最終夜 ミステリと言うな、彼
「うそっ! あたしの体操着が無くなってる!」
その声を皮切りにクラス中が騒然となり、全生徒がある一人の女子を見た。
声の主は那須菜々美さん。
ほらね、やっぱりだ!
どうしたってこの未来が回避できない。
だが、真相究明に向けて未来――この夜にミスターローレンスに会ったから厳密には繰り返してる過去――は徐々に
結局、医務室のベッドに行かなかった俺は、そのまま化学室で授業を受けていた。
しかし担任から内線で報告を受けていた化学の大山先生は俺を心配した様子で授業の冒頭に声を掛けてきた。
加えて廊下の外からは養護教諭の村木が覗いていた。
それに気づいた大山先生が手を振ると、村木は手を振り返して去っていった。
その右手に持っていたのは教頭のところにあるマスターキー。
俺が日直として預かっている生徒用の鍵じゃない。
これで真犯人が浮かび上がった。
つまり今日出勤だった村木が、一向に医務室に来ない俺がまさか本当に教室の机で休んでいないだろうかと様子を見に行ったのだ。
ところが俺の姿は無い。
その時、偶然にもカバンの口を大きく開けた那須さんの席が目に入った。
職責がありながらも自身の欲望に負けた村木は、そのままJKの体操着を失敬するという悪の道に手を染めてしまったのだろう。
「!あてこつ、エテブス、青ざん」
――nazowa subete toketa!――
なんて事をいきなり俺が叫び出したから、クラスの連中も狼狽している。
担任の先生は俺の肩に手を置いた。
「やはり風邪なのだろう。無理するんじゃない。ここは私に任せて医務室に行ってきなさい」
おっ、なんか俺への疑惑も薄らいで少しだけ風向きを変えた感じもある。
まぁ那須さんや山野辺、他の女子達はまだ疑惑の視線を向けてくるけど。
でも真犯人は村木なんだよ。
先生からの風当たりが弱まったのも新しい運命が拓けた証拠だ。
やはり正義は勝つ。
神は常に正しき行いをする人間を見ているのだ。
てなわけで俺は担任の許可のもと、意気揚々と医務室に向かった。
午後の授業はベッドで横になることの許可を貰ったというのもあるが、シンプルに村木を断罪しに行くのだ。
そして村木の前であいつの犯罪を白日の下に晒してやるんだよ。
「おゆる様じゅ」
――jamasuruyo――
すると、村木は今まさに逃走せんとドアの向こうで鉢合わせをした。
「あぁ、例のF組の……ベッドは自由に使ってていいよ。必要ならば風邪薬も置いておくけど。俺はこれから警察に行かなくちゃならない」
なるほど。罪が大きくなる前に警察に自白か。
名探偵ウコブ様の出番は無くなったが、それもよかろう。
犯人らしい立派な最期だ。
「キミのクラスだけじゃない。俺の私物もやられたよ。スマホとゲーム機が無くなってるんだ。窃盗が紛れ込んだみたいだね」
「?っぇへ」
「とにかく警察が来るまで、来館者を含めて全員帰れないようにしてやる。ちくしょう俺がコツコツ育てたゲームをよぉ」
嘘ぉん! 真犯人がまだ居るぅ!
どういうことだよ、村木は物語の途中で退場する匂わせ容疑者だったのか。
つーかミスターローレンス、騒ぎを大きくしてどうするんだ!
もう完全に修羅場だよ。
あぁほら、なんか他のクラスでもザワザワし始めたもん。
しかし、これだけたくさんのクラスや場所から一度に窃盗を働くことができるなんてどういうことだ? だって授業中の生徒だって居ただろうに。
よもや、職員や教員の中に真犯人が居るのは間違いないだろう。
そいつは村木や俺に罪を被せて、盗んだJKの体操着を着ながらゲームに興じる予定に違いない!
この名探偵ウコブ様がとっ捕まえてやる!
~~~
「うそっ! あたしの体操着が無くなってる!」
その声を皮切りにクラス中が騒然となり、全生徒がある一人の女子を見た。
声の主は那須菜々美さん。
そのうち担任がやってきた。
「那須の体操着はいつまであったんだ?」
「今朝はちゃんと家から持って来たんですけど……」
「あと、移動があったのは化学だったな」
すると那須さんと担任の会話に、山野辺が割り込んできた。ここまでは予定通り。
「そう言えば今日の日直が一番最後に教室を出たと思います」
それを待ってたと言わんばかりに俺も声を張り上げた。
「ッ! 俺ノモダ!」
三限と四限の休み時間のあいだに俺はコッソリと自分の体操着をゴミ袋に包んでダストシュートに放り込んだのだ。
日直なので、いの一番に教室を開錠しに向かうのだが、俺は往路と同じ西館の校長室前を通ってショートカットした。そんで皆が戻る前に自分の体操着を素早く袋に丸めて、そのまま何食わぬ顔で校舎裏門に繋がるダストシュートへ。
これで俺も被害者になれば、少なくとも容疑を他に向ける事が出来る。
なにせ体操着はサイズが違うだけで、男女とも全く同じ白の半袖シャツに紺のハーフパンツ。
相手を手当たり次第に体操着を盗む窃盗犯に仕立ててしまえば良いのさ。
なんという美しい芸術的犯行なのだろう。このウコブ様の完全犯罪によって真犯人の犯行までもを明らかにできるとは。
よしよし、山野辺や他のクラスメイト、担任が那須さんと俺を囲む。
さぁ今この様子を見ている全身黒シルエットよ、素直に自供しろ。
そうこうしているうちに、医務室の村木、他の教室からも被害の報告が出てきた。
舞台は整った。
犯人はこの中にいる!
まぁ、結論から言うと早々に解決したけどね。
エアコンの点検業者が出来心で行った窃盗だったらしい。
一一〇番で駆け付けたお巡りさんが来て動くに動けなくなったうちに、明るみになったということだ。
容疑者は現場からは早々に退散せよ。これは教訓だ。
山野辺や村木は一切関係無かったってことだよ。
それにしても俺の願いを叶えるためだけに大勢の被害者やひとりの犯罪者を生み出すなんて、ミスターローレンスはどれほど辣腕なんだよ。
大昔のドイツのサンタは、悪い子は木の棒で殴るらしいからな。
なまはげのような勧善懲悪的なダークヒーローだったんだ、サンタって。
やがて業者がパクッていた物が出てきて、那須さんの体操着、村木のスマホとゲーム機、そして俺の財布も……っておい、いつの間に!
少なくとも俺は自分の体操着を隠した時には全然気がつかなかったよ。
ゴタゴタで犯人は俺の体操着も盗んだことになったが、俺は警察や職員の目を盗んで、ダストシュートからゴミ袋を回収したさ。これじゃあどうみても俺が犯行に動く全身黒シルエットの犯沢さんじゃん。そこはかとなく生ゴミ臭くなった体操着を抱えて俺は小走りで自宅に向かった。
名探偵ウコブ様どころか完全犯罪を成し遂げた黒シルエットの俺は、ずいぶん疲れ果て、帰宅すると早々にベッドに潜り込んだ。
枕元には赤と白のブーツを模したおもちゃの飾りが置かれていた。
翌日。また学校の時間だ。
世間ではついにクリスマスイブ。
それよりも今年はカレンダーの並びのせいで、二十四日の土曜日が終業式になったので俺的には冬休みが早いから少し嬉しい。まぁどうせクリスマスなんて無縁だし。
少なくとも今朝、母さんと会話した時はちゃんと喋れていた。
もう逆再生の呪いも無くなったみたいだ。
でも学校内では、クラスメイト達は本当に昨日の出来事をチャラにしてくれているのか、なんか少し不安だった。日直だったのは間違いないし。
学校に着いた俺への扱いは普通だった。
真犯人が捕まったからな。当然だろうけど、若干の腑に落ちない感はある。
お前ら、俺に一瞬は向けたあの疑惑の目を忘れないぞ。
なんて言うのはケチくさいだろうか。
昨日の余波で、教員や職員はまだワサワサしてる感じはあったけど、俺達生徒にはそんなに影響もなく、けっきょく平穏な終業式として終わろうとしていた。
那須さんとはキチンと会話できなかった。
まぁ元々はそれほど親しいクラスメイトでも無かったし、俺は遠巻きに眺めているだけの日々だったから、何度も巻き戻されてご褒美のビンタ……違う、会話や触れ合いができただけでも、逆に昨日という日が奇跡に近いんだとしておこう。
とにかく、帰宅して二度寝をしよう。
そう思ってた俺が通用口の下足場に向かうと、先に教室を出たはずの那須さんが俺の靴の前に立ってる。
「あ、ごめんね。なんか昨日のことちゃんとお詫びできなくて」
敢えて終業後の、生徒の数が減った通用口で俺を待っててくれたんだ。
「最初はあたしも疑っちゃっててごめん。あと体操着とお財布取られて、
そんな事無いよ。だって那須さんも体操着を盗られたじゃん。
「だから、これ。お詫びのしるし」
なんかすごい綺麗なクリスマス仕様にラッピングされた小袋を渡された。
俺と那須さん、ほんの少しだけ指先が触れる。
「美味しいチョコだから。クリスマスの夜に食べてね」
なんやかんやで、ゼロベースまで巻き戻すどころか、ちゃんとお互い新しい一歩を進めたみたいだ。
これもミスターローレンスのおかげと言っていいんだろうか。
とりあえず今年の年末はこんなもんで充分だ。
むしろ最高のクリスマスプレゼントだよ。
でも来年には一緒にイブの街を外出できるくらいお近づきになりたい。
「じゃあね、三田くん。メリークリスマス」
笑顔で俺に手を振りながら、那須さんは小走りで去っていった。
きっと甘いだろうなぁ。
いい夜になりそうだ。
スゥマムシルク、イィーレム。
――merry christmas――
どけ、いな、しかし、気るなにめだ、恋初の俺 邑楽 じゅん @heinrich1077
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます