第14話 女子陸上部エース:与謝野美紀の場合(その4)

「なに、ケガをしたのか? どれ、先生に見せてみろ」

(マズイ!)

いま布団を剥がれたら、俺が美紀の下半身に覆いかぶさるように密着している事がバレてしまう。

思わず身体が硬直した。

知らずに力が入り、彼女の腰を抱きしめていたのだろう。

「んんっ!」

彼女が微妙に鼻にかかったような声を出した。

「どうした、与謝野?」

「あ、いえ……大丈夫です。ちょっと傷が痛んだだけで……」

「そんなに痛むのか? 傷はどんな感じなんだ?」

布団の上から微妙な圧力の変化を感じる。

俺は首をすくめた。

その時、顎の部分が彼女の両太ももの間をかすめた。

「あっ!」

またもや美紀が微妙な声を上げる。

「大丈夫か?」

先生の問いに美紀は慌てて答える。

「はい、はい、大丈夫です。でも布団はめくらないで下さい。私、下を履いていないんです。ランニングパンツが泥で汚れてしまったから……」

そう言われては男性教師である強羅先生は、無理に布団を引きはがす事は出来なかったのだろう。

「わかった。でももう先生もみんな帰るし、校舎の鍵も閉める。早く帰れよ」

そう言い残すと再び扉が開く音がし、すぐに閉じる音が聞こえた。

それでもしばらく、俺たちはそのままの体勢でじっとしていた。

与謝野美紀の少し汗ばんだお腹に、顔をくっつけたまま。

彼女の体臭は、甘いような、それでいて身体が熱くなるような、そんな不思議な匂いだった。

「もう大丈夫。先生は行ったみたい」

俺は頭を持ち上げると、布団の中から彼女を見た。

「な、なんかゴメン。こんな変な事になっちゃって」

「ううん、いいよ。だってアタシがショウ君をこうしたんだから。それよりさ……」

彼女が恥ずかしそうな顔をした。

「アタシ、汗臭くなかったかな?」

言いながら彼女は真っ赤になった。

確かに汗をかいた後に、布団の中でこれだけ密着されていれば、女子としては気になるのも当然だ。

「いや、別に臭くなんかなかったよ。むしろ……」

「むしろ?」

「なんかいい匂いだった、と思う。

そう答えてから俺は、とんでもない事を口にした事に気づいた。

これじゃあまるで変質者だ。

「アタシが……いい匂い?」

「え、あ……」

すると美紀は突然、両手と両足を使って、俺に強くしがみついてきた。

「嬉しい!」

「ちょ、ちょっと、与謝野さん」

だが彼女は俺を離さないまま、俺を胸に抱いたまま囁く。

「アタシ、ショウ君に嫌われていると思っていた。アタシはずっとショウ君に突っ張った態度を取っていたから。でもショウ君はアタシの事を嫌いじゃなかったんだね!」

(なんでそうなるんだ?)

俺が疑問を感じていると、その答えを彼女は口にした。

「嫌いな人間の体臭って、すごく不快に感じるんだって。相性が合わない人間もダメ。でも相手の匂いが『イイ匂い』って感じるのは、相手に好意を持っている証拠なんだって。相性も最高って事」

その話なら聞いた事がある。

確か外国の学者か誰かが言っていた話だ。

たしか人間が出すフェロモンみたいなもの、という話だったと思うが。

「アタシ、本当はずっと……ショウ君の事……」

彼女は腕を力を少し緩めた。

俺が顔を上げると、真剣な目で俺を見つめている。

「ショウ君になら、私の全てをあげる……」

(えっ?)

その時の俺には、その言葉が魔法のような力を持っていた。

「与謝野さん……」

「美紀って呼んで。あと勘違いしないでね。誰でもこんな風に誘う訳じゃないから……ショウ君だけなんだから……」

密着している彼女の身体が熱く感じられる。

ここ直近で二回、俺にとっては童貞喪失のチャンスだった。

そのためもあって俺の中で強い欲求が沸き起こっていた。

彼女の着ていたノースリーブのランニングシャツをたくし上げる。

その下には伸縮性のあるスポーツブラを付けていた。

大きくはないが、弾力がありそうな膨らみが、形良く盛り上がっている。

(こ、これを外せば……)

俺は震える手で彼女ののスポーツブラに手をかけようとした。

その手を、彼女は優しく包むように止めた。

「ちょっと待って……ここだと、先生がいつ来るか分からないでしょ。だから……続きはショウ君の家で……」

「俺の家?」

思わずビックリしてそう聞き返す。

俺の家はダメだろ。

というか女の子を連れて行ったら、雪華がどんな反応を示すか分からない。

雪華は俺に彼女が出来るなんて絶対に許さないだろう。

別に彼女を作るのに雪華の許可がいる訳じゃないが、アイツはどんな妨害をしてくるか分からない。

(少なくとも、今日はダメだな。雪華が居ない時じゃないと……)

「ゴメン。俺、焦り過ぎてたかも。そうだよな、こんな所でなんて……常識外れだよな、すまない。でも今日、俺の家って言うのはマズイんだ」

それを聞いた美紀の顔が一瞬、強張ったように感じた。

だがすぐに何でもないかのような笑顔になる。

「うん、そうだよね。こんな時間にいきなりショウ君の家に行きたいって言っても、それは無理だよね。アタシの方こそ何を焦っているんだろ……」

そう言いつつ、彼女は俺から視線を逸らせた。


俺と与謝野美紀は別々に学校を出た。

さすがに一緒に校舎を出たんでは、誰かに見られた時に怪しまれる。

俺は美紀を送っていくと言ったんだが、彼女の方から「それこそ先生に出くわしたら怪しまれちゃうよ」と言って断られた。

俺は一人帰り道で、今日の事を振り返ってみた。

(もしかして……与謝野さんは俺に弄ばれていると思ったのかな?)

(そうだよな。保健室でいきなりあんな事をして、「家に行きたい」って言ったら俺は断ったんだからな)

(でも先生が来たからって、彼女はなぜ俺を布団の中に隠したんだろ。自分が下半身は下着しか付けてない事は、分かっているだろうに)

(考えてみると、今日の彼女は最初からいつもと違っていたような気がする。なんか俺と話したそうな感じで……)

(一年の時は間違いなく、俺に反発している感じだったよな。二年になってからそれは無くなったけど)

(今日だって、なんで自主練を俺に見て欲しいなんて言い出して来たんだろう。別に他のハードルをやっている女子に頼めばいいのに)

(まさかと思うけど……俺と二人っきりになりたかったとか?)

そこまで想像を巡らせた所で、俺は思わず自嘲的な笑いが漏れた。

「まさかな。彼女がそこまで俺を思っているなんて、ありえないか。俺の自意識過剰かもな」

最近、続けて女子と『そういう事』になりそうな雰囲気だったから、俺は変に自信過剰になっているのかもしれない。

こういうヤツは女子から「勘違いのキモい奴」って思われるんだろう。

気を付けないと。


一方、与謝野美紀の方も、一人電車の中で後悔していた。

(あ~、アタシのバカ! なんでショウ君に「今日は無理」って言われた時に「じゃあいつなら大丈夫?」って聞かなかったんだよ)

(今日はたまたま本当にダメだっただけかもしれないじゃん。アタシの方は準備していても、ショウ君からすれば突然の事だったんだしさ)

(それなのにアタシはあそこでナーバスになっちゃって……せっかく彼もその気になっていたのに)

ドア近くの窓ガラスに頭を押し付ける。

(ショウ君、これでアタシの事を嫌いにならないかな? 「自分から誘って来たくせに面倒臭い女だ」って思って……)

そう考えると美紀は自分の頭をぶん殴りたいほど悔しかった。

(それに……今日、こんな事があって、この次はどんな顔をして彼に会えばいいんだろう……)

窓の外を見ようとすると、そこには自分の顔が写っていた。

その自分が話しかけて来る。

「弱気になるな。一度は寸前まで行ったんだ。彼には自分の気持ちは伝わっているはずだ。諦めるな!)

と……。

(そうだよね、もうここまで行ったんだから、恥ずかしがる必要なんてない! これからはガンガンとアタックするのみ!)

(少なくとも、他の女には取られたくない! ここで引っ込むなんて勝負を捨てるようなものだ。アタシは負けない!)

自分自身に勇気づけられた気がして、与謝野美紀は決心を新たにした。



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この続きは、明日正午過ぎに公開予定です。

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