レン・ウォーレス①

「うお⁉ なんだこれ⁉」


 その日はアルグラン歴547年1月1日。家の自室。寝台しんだいの上で本を読みながら横になっていた俺は、忘れていたことを思い出したかのように突如とつじょそれが脳裏のうりに浮かんできた。


「ぜ、前世? 地球? なんなんだこれ?」


 急に浮かんできたそれに俺は困惑する。

 自分には身に覚えのない情報が次々と溢れてくる。軽く混乱状態になり多少呼吸が荒くなるが、特に体に変化は感じられない。まずは深呼吸して落ち着こう。

 しばらくし落ち着いたごろ、そんなあふれてきた情報を俺はあごに手を当て整理する。


 前世は地球という場所に住んでいて、職業は役人やくにん

 まじか、よりによって俺の中で印象最悪なあの横領が仕事の大悪人が俺の前世なのか。でもなんで急に前世だなんて頭の中に浮かんだんだ?

 と、そんなことを考えていると部屋の外からバタバタと二つ足音が聞こえる。そして自室の扉をコンコンと叩き、ギイィと扉が開けられると両親がいた。


「急に大きい声がしたから来てみたけど。その様子だと何か頭の中に浮かんできたのかしら! レンももう15歳だものね!」

「俺たちの子も今日で成人か……。ほんとに大きくなったなレン」


 嬉しそうにしている母さん【サラ・ウォーレス】と感慨かんがい深そうに目頭を押さえている父さん【クリス・ウォーレス】を見て、


「母さん、父さんおはよう。そうなんだ。起きて本読んでたら急に前世とか――なんで母さんは頭の中に浮かんできたこと知ってるの?」


 この意味の分からない現象を言い当ててる母さんに疑問を持ち、聞いてみるが、


「そりゃ今日でレンが成人するからよ。成人したらみんな、前世の情報や能力のことが急に頭の中に浮かんでくるものよ。だから今日のレンの反応を楽しみにしてたのだけど……その瞬間を見れなくて残念だわあ」


 などと、ほほに手を当て悲しそうな顔で意味不明なことを言ってきた。


「えっ、みんな? なんで俺はそんな大事なこと知らないの?」

「そりゃレンの驚いた反応を見たかったからよお。あと前世だなんて知ったところで特に役に立たないからねえ」


 いや確かに知ったところでだけど……なんか釈然しゃくぜんとしない。

 そういえば昨日、村の人たちが「レンは何だったのか楽しみだね」とか「レンはいい子だからきっと前もいい子だったさ」とか言ってきたけど、意味不明すぎて愛想笑あいそわらいしながら逃げたことがあったな。こういうことだったのか。

 というかこの両親、俺の反応を見たいがためにそんな大事なことを教えてくれなかったのか。ろくでもないな。

 しかし当の両親は納得いっていない俺のことはつゆ知らず、


「ところでレンはなんだったのかしら? お母さんとても気になるわ!」

「俺たちの子がどんな立派な前世だったか俺も気になるぞ!」


 と興奮気味に聞いてくる。前世のことを知ったところでじゃなかったのか……。

 そう言われると答えるしかなさそうだ。

 俺はちょっと言いづらそうに、


「前世は役人だったみたいだよ。まあたかが前世だからね。あんまり気にしてないよ」

「ややや役人⁉ そそそうね! しょせん前世だもの!」

「レンが役人⁉ こんないい子がまさか……」


 おい、あからさまに動揺どうようするのはやめてくれ。俺じゃないのに俺が傷つく。

 ただ両親も役人に対していい印象を持ってはいないらしい。


「って言っても実感わかないよ前世なんて。その時を覚えてるわけでもないし」

「そ、そうよね。前世と言ってもその時を覚えてるわけじゃないものね!」

「レンはいい子だ。きっと大丈夫だ……」


 あたふたしている母さんと何やらぶつぶつ言っている父さんを見て、数分前との反応の違いにひっそりと傷つく中、ふと思った。


「ところで、そういう二人は何だったの? みんな前世があるんでしょ?」


 そう問うと、二人は一度顔を合わせた後、また俺の方を見る。


「私はメイドだったみたいね。能力もお世話が上手にできる能力だわ。特に料理がうまくできるわね。きっとどこかのお貴族様とかのメイドだったのかしらね?」


 母さんは先ほど俺の前世が役人だったことを聞いた時とは打って変わって、胸に手を当て自信満々に答えた。メイドだったことに何か誇りでもあるのだろうか。

 お世話上手か……自分の好奇心で俺に世の中の常識を教えないあたり、能力などというものはそこまで信用できないものらしい。


「俺は傭兵だな。今は猟師だし大して変わってないな。能力は魔獣たちから見つかりにくく隠れやすいってものだな」


 父さんはこの村の猟師の一人だ。

 俺の住んでいるスーデン村は、四方を海で囲われたアルグラン大陸の南東に位置するベインズ領の中でもさらに南東に位置する。

 農作物のうさくもつや、猟師が狩った獲物の肉などの食料を村から北西に位置する首都のベインズに売りに行き生活している小さな村だ。

 そんな村にとって猟師の存在は必須であり、俺は村のために頑張っている父さんを密かに尊敬していたのだが……。もしかすると猟師になっている人は狩りに役立つ能力を得ているのかもしれない。

 前世は役人とかいう大悪党のようだが、能力はどんなものだろう。気になった俺は、与えられたであろう自分の能力について思い浮かべてみる。すると先ほどの前世の情報のようにスッと頭の中に浮かんできた。

 浮かんできたが……これはなかなかにやばそうな能力だと思う。

 自分の能力を確認している俺は思わず顔を引きつらせてしまっていた。


「あら、急にそんな考え込んでどうしたの?」

「ん? あぁ、俺の能力がどんなものか思い浮かべてたんだけどね――」


 俺の能力の説明を聞いている両親は苦笑いしていた。



「や、役人だと?」

「レンがあの役人⁉」

「う、嘘だ……」

「前世が役人でもレンはいい人だよ!」


 などと、ダンを含め村の子供たちも役人にいい印象は持っていないのだろう、驚いている子、顔から血の気が引いている子もいる。今までの印象を払拭ふっしょくする効果は絶大ぜつだいのようだ。何人か俺の信者がいるようだけど、まあいっか。


「そうだ。あの極悪人が俺の前世らしい。そんな前世を持つ俺は怒ると何をしでかすかわからないぞ? ここは穏便おんびんに済ませようじゃないか」


 俺の言葉を聞きダンは悔しそうに歯を食いしばる。

 なんだか前世に異常なこだわりを見せているダンにここまで言えば大丈夫だろうと思いそう口にしてみた。悪い印象のある役人の陰に隠れ威張っている形だ。

 そのときだった。ダンが俺めがけて駆け出してきた。くそはやい!

 瞬く間に距離を詰められる。

 慌ててその場から後ろに飛び退こうとするが気づいた時には遅かった。

 俺はダンに下から腹を殴られる。


「がはっ‼」


 あまりの痛さに腹を抱えその場にうずくまってしまう。痛え!

 今までダンの喧嘩を仲裁する場面はあったが俺に殴り掛かってくるのは初めてだ。今までのこともあって殴ってはこないだろうと勝手に決めつけてしまっていた。

 周りの子供たちはダンに対し声を荒げる子、俺を心配してくれる子、怯えた様子の子など反応は様々だ。だが、今のダンの動きを見ると簡単には俺に近づけない。

 切り傷とかとは違い、体の内側に響くような慣れない痛みに顔を歪めダンを目の前に立つダンを見上げる。


「は、はは。役人なんて横領しかできない脳の無い連中じゃないか。所詮しょせん、暴力には勝てないのさ! 俺の能力は身体能力と筋力の増加だ! そこらのがきんちょや大した能力も持っていないやつらは俺の相手にもならないさ!」


 最初こそ前世主義のダンは気圧けおされたようだったが、実際に自分の能力の有用性に目の当たりにしてすぐさま自信を取り戻したようだ。

 まだ15歳だがすでに大人顔負けの体つきをしているダンだが、さらに能力で身体能力と筋力の増加とはとても相性がいい。ダンならば村の猟師の大人たちにも力負けしないだろう。普通に殴り合えば俺に勝ち目など微塵みじんもない。


「前世が役人のお前はどうせ殴り合いや狩りに使える能力はねえだろ! お前なんざ片手一つで事足りるぜ! お前に勝ち目はねえよ!」


 ダンは叫ぶようにそう言ってくる。全くもってその通りだ。立ち向かったとしても、圧倒的な力でねじ伏せられるだけだろう。容易にその光景が浮かんでくる。

 しかしそれは、普通に戦えばの話だ。

 俺は今のダンの言葉を一言一句、聞き逃さない。

 俺は腹の痛みを右手で押さえながらも立ち上がろうと片膝を立て、左手を前に出し小指を立てる。


「言ったな? 約束だぞ?」


 そう言い、にやりと笑って見せる。

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