭に血が上っていたのかもしれないな。つまり虚勢である。


「おいお前らもうやめとけ。でけえ音が聞こえたから急いで来てみたが、まさかこんなに大事おおごとになってるとはな……」


 そんなことを考え窮地に立たされた俺を救ってくれたのは、確か父さんと同じ猟師をしている男だ。子供たちの輪をかき分け、俺たちのもとへ来る。

 大人顔負けな体格をしているダンよりも一回り大きい屈強な男の登場に俺を含め村の子供たちはしずまる。ダンは舌打ちをしていたが。


「お前の言葉に納得しちまった俺にも落ち度でもある。俺もまさかこんな盛り上がってるとは思わなかった。ここまで大事になるなら最初見かけたときに止めるべきだったか……」


 そう言い、苦い顔で猟師の男の後ろについてきているのは、この小さな村には一人しかいない大工の男だ。

 話を聞くと、俺たちが集まって言い合いをしているのを見かけたが一人では荷が重いと思い、人手を呼びに行っている間に事態が悪化していたということらしい。結果、殴られたものの助けを呼んでくれたおかげでこれだけで済んだ。


「どけ!」


 ダンは気を悪そうにしながら子供たちを押しのけ、大人たちが来た道をズカズカと歩いて去っていく。

 にしても、なんだか今日のダンは妙に喧嘩っ早いというか興奮していたというか。

 いや、いつも横柄おうへいな態度ではあるがより磨きがかかったというか。でも所構ところかまわず暴力を振るうような奴ではなかったんだが……。


「話は聞いた。ダンは変わっちまったな」

「やっぱりいつもと違う感じがしたよね、今日のダンは」


 一人で考えていると、子供たちから事の顛末てんまつを聞いたのだろう猟師の男が話しかけてくる。

 やはりほかの人から見ても今日のダンは様子が変だったのだろう。そう思い答えたのだが、


「そうだな。成人して能力を得るとたまにいるんだ。性格が変わり、まるで別人のようになる奴が」


 なにそれこっわ。ほんとになんでこんな大事なこと知らないんだよ!

 絶妙に話が噛み合っていないがそんなことよりもこんな重要なことを知らなかったことと人格に影響を与える能力の恐ろしさ、もし自分に異変があったらと思うとゾッとする。


「まあダンは大きくは変わってはいないが、前ならそんなすぐ手を出すこともなかっただろうな」

「そうだね。これからが思いやられるよ」


 俺は知らなかったことなどおくびにも出さない。


「ははっ、そうだな。ところでレンはどんな能力だったんだ?」

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