第13話 女子陸上部エース:与謝野美紀の場合(その3)
通常の部活の後、俺は約束通り与謝野美紀の自主練に付き合った。
短距離走の選手でありながら、彼女は持前のバネとしなやかな身体を活かし、ハードル走でもかなりのいいタイムを叩き出していた。
「凄いよ、俺なんかが付き合う必要はないんじゃないか?」
お世辞抜きでそう言うと、彼女は白い歯を見せながら言った。
「そんな事ないよ。ショウ君の走りはとっても参考になっている。君の走りをイメージして、自分なりに再現しようとしているんだ」
「そうかな? 俺には君のフォームの方がキレイに見えるけど」
「お世辞でもそう言って貰えるのは嬉しいな」
「お世辞なんかじゃない。本心だろ」
「じゃあ今のイメージを忘れないように、もう一本走って来る。ショウ君はそこで見ていて!」
彼女はそう言うとスタートラインに戻って行った。
「位置について、ヨーイ、スタート!」
俺の号令と共に、与謝野美紀は弾かれるように飛び出す。
彼女のそのカモシカを思わせるしなやかな肢体が躍動する。
健康的な美、と言うべきか。
美紀はハードルを次々と飛び越えていく。
スピードを極力落とさないように、ハードルの上をスレスレにだ。
俺は彼女のその姿に見惚れていた。
ゴールラインでストップウォッチを止める。
かなりいいタイムだ。
「どうだった?」
全身に軽く汗をかいた彼女が近寄って来る。
彼女はノースリーブのランニングシャツに、丈の短いランニングパンツという恰好だが、どちらも割とピッタリと細身のスタイルのため、彼女の身体のラインがかなりハッキリと出ている。
その姿を見て、俺は心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。
「ショウ君、どうした?」
美紀が不思議そうに聞く。
俺は慌てて「嫌、なんでもない」といってストップウォッチを見せた。
「あ、けっこういいタイムが出てるね」
彼女も満足そうだ。
「だいぶ暗くなって来たな。そろそろ終わりにするか?」
俺がそう言うと、彼女は微妙な目つきで俺を見つめた。
何か言いたげな様子に見える。
なんだろうと思っていると、彼女は視線を逸らした。
「最後にもう一本、走っておきたいんだ。それでショウ君も一緒に走ってくれないか?」
「試合形式で走りたいって事か? でもそれじゃあタイムは測れないんじゃないか?」
「タイムはもういいんだ。それより人と一緒に走った時の感じを掴みたい」
「俺も女子用の百メートルハードルでいいのか?」
「うん、それでお願いしたい」
「わかった」
俺と与謝野美紀はスタートラインに並んだ。
「スタートは与謝野さんが言ってくれ。それくらいはハンデだ」
俺がそう言うと彼女は俺を見てニコッとした。
「さすがショウ君、余裕だね」
彼女が正面を向く。
二人ともクラウチングスタートの体勢だ。
「ヨーイ、スタート!」
与謝野美紀の掛け声と共に、俺たち二人は走り出す。
やはり俺の方がスタートは遅れてしまった。
さすがに最初のハードルでは追いつけない。
彼女が先に飛び越えていく。
だが三台目のハードルでは俺が並んだ。
その先は俺の方が先を走る。
俺が最後のハードルを飛び終えた時だ。
後ろから派手にハードルを倒す音が聞こえた。
思わず後ろを振り返ると、ハードルと一緒に与謝野美紀が地面に倒れていた。
「大丈夫か?」
すぐに俺は方向転換をして、彼女に駆け寄った。
「いたた、暗かったし焦って足をひっかけちゃった」
彼女は平気なような口ぶりで言うが、よく見ると脛の部分からかなりの出血がある。
皮膚が抉れているようだ。
「かなり酷い傷だ。これは手当をしないと」
俺は保健室の方を見た。
窓が暗い。もう閉まっているのだろうか。
「とりあえず保健室まで行こう。歩けるか?」
「うん」
そう言って彼女は立ち上がったが、かなり痛そうだ。
それに傷口から出た血が、靴下の方まで垂れている。
「無理しなくていい。保健室はすぐそこだろ。俺が連れて行くよ」
そう言って俺は彼女を横抱きにして抱え上げた。
いわゆる『お姫様抱っこ』ってヤツだが、もうこの時間なら他の生徒の目もない。
「荷物は?」
俺が聞くと「そこに」と言ってベンチの上の小型のスポーツバッグを指さした。
俺は彼女を抱えてバッグを取ると、保健室に走った。
保健室にやはり養護教諭はいなかった。
だが幸い鍵は掛かっていなかったので、中に入るとさっそくケガの手当に取り掛かる。
「まず消毒をするよ」
俺はそう言って傷口についた泥をガーゼで優しく拭き取る。
だがそれでも彼女は顔を顰めていた。
次に消毒薬を傷口につける。
「ん!!!」
これはけっこうしみたのか、苦痛に耐える声を漏らす。
「大丈夫か?」
俺がそう尋ねると「うん、大丈夫」と小さな声で答えた。
傷口に軟膏を塗ってガーゼを張る。それを上からテープで止めた。
「まだ痛いだろ。血が止まるまではベッドで休んでいた方がいいな」
「うん、そうだね。だけどランニングパンツが泥が着いちゃってるから、下だけ着替えようかな」
「着替えはどこにある?」
「そのバッグの中」
俺はバッグを美紀に手渡すと「じゃあ着替え終わるまで外に出ているよ」と言ったが、彼女は笑って「そこまでしなくていいよ。向こうを向いていてくれれば」とひき止める。
そう言われると意識し過ぎな気もするので、とりあえず廊下の方を向いて立っていた。
すると……廊下の向こうから誰かが歩いて来る音がする。
「誰か来る」
俺がそう言うと与謝野美紀の表情が強張った。
しばらく思案するような顔つきになる。
「こんな時間に保健室で二人っきりなんて……変に思われないかな?」
「でも与謝野さんがケガした訳だし、俺が付き添いでいたからって、そんなにおかしな事はないと思うけど」
「でも誰もいない学校で、しかも無断で保健室に二人きりだよ。アタシはこんな恰好だし」
見ると……彼女はランニングパンツもジャージを履いていなかった。
「ジャージは?」
「それがバッグの中に無かったみたいで……」
もう足音はすぐ近くまで来ている。
「は、早くパンツを履きなよ」
「でも泥だらけだから……そうだ!」
そう言うと彼女は俺の手を引っ張ってベッドの上に引き込んだ。
「な、なにを?」
「いいから、黙っていて!」
彼女はそう言うと自分もベッドの上に寝ころび、俺を隠すように布団を被った。
直後にガラッという扉が開く音がする。
「なんだ、誰かいるのか?」
この声は……体育教師兼生徒指導の強羅先生か?
だが俺にとっていま一番驚いているのは、その事ではない。
俺は……与謝野美紀の上に居るのだ。
彼女の開いた立て膝の間に挟まれ、顔はちょうどパンティの少し上くらいの所になる。
なにしろ美紀は下は履いていない状態だったから……これは不可抗力だ。
とは言え、こんな所を教師に見つかったら大変な事になる。
俺は息を殺して彼女の身体に密着したまま、じっとしていた。
「与謝野か、どうしたんだ、こんな時間に?」
そう言いながら強羅先生が近づいてくるのが分かる。
「あ、先生。すみません、自主練をしていたらケガをしたんで、少し休んでいたんです。そうしたら眠っちゃったみたいで……」
「なに、ケガをしたのか? どれ、先生に見せてみろ」
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この続きは、明日正午過ぎに公開予定です。
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