日常
照りつける日の下、軽い荷車を引きながら街道を歩く。
村とは違い、道は石畳で
街道はたくさんの人々が行き交い、中には俺と同じように荷車を引いている者もそれなりにいる。
カタカタカタと鳴る、荷車の車輪が回り石畳を叩く少し心地いい音も、この数だとずいぶん騒がしい。さらにそこに、人々の足音や話し声が混ざるので、もはや自分の荷車の音はどれで、今聞こえた声が誰のものかも分からない。ただそれは、それだけこの街が賑わっている証拠だろう。
商の都ベインズ。俺の故郷、スーデン村も
大陸の南東に位置するこの街だが、各地から商売をしようと商人が訪れ、またそれに興味のある者がこの街を訪れ、と年中この街は賑わっている。
そんな俺も今日はこの街に食料を売りに来た。と言っても俺はいつも
ずらりと並ぶ宿や店などの大きい建物。歩くたび、チラチラと日の光が建物の陰に隠れ出てきてを繰り返す。それに少し
先ほどから人の頭の上から見えていた街を囲む防壁の
ここまでくるともう昼すぎということもあってか、門の近くには俺と同じ進行方向の人はいなかった。
そんな俺とは逆に、門で行われている検問を終えた人たちが街に入っていく。今も街に入るために検問を受けている人が見える。その様子を横目に俺は門をくぐる。
「お、スーデン村の兄ちゃん。今日もお疲れさん」
そう声をかけてきたのは今では顔なじみの門番の男だ。少し柄の悪そうな見た目だが、案外真面目に門番の仕事をしているのをよく見る。
「ありがとう。そっちもお疲れ様。人が多いし荷物の検査とか大変そうだね。怪しい人がいないか見張るのも結構気を使いそうで大変そうに見えるよ」
門の前には少しだけ列ができていた。それに視線を向けながら男にそう軽く返した。
「いやそんなことねえさ。確かに昔は悪だくみで危ねえもんを持ち込もうとする奴もいたらしいが、商の都ともあってこの街も長いこと検問をしている。そういう連中も
男はふっと鼻で笑う。
「なるほどね。確かに俺が通るときは声かけるだけで検問もしなくなったもんね」
「ははっ。そういうこった。兄ちゃんが持ってくるもんは毎回ほとんど同じだからな」
確かに俺は毎回、野菜やら干し肉やらほとんど食料しか持ち込んでいない。こちらとしても検問が無いのは楽だが、毎回同じものを持ち込む傾向の人を「どうせ荷物を想像できるから検問しない」というのは少し危ないんじゃなかろうか?
もちろん俺は危ないものを持ち込む気などこれっぽっちもないが、門番の立場だと俺だろうがいつも荷物が同じな他の商人だろうがどちらも他人。その心の内は本人以外分かるはずもない。
いけない、無駄に真面目なことを考えてしまった。かくいう、この門番の男がそう言っているのだ。ならそれでいいではないか。
いやしかし、そんなものなら検問など無くしてしまえばいいのでは? と、ふと思ったが考え直す。
検問をなくしてしまうと、もちろんさっき言っていた危険物が持ち込まれる可能性がでてくる。今までやってきたことが全て無駄になるわけだ。だがやるだけで抑止力の効果があるのなら形式的な検問だろうとやり続けなければならない。
なんとかわいそうなことか。ありもしないお宝を探し続けるようなものだ。一度始めてしまったばかりに、止め時を失っているわけだ。いや、失っているではなく止められないが正しいか。甘えた俺にはそんな大層な仕事はできそうにない。
おっと何をまた考えてるんだ俺は。そもそもこんな甘っちょろい考えの俺に門番が務まるわけもなく、なるわけも無いのだからいいじゃないか。
どうにも、もし自分が人の立場になった時のことを考えてしまう。自分の事ながら面倒くさい性格だと思う。
俺は自分のしたいように生きる。それでいいじゃないか。
ここまで早口で脳内完結させ門番の男に目の焦点を合わせる。
「まあ俺としても検問がないのはありがたいからね。……でも俺たちにもその形式的な検問でいいからした方がいいんじゃない? 俺にみたいに荷車に布を掛けてる人は中見ないと分からないでしょ? もちろん何か持ち込む気があるわけじゃないんだけど」
しまった。自己反省をしてもいつもこれだ。気が付いたら無駄なお節介を焼いてしまっていた。なんで俺はこうも人前だと真面目ぶってしまうんだ。
「それは用心するに越したことはないが……。今までしていなかったのに急に検問しますって言うのは……正直、言いだしづらいな」
確かに今まで信頼で優遇されていたが、それがある日突然無くなりますとなると、相手も嬉しいものではないだろう。もちろん文句を言う人も出てくるだろう。
そうなると今まで気づき上げてきた信頼に
「そうだよね。確かに俺も同じ立場なら言い出せないや」
ははは、と自分が言ったことを無かったことにしようと笑ってごまかした。
「だがせっかくそう言ってくれたんだ。次からは軽く目を通すだけでもしよう。その方が俺としても安心だしな。っと、そういや帰るところだったな。引き留めて悪かった。気をつけて帰れよ」
おっと、もうそんな時間か。日を見ると先ほどより少し傾いているような気がした。正直違いは分からないので気がしただけだが。
俺は門番に軽く手を上げ、ベインズを後にした。
「よし。急いで帰るか」
ベインズの防壁も遠くなってきたころ、俺は人差し指と親指で首を掴む。
村まで走り続ける。そう誓って荷車を引きながら走り出す。
舗装されている道と比べ、ボコボコとしている地面は荷車が少し引きづらい。しかしそれをものともせず、力任せに引いて走る。
車輪がガタガタと音を鳴らし激しく揺れるが荷車はほぼ空っぽ。さらに布をかけているので物が落ちる心配はほぼ無い。
それよりも強い衝撃をこれまでも受け続けている車輪の方が心配だ。いつ壊れるかと気が気でないが、それでも毎回走って帰っている。
仕方ないじゃないか。能力を使って走らないと日が暮れる前に帰れないのだから。
そんなことを思いながら風を切るほどの速さで俺は走り続けた。
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