突然の非日常

 奴らをいて森を抜けた俺は二日後、何事もなくベインズに着いた。

 毎回街に着くのは日が暮れる直前で、その日は卸し先の店に荷車を預け、宿に向うようにしている。

 今回もその流れは変わらない。


 あくる日の朝、贔屓ひいきにしてもらっている店に向かう。

 目的地が見えてくるとお姉さんがせっせと店の看板やらを出している。


「おはよう、お姉さん」

「ああ、おはよう。ちょっと待ってね今持ってくるから」


 そう言って店の奥に入っていった。戻ってくると皮袋を渡してくる。


「はい、今回の分ね」


 俺は受け取った皮袋から中身のお金を手のひらに取り出し確認する。


「うん。確かに間違いないね。しっかり受け取ったよ」

「いつもありがとうね。助かるよ」

「いいよお礼なんて。俺の村もいろいろ売らせてもらえて助かってるから。じゃあ俺は帰るよ。荷車置かせてくれてありがとう」

「またよろしくね。気を付けて帰るんだよ」

「うん。じゃあまた来るね」

「――そういえば、サウル村の人は宿にいた?」


 皮袋にお金を戻しながら店を立ち去ろうとした俺に聞いてきた。


「サウル村の? ――ああ、あの男の人か。見た覚えないや」


 思い出してみるが、見た覚えは無いな。

 お姉さんは少し心配そうに考え込んでいる。


「何かあったの?」

「何かあったわけじゃないんだけど……その人からも食料を売ってもらう予定だったんだけど、昨日荷車を預けに来なかったから何かあったのかってね。その人も君と同じように荷車を置いてくれないかって毎回来るんだけど……」

「なるほど……。他の宿に泊まった可能性もあるけどこの店に一番近いのは俺の泊まった宿だし、それにその人は何回かその宿にいたのを見たことがある。でもいなかったとなると街に着いていないのかも。もしかしたら来る途中に山吹猿にでも襲われたのかな」


 輸送中に襲われるという話は実体験でもあるようによくある話だ。

 そんな俺の言葉にお姉さんはさらに顔をけわしくした。


「やっぱりそうだね……ただの思い過ごしだといいんだけど……」


 そう言うお姉さんは本当に心配そうだ。

 しかしそれを聞かされても俺は何もできない。俺がもしサウル村まで見に行ったとして、その人が本当に猿か、はたまた他の魔獣に襲われていたとするともう手遅れだろう。なんせ街に着くのは昨日の予定だったとのことだ。

 そして仮に襲われた荷車の残骸ざんがいを見つけたとしよう。そこは襲撃しゅうげきのあった場所、つまりは近くに魔獣がいてもおかしくはない。俺だけは安全なんてわけはないのだ。

 そもそも知らない土地。いざとなれば能力を使うとしても土地かんが無ければ逃げることすら難しいかもしれない。なんにせよ俺にできることはない。


「待ってみるといいんじゃないかな。案外遅れてるだけかもしれないし」

傭兵ようへいの人たちに頼んでも動いてくれないだろうしね――」


 ちらっと悲しそうな顔で俺を見てきた。

 ――ん? 嫌な予感がする。今の顔、「傭兵の人たちには頼んでもだめそうだから、よかったら君が見てきてくれない?」の顔?

 違うよね? まさか一週間に一回ここに物を届けてるだけの俺にそんなことを頼んでくるわけないよね? 嫌だよ? 俺行かないよ?


「もしよかったらなんだけど――」


 ちょちょちょ、ちょっと待って! やめて! やめてくれ! それ以上言わないで! そんな悲しそうな顔でお願いされても絶対行かないぞ! 俺だって死にたくない!


「君――」


 嫌だ! 俺は行かないぞ! 死ぬかもしれない場所なんてどんなにお願いされても行きたくない! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!


「サウル村まで見てきてくれない?」

「……ごめ、いや……あ、あー、行――きましょ、うか」

「ほんと⁉」

「あっ、はい……」

「ありがとう! 必要そうなものは準備するから! ちょっと待ってて!」


 そう言うと急いで店の奥に行き、いろいろかかえて戻ってきた。

 それを受け取った俺は最後に皮袋を渡される。


「これ、依頼の前払金ね! 本当にありがとう! 気を付けてね!」


 と、屈託くったくのない笑顔で見送られる。

 もはやこの皮袋にいくら入っているとか全く確認していなかった。

 店を出た俺は、置かせてもらっていた自分の荷車にもらった物を乗せ、空を見上げふーっと息を吐く。

 断ろうにも断れない自分の情けなさにほろりと涙を流した。



 「おー初めて通るな」


 見栄っ張りがわざわいして嫌々引き受けたものの、いつまでもうじうじ言っていられない。俺はサウル村のある東門の方へ向かっていた。

 ただ自分でも少し驚いている。もっと足取りが重くなると思っていたからだ。

 魔獣に襲われたかもしれない人の様子を見てきてほしいと言われて、喜んで引き受ける人などきっと存在しないはずだ。死ぬ可能性だってある。

 もちろん俺だって死ぬのは怖い。だからこそ引き受けたくなかったのだが。

 ――しかしどうして少しわくわくしているのだろう。


「へえ、こっちにもこんなに店があって賑わってんのな」


 商の都というだけあってベインズは広い。俺がいつも通っているのは南門で店もその通りにある。普段通ることの無いこの東の通りには来たこともなかった。

 まあ俺が街を見て回らずにすぐ村に帰るのが原因でもあるが。

 建物の様式は全く変わらないが、いつも目にしている店とは違うため新鮮さを感じる。相変わらず人の多さはこちらも変わらないけど。

 歩き続けるといつも見るお馴染なじみの門が見えてきた。

 だんだん近づいてくる門の形は変わらないが、その先の景色はきっといつも見るものとは違うのだろう、と胸を高鳴らせながら門をくぐる。


「――俺出るとこ間違えた?」


 目の前に広がる平原と奥に見える森を見てそうつぶやいた。

 もはやいつも見ている景色と違いが分からない。「どちらが東門でどちらが南門から見た絵でしょう」と問いかけられても「どちらも同じです」と答えてしまうくらいに違いが分からない。いや実際二つ並べられると違いはあるのだろうが些細なものだろう。

 ――まあそりゃそうかと右を向いて冷静になる。同じような景色が右側、つまり南側にも続いている。当たり前だが防壁を伝っていけばいつもの南門に着くだろう。スーデン村にも行けるだろう。景色が大きく変わるはずもないか。

 考えてみれば当然の事なのだが南門からしか出入りしたことがなかった俺にはそこまで思い至らなかった。

 一人で盛り上がっていた俺は一瞬でやる気を失う。

 結局、いつもと同じじゃないか。行って帰ってくるだけだ。もちろん魔獣には気を付けないといけないけど、それもいつもの日常と大きな違いはない。

 ――いや待てよ。今のところ景色は変わらないが行く場所は違う。初めてサウル村に行くのだ。それを楽しみにしようじゃないか。

 きっと南の通りと東の通りのように大きくは変わらないけど新鮮味しんせんみはあるはずだ。

 よし! ならばそれを楽しみにサウル村へさっさと向かおう! じゃないと今にも足が止まってしまいそうだ。

 俺は重くなりつつある足を動かし、初めてのサウル村に向かう。

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