第114話『ぐるぐる』

 どこへ行っても謎の村の近くに戻ってくるこの現象を、ウェンは魔法と称した。


「魔法はね。物を浮かせたり、花畑を作ったりする不思議な力があるのよ!」


 彼女は得意げに魔法について説明している。


 実はその単語は俺も小耳に挟んだ事がある。

 薬師兼商人のエルドリックの家で書物を拝借した時にも見かけたことがあり、その定義についても大まかに知っている。


 書物の中では、魔法を行使する者、俗に言う魔法使いについて一番多く出てきた説明は『世界を作る者』だ。


 ウェンの挙げたような具体例しか魔法を知らなかった当時の俺は、物を浮かせる程度で『世界』とは大仰な表現だなと思ったが、目の前のこれを見る限り、空間に作用する力であることは疑いようが無かった。


 癪ではあるが、ウェンの指摘のおかげで、これが魔法である、という疑いを持つ事ができた。

 魔法であるとするならば、その行使者が居るのが自然だ。


 森の中にただ一つだけ存在する村、そこに魔法使いは隠れているに違いない。



 村を偵察しようとしていると、森の中に小さな影が分け入ってくる音が聞こえた。

 デイズに視線を送ると、彼女は静かに木の影に紛れ込んだ。

 彼女は幹に取り付くと、蛇でも無いのに気術を駆使して幹を上り詰める。


「おねーちゃんたち、何してるの?」


 その人物へ向かってデイズが背後から飛び掛かる。


 遅れてその人物が子供であると認識する。

 デイズが突き出したナイフが首に触れた瞬間に、俺達の感覚全てが遮断され、闇に覆われた。




◆◆◆◆




 気づけば、空の低い位置に太陽があった。

 俺達は先ほどと同じ場所に突っ立ったままだった。


「っ!!」


 デイズは空中でナイフを突き出した勢いのまま、地面にぶつかって転がる。

 混乱は消えないままだが、彼女は直ぐに起き上がり周囲を見回す。


 もう一つの変化は、俺達の前に現れた子供が姿を消していることだ。



 太陽の位置からして、時間が朝へと変わっている。

 太陽が一周する間、俺達が意識を失っていたのではなく、あの一瞬で何者かがのだろう。


 魔法使いが『世界を作る者』であるという説明を、今やっと理解した。



「お姉さま……?」


 情報の整理に気を取られている俺の横で、戸惑ったような声をウェンが上げる。

 その声に従って竜人娘レンゲの様子を伺うと、彼女は先程と同じように静かに俯いたままだ。


「……レンゲ?」

「……」


 彼女の顔を覗き込むと、彼女は虚ろな顔で地面を見ている。

 明らかに様子がおかしい。


「レンゲ!」


 彼女の肩を揺すると、ゆっくりと視線が俺に向いた。

 しかし、焦点が合っていない。


「……この状態はいつから?」


 竜人娘レンゲの呼吸が止まっていないのを確認しながら、ウェンの方へ問い掛ける。

 ずっと竜人娘レンゲの様子を見ていたウェンなら知っているかもしれないと思ったのだ。


「村が見えた時から、ずっと下を見てて……多分、その時からだと思う」


 村人らしき少年を攻撃したことは関係無いか。

 竜人娘レンゲは時々思い出したように瞬きをしている。


 彼女の手を引けば、足を動かして引っ張った方に付いてくる。

 俺は夢遊病を思い浮かべた。


「半分、眠ってるような状態だと思う……」


 いざとなれば、彼女に咆哮ブレスを使って森を破壊してもらおうと思っていたが、今の彼女ではとても出来そうにない。


 魔法使いが作った世界は丁度村一つを丸々覆う位の大きさだ。

 そして、その領域はなんらかのルールに従って運用されている。


 おそらく、彼女はそのルールに抵触する存在だったのだ。


 今のところ分かっているのは、村人を攻撃することが出来ない、攻撃しようとすると朝にされる、ということだけだ。


「村に入ろう」

「何が起こるか分からないわ。ダメよ」


 エンが俺の言葉を拒否する。


「なら、エンはここに居て良いよ」


 態と強めの口調で彼女を突き放すと、エンの額に皺が寄った。


 おそらく、この村では力は必要にならない。

 村人に対する攻撃が許されていないからだ。


「俺と一緒に村に入っても良い人は手を上げてくれ」

「……」


 デイズとウェンが黙って手を上げた。

 エンは腕を組んだまま眉を歪める。


「それじゃあ俺達は行くよ」

「……分かったわ」


 エンは頑なな態度のままだった。


 俺は竜人娘レンゲを背負う。


 そのまま俺達はエンを置いて村の前まで歩き始めた。

 彼女の姿が見えなくなったところで、距離を保ったままエンの気配が俺達を追いかけてくるのが分かった。


「……良いんですか?」

「一人は外に居た方が良いと思っていたから、そのままで良いよ」


 デイズは納得したように頷いた。


「アンタ、運び方が雑なのよ」


 ウェンは竜人娘レンゲの尻尾が地面に引きずられているのに気付くと、尻尾を持ち上げて地面に着かないようにする。


 改めて村を視界に収めると、やはり言葉にしがたい違和感が湧き上がる。

 もうそろそろ村の入り口というところで、村の中から子供の顔が覗く。


「にーちゃんたち、どうしたの?」


 先ほど森の中に入ってきた少年の姿が見えて、俺たちは身構える。

 この不可解な魔法の行使者である確率が最も高いのが彼だった。


 見たところ4、5歳位の人族。

 彼はクリクリとした茶色の瞳には好奇心が見えた。攻撃を加えられた記憶は無いらしい。魔法によって彼は記憶を消されたのだろうか。


 俺はわざとらしくない位の笑みを彼に向ける。


「俺たちは近くの街道を馬車で走っていたんだけど、肝心の馬車が壊れてしまってね。この村で泊まれる場所は無いかな?」

「あるよ!」


 子供は嬉しそうに俺の言葉に答えた。


「……」

「……?」


 しかし、彼は自分の言うべき事は終わったとばかりに俺の方をじっと見ている。

 あぁ、そういうことか。


「……できれば、そこまで案内して欲しいな」

「いいよ!ぼくに付いてきて」


 子供は俺に背を向けて村の中へズンズンと歩き出した。

 彼に従って、柵の中に踏み入ると村人の視線がこちらへ注がれるのが分かった。彼らの視線には排他的な敵意が向けられる様子は無く、どうやら俺達を歓迎しているようだった。


「にーちゃんたち、村の祭りをみにきたんだよね?」

「……そうだね」


 俺は曖昧に頷いた。

 どうやら、先ほど説明した『設定』も覚えていないらしい。


「あとちょっとだよ」


 そう言って彼が案内した先は村の広場の中心だった。

 そこには藁で作った巨大な像のようなものがある。

 藁の作り物は、かなり立派なの形をしている。


 祭りの時には、これを燃やすのだろう。


 少年は藁の作り物を見ている俺達を見て満足したのか、どこかへ行ってしまった。


 俺たちが途方に暮れていると、スキンヘッドの男性が話しかけて来た。


「坊主たち、宿を探してんのか?」

「えぇ、近くを通っている時に馬車が壊れてしまって……もちろん、お金はあります」


「宿屋は無いが、空き家ならあるから、そこを使いな」


 そう言って男性が指差したのは広場に面した家の一つだった。

 どうやら彼は親切にもタダでそこを貸し出してくれるようだった。




◆◆◆◆




「ただいま」

「遅いわよ……ご飯は?」


 村の中を見て回った後に貸して貰った空き家へと戻ってきた俺は、ウェンに皿と匙を手渡す。

 どうやらこの日は祭りの前夜祭のようなものが行われているらしく、外からやってきた俺に対しても料理が振る舞われた。もちろん対価は払っている。

 村人たちの寛容な空気は祭りのせいだろうか。


 ウェンには俺が外を歩いている間、竜人娘レンゲの様子を見て貰っていたのだ。


 村の子供はあの少年以外にも結構な数が居たし、大人もそれ相応の数が居た。

 人口に歪な部分は見えなかった。


 一見すると普通の村だった。

 村人たちは妙に親切なのは違和感があるが、異常と呼ばれるほどでは無かった。


 俺が抱いていた違和感の正体は人では無かったらしい。


「んぐ……ネチネチ、何か分かった?」

「大したことは分からなかったよ。明日は祭りがあるとかくらいかな。でも、ずっと何かがおかしい感じはしているんだよ。ウェンは村を見ていておかしいと思ったことはある?」


「……」


 ウェンは俺をじっと見ながら肉を飲み込むと、匙で俺を指した。


「風が吹いてないのよ」

「……風」


 違和感の正体はそれかと、しっくり来た。

 しかし、その情報だけでは確信に迫れそうにない。


 俺たちは長期戦を覚悟した。




◆◆◆◆




 デイズとウェンと俺の三人で見張りをしながら、夜が明けるのを待った。

 竜人娘レンゲの夢遊病の状態は、完全な植物状態とは異なり、匙を差し出せば口に含んで咀嚼と嚥下をする。

 本当に夢遊病のようだった。


「おはよ!にーちゃん」


 俺が家の前で伸びをしていると昨日、俺たちの案内を途中で放棄した不良少年が声を掛けてきた。


「今日は祭りだったよね。楽しみ?」


 俺は当たり障りない話題を彼に振ると、彼は不思議そうに首を傾けた。



「まつりはあしただよ」




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アサシンの卵に転生した 沖唄(R2D2) @R2D2

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