繰り返し
自室で目を覚ました俺は上体を起こして伸びをする。
「くあ~。ねむ」
あくびをしながら寝ぼけ眼を擦る。
窓に目をやると既に日が差し込んできている。
しかし俺はもう日が昇っていることを気にもせずもう一度寝転がる。
「いてえ……」
昨日、村に着いたのは日が落ち切ってしばらくしてからだった。
村の外は真っ暗で視界は悪いが、木などは伐採されており一本道なため何とか帰ることができた。何度も通った道なので覚えているというのもあるが。
俺は息を切らしながら真っ先に家に向かった。そして用意されたご飯を食べ、沸かされた風呂に入り、引き寄せられるように寝台の上で眠りについた。
そして今に至るのだが……。
「動く気にならねえ」
体の各所から悲鳴が聞こえる。
そう。いくら能力で身体能力を上げたところで、それ相応の疲労はたまるのだ。
帰ってすぐは気分が
この二年ちょっと、主に街から帰るときに能力を使っているが、間違いなく便利なものである。だが限度を超えると今の俺のように反動が来る。
能力も無制限で使える完璧なものではないということだ。身の丈に合わないことをした際は痛い目を見る。
これでも能力を得た日に比べ背丈も体付きもよくなったのだが。
行きは三日歩き続けてようやく着くような距離を、帰りは荷物が無いとはいえ半日で帰るというのはさすがに無理があるということだ。
まあいい。どうせ次に街に行くため村を出るのが今日から三日後の朝、つまり一週間周期で街へ食料などを卸しに行っている。卸す物が無いときでも街に行き、村で必要な道具やら衣服やらを買って帰ってくる。
そんな生活をここ二年ちょっと続けている。
それが俺のこの村での仕事、役目なのだから。
俺は寝転んだまま、枕元にある本を手に取り読むことにした。
「よし、行くかー」
家や村の手伝いなどなんやかんやしていると、あっという間に当日になった。
俺は荷車に物を乗せ終わり、
「いってらっしゃーい。気を付けるのよー」
「うん。いってくるー」
見送りをしてくれる両親に手を振り、荷車を引いて歩き出す。
しばらく歩き、もう少しで村を出るというところで俺を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、レンだ。おーい」
呼ばれた方を向いてみるとキースとニーナがいた。
「レン兄おはよう。今日は街に行く日なんだね」
「二人ともおはよう。ちょうど今から行くところだよ。二人は手伝いか、えらいな」
二人が
「そんなことないよ。俺はこれぐらいの手伝いをしかできないからね」
そう言うキースは少し
キースは二か月ほど前に成人になった。前世は商人。能力も頭の回転が速くなり物覚えがよくなるというものだった。間違いなく便利な能力だが、身体能力の強化などに比べると狩りには不向きだろう。キースが能力を得たとき、とても残念そうにしていたのを覚えている。
「十分村のためになっているさ。よく聞くぞ?手伝いをしてくれる、子供たちをまとめてくれる。俺も村のみんなもキースのことは頼りにしてる」
「うん! キースはみんなのために頑張ってると思う」
「……そう?」
「ああ。それに前世はあまり気にしなくていいんじゃないか。能力もこれからどう使っていくか考えていけばいいさ。俺なんかでよければ相談にも乗るからな」
「ありがとう……。今でも狩りの手伝いできたらなって思うけど、しょうがないよね。ほかに役に立てることがないか考えてみるよ」
俺に乗れる相談などあるか分からないが、それにしてもなんていい子なのだろう。
改めて振り返ってみると二人とも大きくなったもんだ。ダンの一件のときと雰囲気こそ大きく変わらないが大人っぽくなっている。
うっ、なんだ。子供の成長とはなんと感慨深いものなのだろう。これが年を取るということか。まあキースとは2つ、ニーナとは5つしか変わらないが。
そういえば……ダンは今、何をしているのだろう。
俺との一件があってから数日後、ダンは村からいなくなっていた。村の誰も行き先を知らないというから少し不気味だ。まあ、あのダンが簡単にくたばるとは思えないし、きっと変わらずどこかで生きているだろう。
「それがいいと思う。便利そうではあるからいろいろできるかもしれないぞ。さて、俺はそろそろ行くか。二人も手伝い頑張るんだぞ」
「ありがとうレン。いってらっしゃい」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「ああ、いってくる」
俺たちは手を振りながらその場を離れた。
村を出て少し歩いた頃、俺はきょろきょろと周囲を警戒しながら街へと歩を進める。
村の周りは踏み固められた道があるとはいえ、森に囲われている。
そしてこの森で暮らしているのは、なにも俺たち人間だけではない。
俺がここまで警戒している理由、それはこの大陸であればどこにでも存在する「魔獣」が原因である。もちろんこの森にも魔獣はいる。
現に俺が持ち運んでいる食料の一つである干し肉は
他にもたくさんの魔獣がこの森に生息しているのだが、その中に
この山吹猿という存在が俺を警戒させている最たる理由だ。
こいつらは俺たちと同じように集落を作り暮らしているのだが、俺のように荷車を引いている商人を見つけると群れで
しかも襲ってくるのはこちらが少数であったり、複数人で固まっていてもあちらがそれ以上の数だったりと、
そんな狡猾な奴らにとって、今の俺は格好の的である。
実際に俺は、一度だけ山吹猿に
その日は、俺が街に食料やらを卸しに行くようになってまだ片手で数えられるほどの数で、今と同じように街に向かっていた。
街に行くことがまだ非日常だった俺は、少し気分よく荷車を引いていた。荷車を引いて歩くことも、夜は
そんな浮かれた気持ちで歩いていた俺は通り道に何かいるのが見えた。
すぐにあちらも俺の存在に気付くと、石を先端に
ここでようやく気付く。
「あれが気を付けるよう言われてた山吹猿か」
俺は自分より小さい、それも一匹の猿を見て
「でも俺もこれを盗られる訳にはいかないんでね!」
俺は荷車に乗せていた護身用としてはあまりにも
そんな愚か者は、あろうことかこちらの方が優勢と思い「逃げないように」と小指を立て、能力を使う。そして俺自身も「逃げないように」と首を指で掴み契約する。自分自身に対しては身体能力を上げる目的で、念のためにしておいた。
そんな中、逃げる気など
「ウキャアアアアッ!」
ついに襲い掛かってきた。
俺は縦に振られた相手の獲物を横に避け、すかさず踏み込み殴り掛かる。しかし素早く避けられる。
そんな攻防が数回繰り返され、俺はこのままじゃ
「相手の攻撃を受け止める」と首を指で掴む。
そしてまた襲い掛かってくる。ここまで全ての攻撃を避けているのを見ていた猿は予想できないだろう。俺は猿の攻撃を棒で受け止める。思ったより力強くはなかった。
「キッ⁉」
やはり予想外だったと感じる猿の反応だ。
しかしここで当時の俺にも予想外が起こる。ミシッと持っている木の棒から音がしたのだ。まずい! と、思った俺は棒の先端をもう片手で持ち力任せに押し出す。
体の大きさの違いもあってか勢いよく猿は後ろに飛ばされるが、何とか踏ん張る。
そして俺の棒は見事真っ二つだ。その辺に捨てておくことにした。
猿は力任せに押し出されたのもあって、分が悪いと思ったのか後ずさろうとする。ここがこの山吹猿の
その反応に俺はさらに自分が優勢だと
「暴力は好きじゃないけど、しょうがないよな」
俺は猿に向かって一歩踏み出す。危険な魔獣だ。みすみす見逃すわけにはいかないだろう。
すると猿は腰に掛けていた角笛を取り出し、
「プオオオォォォォッ」
大きな音が響き渡った。
「なんだ?」
状況がよく分からなかった俺だがすぐに思い知ることになる。
森の方からガサガサと音がする。しかも大きな一匹の魔獣が草木に当たってしまったような音ではなく、大量の何かがこちらに近づいてくるような音だった。そこまで理解が及べば、嫌でも今の状況が分かり、何がこちらに近づいてきているのか分かる。
「まじかよ!」
たしかにそうだ。契約は「逃げられないように」しただけだ。来るもの
俺は自分自身の契約を速攻で解いて「何があっても逃げ続ける」と契約をし直す。
「「「「「ウギャギャアアアァァァッ」」」」」
もはやどれだけの数が援軍に来たかなど見てもいない。
俺は振り返ることもなく必死に走って荷車を引き、森を抜けた。
感覚にして半日ほど。完全に振り切ったと判断した頃に反動が来た俺は、周りが安全かどうか、これでもかというほど確認し眠りについた――。
と、完全にこちらの慢心もあったが、こんなこともあってあの猿に完全敗北を
俺は苦い思い出を振り返りながらも、周囲を警戒することを
するとガサガサと音がした。
「ん」
その音が耳に届いた瞬間、音を立てた魔獣の正体を予測する。
まずこの森で一番見かけるのは飛兎だ。ここに来るまでも何度か草木の揺れる音はしたが、音の大きさ的におそらく飛兎だった。真偽は知らないが。
しかし、この二年で鍛え抜かれた俺の感覚がこの音は飛兎ではないと訴える。飛兎は地を駆ける時もかなり速い。今の音はそんな駆けて通り過ぎていくような音ではなかった。
つまり他の魔獣ということだが、大きさもそこまでだろうというのが俺の見解だ。
そう思う理由は音の大きさもあるが、音の立ち方が大きい魔獣の堂々としたものではなく、こちらに気づかれまいと動いているときに鳴ってしまったような控えめな音だった。あくまで俺のこれまでの経験から
さて整理しよう。今の俺の状況。飛兎より大きいがそこまで大きくない体格。駆けているような素早い音ではなく鳴ることを恐れていないという感じでもなかった。そしてなによりこの俺の直観。
「ウギッ⁉」
慌てて草むらから出てきたようだがもう遅い。俺はもう契約済みである。
残念! もう俺は駆けだしてしまっている!
これまでの経験からも追いかけられようとも逃げ切れることは実証済みだ。
これは敗走ではない、勝利の凱旋である!
「はっはっはー!」
「「「「「ヴギィィィッ!」」」」」
怒ったような声が聞こえるが無駄である。
勝ち誇った顔で振り向きもせず森を駆け抜けた。
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