第8話 ギャル美少女・長岡ルルの場合(その2)

「捨て猫?」


俺が聞くと、彼女は悲しそうな顔をしてダンボールの猫を見つめた。


「うん。ここに捨てられていたんだ。ウチがここを通ったら微かに鳴き声が聞こえて……一匹だけまだ生きていてから、コンビニでミルクと猫のエサを買って来たんだ」


ダンボールの底に小さな紙皿があり、そこに牛乳が入っていた。

彼女が手にしているのは、猫が舐めて食べる半練りタイプのエサだ。

子猫はそのエサを一生懸命に舐めている。


「優しいんだね」


俺がそう言うと、彼女はビックリしたような顔で俺を見た。

そして恥ずかしそうに下を向くと


「いや、ウチ、猫が好きだし……それに捨てられた猫を見ると、何だか放っておけないって言うか他人事と思えないような……」


そう言って彼女は言葉尻を濁した。

俺は少し疑問に思った。

俺たちが通う私立永田町学園は都内でも有数の名門校だ。

学費だってかなり高い。

そこに通う生徒の家も裕福な家庭が多いし、親だってしっかりした人が多い。

だから育児放棄なんて事はないはずなんだが……


だが俺は思い直した。

そうは言っても家庭環境なんて千差万別だ。

長岡さんにも他人には言えない事情があるのかもしれない。

ウチの学校であえてギャルをやっているのも、何か意味があるのか。

そんな様子の彼女を見ると、このまま放ってはおけない気もした。


「その子猫、どうするつもり? 長岡さんが家に連れて帰るのか?」


すると彼女は頭を左右に振った。


「ウチの母親、猫アレルギーがあるから……ウチでは飼えないよ。だからどうしたらいいかと思って……」


そうか、それじゃあ仕方がないないな、ヨシ!


「じゃあ一緒に、その子猫の飼い主を探しに行こうか?」


彼女がバネ仕掛けのように俺を振り向いた。


「本当? 一緒に探してくれるの?」


そう言った彼女の顔が輝いている。


「ああ、ここで会ったのも何かの縁だよ。別に急ぎの用事があった訳でもないし。これも生徒会長の勤めの一つかな」


俺がそう答えると、彼女は可愛らしい笑顔で答えてくれた。


(なんか長岡さんってギャルっぽくないな)


俺は彼女の笑顔を見て、そう感じていた。


「じゃあ行こうか、長岡さん」


すると彼女は少しためらいがちに言った。


「さっきさ、ショウ君は苗字じゃなくって名前で呼んでいいって言ってたよね。だったらウチの事も名前で呼んだ方が良くない?」


(名前呼びか……別にいいんだけど、確か彼女のフルネームは長岡ルルだったよな)


そう思っていたら、彼女の方から言い出した。


「ウチの名前は長岡ルル。みんなルルって呼ぶから」


「わかったよ、ルルさん」


そう呼びかけると、彼女は俯きながらも嬉しそうな顔をしていた。



俺たちはいくつかの場所を回った。

最初に行ったのはネットで検索した保護猫の保護活動をしている場所だ。

だが日曜なので閉まっている所も多く、開いていても「いきなり持ち込まれても……君たちでしばらく預かってくれないか? それで飼い主が見つかったら連絡するから」という返事だった。

子猫を抱いたルルが


「この子、どこにも行くアテがなくなっちゃう……可哀そう」


と泣きそうな声で呟いた。


俺は沈黙した。

ウチは動物アレルギーがあるのかは知らないが、両親とも動物を飼おうとしない。

小さい頃に俺と雪華とで「犬を飼いたい」「猫を飼いたい」と熱心に頼んだがダメだった。

あの反応を見るに、どちらかが極端な動物嫌いか、アレルギーがあるかのどちらかだろう。


「ともかく出来るだけ探して見よう。イザとなったらしばらく俺が預かるから」


そう言うしかなかった。

一週間くらいなら、両親にバレずに俺の部屋に置く事も可能だろう。

だがそれはルルが強く拒絶した。


「ううん、それはいいって。そこまでショウ君に迷惑はかけられないから。それならウチが預かるよ」


(彼女、見た目はバリバリのギャルだけど、けっこう遠慮深いんだな。人は外見だけで判断したらダメだな)


俺はそう感じた。


「悪いね。だけど次は保護猫カフェだから、そこならきっと引き取ってくれるんじゃないかな?」


俺たちはそこに望みを賭けていた。

空の雲行きも怪しい。今にも雨が降り出してきそうだ。

そんな中、こんな子猫を外に放っておくなんて絶対に出来ない。

次の保護猫カフェで、この子の行先を決めたいものだ。

だが行ってみると、そこでも引き取ってもらう事は出来なかった。。


「そうやって捨て猫を持ち込まれる事は多いんだけど……さすがにウチでも全てを引き取る事は出来ないんだよ」


店員さんが申し訳なさそうにそう言う。

俺たちは顔を見合わせた。

しかしダメと言うのに、無理やり置いていく訳にもいかない。


「そうですか。すみません、お手数をおかけしました」


俺たちは立ち去ろうとすると、店員さんが何かを思い出したように引き留めた。


「ちょっと待って。そう言えばウチのバイトの知り合いで、飼っていた猫がいなくなったって言っていたから……その人なら貰ってくれるかも」


そう言って店の奥にある事務所の方に入っていった。

十五分近く待たされたが、再び出て来た店員さんは俺たちにサムズアップをして見せた。


「オッケー! バイトから聞いて貰ったら、その人が子猫を引き取ってもいいってさ」


「本当ですか?」


「ああ、だからその子はウチに置いていきなよ。店長の許可も貰ったから」


「「ありがとうございます!」」


俺とルルは二人揃ってそう言うと、これもまた同時に頭を下げていた。

最後にルルは子猫を店員さんに渡す時


「これでバイバイだね。幸せになりなよ。短い間だったけど楽しかった。ありがとね」


と言って子猫の喉を撫でていた。

子猫は気持ち良さそうに目を細めている。


そんなルルを見て「この娘、本当に心が優しいんだな」と俺は感じていた。

ギャルっぽい見た目と純な少女っぽいギャップに、心が惹かれたのかもしれない。



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この続きは、明日正午過ぎに公開予定です。

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