第15話 クラスのおとなしい娘:久御山桃菜の場合(その1)
一度、紙に下絵を描いたものをスキャナで取り込み、それをiPadのペイントソフトによって本格的なイラストにしていく。
下絵から線画を取り込み、さらにレイヤーを重ねて色やエフェクトを付けていく。
気が付くと作業開始から既に3時間以上が経っていた。
「ふぅ、今日はこのくらいにしておこうかな?」
ある程度の色を着けた自分の絵を見て、桃菜は満足そうに独り言を呟く。
iPadの中には二人のイケメン男子が描かれている。
吹き出しのセリフがあるのでマンガの一コマだ。
「ショウ、俺と分かれる理由を教えてくれ」
「三浦、すまない。でも俺は彼女が好きになってしまったんだ。俺は、桃菜が……」
その一コマで彼女が描いていたマンガの内容が分かる。
久御山桃菜はBLマンガが大好きなのだが、それ以上に同じクラスのスーパー男子・桜花院翔が大・大・大好きなのだ。
彼女は自分でも同人マンガを描いて、投稿サイトにアップしている。
マンガの画力はかなり高く、けっこうな読者がついていた。
だがいま描いているのは、ネットに投稿するものではない。
自分だけのために描いているマンガだ。
内容は、永田町学園でも有名な『黄金の四王子』が男同士で愛し合っていたが、そこに桃菜が現れる事でショウはイケメン男子との交際を断ち切り、彼女と結ばれるようになる、というBLとTLを合わせたようなストーリーだった。
そう言われて見れば、マンガの中のイケメン男子はショウに似てなくもない。
桃菜はiPadを操作し、別のフォルダを開いた。
そこには隠し撮りしたショウの写真が大量に保存されている。
彼女はその中からお気に入りの何枚かを開き、そして心の中で呼びかける。
(こんばんわ、私の王子様。君はまだ知らないよね。運命の相手である私が、こうやって話しかけている事を。でも、いつかきっと必ず、君は私だけを見るようになる。有名な占いのお店でも、私のタロットカード占いでも、そう出ているもの。早く私という運命に気が付いてね)
その時、最近女子の間で噂になっている事が脳裏を横切った。
(最近、ショウ君の周りをうろうろしている女がいるらしい。バスケ部一年のチョロそうな左京加奈、隣のクラスの下品なギャルの長岡ルル、陸上部の脳筋女・与謝野美紀。あんな女、ショウ君に相応しくない! ショウ君に相応しいのは、目立たなくても清楚で本当は可愛い私だけなんだから!)
だが同時に不安も沸き起こる。
(真面目なショウ君に限って、あんな女たちに惑わされる事は無いと思うけど……でも男子高校生って女子に迫られるとフラフラと行っちゃう事があるって言うし……私も今までみたいに、ただ運命を待っているだけじゃダメかもしれない)
そう思い直した彼女は、改めて写真の中のショウに語りかけた。
(決めた。私、二人になれるチャンスがあれば、自分からアプローチするよ。ショウ君だって本心では、私の事を待っているはずだよね。だからショウ君、浮気はダメだからね!)
そうして彼女はiPadを胸に抱きしめた。
それは化学の実験の時だった。
中和滴定の実験をしながら、記録を取り続ける。
俺が事前に予習していたため、実験はかなり早く終わった。
結果レポートを書いていると、同じ班の男子である佐藤が大きなアクビをした。
「佐藤、今日はやけに眠そうだな。実験中もずっとアクビばっかりしていたじゃないか」
すると佐藤は眠そうな目をこすった。
「いや、昨日さ、スマホゲームのシンデレラ・レーサーで新しいキャラが追加された上、ガチャ30回が無料だったんだよ。それで新しいキャラを引くまで粘っていてさ」
「え、シンデレラ・レーサーの新しいキャラ出たの? それってどんな?」
思わず俺は反応した。
シンデレラ・レーサーはイラストが可愛いだけでなく、様々な有名な声優が出演しているのだ。
すると佐藤は意外そうな顔をする。
「え、ショウ君ってシンデレラ・レーサーやってるの?」
「ああ、やってるよ。レベルも25まで行ったキャラがいる。レースも大きいので三回は優勝したかな」
「へぇ~意外。ショウ君は陽キャグループだから、ゲームとか興味ないかと思った」
「そんな訳ないだろ。みんなけっこうやってるよ。それより昨日引いたキャラは?」
佐藤はスマホを操作して、そのキャラを表示させた。
「おっ、スーパーレアじゃん。俺もこのキャラが欲しいんだよね」
すると佐藤は得意そうな顔になった。
「実はこのキャラ、引くのにコツがあるんだよ。良かったら教えようか?」
「そりゃ有難い。頼むよ」
「じゃあ今日の放課後に教えるよ」
こうして俺は放課後に教室に残った。
一緒にいるのはクラスではサブカル好きのオタク男子、佐藤と山崎、関根の三人だ。
「このイベントで、ここでガチャを5回引いて、それからこのイベントをこなして、ここでもう三回ガチャを引くと、公式の発表されている確率より5倍高くスーパーレアのキャラが出るんだよ」
俺は佐藤に言われた通りにやってみた。
すると一発で俺が欲しかったスーパーレアのキャラを引き当てた。
「えっ、一発で出たの? いくら確率が5倍になるとは言え、それは凄いよ」
山崎と関根も同じように驚く。
「ホント、一発でスーパーレア、しかも自分の欲しいキャラを引き当てるなんて」
「やっぱショウ君は持ってる男なんだなぁ」
彼らの賞賛の声に、俺は照れ笑いを返した。
「いや、そんなんじゃないよ。こんなの偶然だから」
事実、ゲームでどんなキャラを引き当てるかなんて運次第(ゲームのプログラム次第?)だ。
それに普段あまりやらないユーザがたまにゲームをやる方が、レアなキャラを引きやすいとも聞く。
これはゲーム会社が、そのユーザに「このゲーム面白い」と思わせて課金沼に引き込むためらしいが。
どちらにしても俺が持ってるとかいう話ではないと思うが、それでも単純に嬉しいものだ。
俺の引いたキャラに対して、佐藤が追加情報を述べる。
「このキャラでさ、こんど動画サイトに特別版のアニメを公開するんだって」
「あ~、このキャラ、最初っからその目的で作られたっぽよね。声優も新人でも有力な人を使っているし」
「人気出るって分かってたよね。既に有名コスプレイヤーがコスプレ写真を上げているじゃん。次のコミケでは絶対に出るでしょ」
「コミカライズもされるって話だしね。公式から匂わせ発言が出ていたよ」
みんながそれぞれ、自分達の持っている情報を披露し、自分の推しキャラについて語り合っていた。
(ああ、ここには俺の安らぎの場所があるかもしれない……)
俺はそんな感慨に浸っていた。
純粋にゲームを楽しみ、そのキャラの魅力を語り合う。
彼らの中には「誰とヤッた」「どこどこで知り合った女と……」「彼女の部屋で×××」というような話は出てこない。
俺のビュアで繊細な童貞心も傷つく事はない。
(ここにこそ、俺の求めていたホーリーランドがあったんだ)
そんな実感に、俺は思わず涙腺が緩みかけていた。
「ところで山崎、このまえ会ったっていう魔法少女ルルルンのコスプレの娘はどうした?」
佐藤がそう山崎に尋ねた。
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この続きは、明日正午過ぎに公開予定です。
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