村での出来事

「おい! レンとダンが喧嘩してるぞ!」


 小さな村の昼下がり、ひどく焦った様子で若い男が村の人たちに呼びかけた。

 道を行き交う人たちはその焦りの混じった声に足を止める。

 その中の一人、今朝けさ狩ったらしい獲物を乗せた荷車を引く、がたいのいい猟師の男が焦っている男に聞く。


「喧嘩って……殴り合いか? なんでそんなことになった?」

「殴り合いってわけじゃないが……なんだか子供たちが集まって騒いでたから見に行ったんだ! そしたらレンとダンが輪の中心で言い争いをしてたんだ! 今にも子供たちでおっぱじめようとしてて……俺だけじゃどうにもできないから助けを呼びに来たんだ!」


 と、「だれか早くついてきてくれ!」と言わんばかりの焦った様子で説明する。

 しかし、男と村人たちには温度差があり、聞いている村人たちは全くあわてることもなかった。


「子供たちが……確かレンとダンは15歳だったよな?」

「あぁ。そうか二人とも今年なのか」

「確かにもう寒いしそんな時期だったな」


 子供たちのもとに行こうとすることもなくそれぞれ口にする。

 一方、そんな様子を見た今すぐにでも子供たちのもとへ駆け付けたい若い男は、少し怒気どきのこもった声で言う。


「なんでみんなそんな落ち着いてるんだ⁉ 早くついてきてくれ!」


 そう言い、もう待てないと子供たちのもとに向かおうとする男に猟師の男が言い聞かせるように声をかける。


「昨日は1月1日だろ? どうせ自慢してたのが口喧嘩になっただけじゃないか?」


 今にも駆け出していきそうだった若い男はそれを聞き、やや考えた後、スンっと落ち着いて、


「ん? ……あぁそうか。もうそんな時期だったな。田舎にいるとすっかり忘れちゃうな。いやぁ、確かに俺も15のときは自慢したなぁ。まぁたいしたことはなかったけど」


 しみじみと昔を思い出し始める若い男。


「そういうこった。慌てて止めるほどでもないと思うぞ。でもまあ、もしもの時のために見に行っておくか」


 そう言いながら、猟師の男は引いていた荷車を道の端に置き、若い男とともに子供たちのいるという、広場の方へ歩き出す。若い男の話に耳を傾けていた村人たちも、その場からわらわらと散っていった。


「そうだな。いやぁ焦った焦った」

「俺らには過ぎたことだからな。ところでお前さんは何だったんだ」

「俺は大工だったよ。あんたは?」

「俺は猟師だ。どっちも今と変わんねぇな」

「そんなもんだよな」


 若い男改め、大工の男と猟師の男は笑いながら子供たちのいるところへ向かう。



「何してるんだ⁉ ダン‼」


 小さな村の広場の一角、村の子供たち喧噪けんそうの輪の中心で、俺【レン・ウォーレス】は目の前に立つ男【ダン・クリスデン】に対しそう怒鳴どなる。

 俺は、痛みにうずくまりながらも立とうとしている子のそばに寄り、肩を貸す。俺が怒りをぶつけている相手はその様子を見ながらニタニタと笑っている。


「そいつが俺に突っかかってきたのが悪いんだよ。俺はもう成人だぞ? それなのに能力も無いがきんちょが俺に突っかかってきたから身のほどを教えてやったのさ!」


 そう言いダンは笑みを浮かべながら拳を握る。まるで「もう一発殴るぞ」とでも言いたそうな顔だ。


「お前が手を出そうとしていたから止めたんだろ!」


 と、肩を貸していた子が殴られたであろう腹を押さえ、苦しそうにしながらもダンに向かって叫ぶ。それにつられ周りの子供たちも口々にダンを糾弾きゅうだんしている。ダンはそれを聞き、ちらと目線をそらす。すると子供たちの中にいた10歳ほどの女の子がビクッと視線をそらし別の子供の後ろに隠れる。

 少しずつ背景が見えてきた。この子はあの子を助けようとしたんだな。


「そりゃ勘違いだろ。お前たちが成人になった俺を敬わないのがいけないんだろ? 能力も無いお前たちが俺を敬わないのが」

「たかが数年、年が離れてるたけだろ! それだけで偉ぶるな!」


 殴られた子もやり返さんと俺の貸している肩から抜けだそうとあがき、今にもダンに向かって走り出しそうだ。これじゃらちが明かないな。


「ダン、確かに俺たちは昨日で成人したけど、たかがそれだけで敬えってのもな。別に偉くなったわけでもないだろ」

「おいレン。お前は成人しても相変わらず面白くないやつだな」


 ダンはそう言い、鼻で笑った。


 ……こいつっ、好き放題言いやがって! こちとらお前と同い年なだけで毎回お前と喧嘩相手の仲裁役にこき使われてるんだぞ! なんでこいつと毎回ひとくくりにされるんだ! もっと大人頑張れよ! まじで殴ってやりてぇ! くそっ‼ 周りに誰もいなければ殴りかかってやるのに! 村のためだと思って呼ばれる度にこいつの蛮行を止めようと頑張ってきたせいで大人も子供も俺に対して「落ち着いてるー」だとか「いい子ー」とかいう印象を持たれてるけどこの印象が邪魔すぎる‼ もし今ここで急にダンに殴り掛かれば全員がいつもとの違いに反応が急に変わるんだ! こんなことなら「成人前の年長者としてー」とか「村のためにー」とか考えるんじゃなかった!


 などと、昔の自分の行動・考えに怒りを感じ、後悔をしていることなど表に出すこともなく、


「ただ成人しただけだろ。俺もお前も何か変わったわけじゃない」

「変わっただろ! 俺たちは能力に目覚めた! この世の中で成り上がるのに能力は必須だ! 俺たちも成人して能力に目覚めたんだ! どう考えても偉くなってるだろ!」


 そんなことを言いながら両手を広げ、興奮した様子で空を仰ぐ。

 なんだこいつ、今日はやけに気持ち悪いぞ? こんなんだったっけ?

 そんなことを思っているとダンはにやりとしながら聞いてくる。


「そういやお前はなんだったんだよ。能力も目覚めているはずだ。どうせ冴えないお前のことだ、大したものじゃなかったんだろう?」


 そういうダンは、鼻で笑ってくる。内心ではこいつに今すぐとびかかってやりたいがもちろんぐっとこらえ、


「そうだな――」


 ここでふと思いつく。「これは今の俺の印象を変えられるのでは?」と。

 俺はさっきのダンのようににやりと笑みを浮かべ、


「どうやら俺は役人だったらしいぞ?」


 そう。だったらしい。


 なぜそんな曖昧あいまいか?


 そんな返事をした俺は昨日のことを思い出す。

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