第16話 クラスのおとなしい娘:久御山桃菜の場合(その2)

「ところで山崎、このまえ会ったっていう魔法少女ルルルンのコスプレの娘はどうした?」


佐藤がそう山崎に尋ねた。

って、え、コスプレの娘?


「あ~、ミルクちゃんね。スタジオ借りる金はないって言うから、彼女の部屋で撮る事になったんだ。俺も資材とか持っていってね」


「おお、相手の部屋! じゃあそこから……」


涎を垂らしそうな佐藤に対し、山崎は余裕の表情で答える。


「そりゃ部屋でカメラ向けていたら、そういう気分にもなるでしょ。向こうも部屋で写真を撮るって段階で、半分以上はその気だったんじゃないかな?」


「さすが、肉食のカメコ!」


関根がチャチャを入れる。


「そういう佐藤はどうなんだよ。ド〇ール女。一緒にバトロワゲームをやるって言っていたんだろ?」


佐藤がだらしなく顔を崩す。


「あ、あれね。ちゃ~んと頂きました」


「マジで? どうやって?」


「最初はド〇ールでやっていたんだけどさ、三時間も居たら流石に店員の目が厳しくって。それで『続きは俺の家でやろう』って言ったらついて来たから、まぁその流れで」


「オマエこそヤルことヤッてるじゃん。この下半身ゲーマーめ」


「関根は他人のこと言えないだろ。去年の文化祭で知り合った女子校の漫研の彼女、どこまで行ったんだよ」


「俺の場合は彼女だからな。Hしても問題ないだろ」


関根が得意げに鼻を鳴らす。


(な、なんなんだ、この会話は……)


足元から俺のホーリーランドが崩れていく。

俺は真っ逆さまに暗い闇の世界に落ちていくような感覚を味わった。

「ブルータス、おまえもか!」と言ったカエサルの気持ちが、今の俺ほど分かる人間もいないだろう。


俺は自我を失ったまま、彼ら三人の女性経験談という名のワイ談を黙って聞いていた。

内心「俺には話を向けないでくれ」と神に祈りながら……

しかし、神は無情にも俺に試練を与えた。


「あっと、ショウ君の前で、俺たちがこんな話をしても仕方がないか?」


「ショウ君の経験に比べれば、俺たちの話なんて幼稚園の砂遊びみたいなもんだからな」


「釈迦に説法ってヤツに近いよな。つまらない話だったろ」


「ショウ君、俺たちの稚拙な話は聞き流してくれよな」


そう言う三人に対し、俺は乾いた笑いを返す事しか出来なかった。

心は涙で濡れながら……



「あ~あ、まったく……ウチのクラスにはヤリチンしかいねーのかよ」


俺の口から思わずボヤきが出ていた。

陰キャのオタクって言えば、もっとピュアでクリアなハートを持っていつかと思ったのに……。


「こんな時はマンガかラノベでも買って帰るかな? それで気分転換をしないと」


そう思った俺は渋谷駅近くの書店に向かった。

だが俺が探していたラノベがない。

三軒目の書店でやっと見つける事が出来た。


俺がその本を持って並ぼうとしていた時だ。

三人前に俺と同じ永田町学園の制服を着た女の子が居た。

なにか問題が起きたのか、彼女でレジが止まっている。

彼女はレジの前で何やらゴソゴソしている。

カバンの中を探しているようだ。

後ろにいた中年の男性が「チッ」と舌打ちしているのが聞こえた。

彼女にはそれが聞こえたらしく、身体をビクッとさせる。

やがて「すみません、もういいです」と言って、悲しそうな顔でレジから離れる。

その時、俺と彼女の目が合った。


「あれ、久御山さん?」


黒髪を肩の高さで切りそろえたストレート。

女の子らしい赤いフレームの丸メガネ。

彼女は同じクラスの久御山桃菜だった。


「あ、あ、ショウ君……?」


彼女も意外そうな顔で俺を見る。


「どうしたの?」


俺がそう尋ねると、


「うん、欲しいマンガがあったから買おうとしたんだけど、お金を持ってなくって……てっきりまだあると思ったんだけど」


と残念そうに答えた。

その様子を見ていると、俺は可哀そうになってきた。


「その本っていくら?」


「千円。今から家に帰ってもう一度出て来るしかないかな。どうしても今日、読みたいし」


きっと前々から発売日を心待ちにしていたマンガなのだろう。

そういう事は俺にもあるので理解できる。


「そのくらいだったら俺が持っているから、一緒に買えばいいよ」


「え、そんな、いいよ、悪いから。一度家に戻ってお金を取って来るよ」


「大丈夫だよ、そんなことは気にしなくても。明日にでも学校で返してくれればいいから」


俺はそう彼女に告げると、自分の番になった時に彼女が欲しかったマンガを一緒に買う事にした。


「ありがとう、ショウ君!」


書店を出る時、彼女は嬉しそうな声でそう言った。

こうやって素直に喜んでくれると俺としても嬉しい。

別に大したことをした訳じゃないんだが。


ビルを出て「それじゃあ」と俺が挨拶をすると、彼女は「あ、あの」と何かを言いかけた。


「何?」


俺が尋ね返すと


「ショウ君の家って奥渋の方だよね?」


と聞いて来る。


「そうだけど?」


「わ、私の家、最寄り駅は代々木八幡なんだけど奥渋から近い所なんだ」


「へぇ~、そうなんだ?」


「だ、だから……」


彼女はそこで一度言葉を切った。

そして一大決心を吐露するように言った。


「い、今から私の家に来てくれませんか!」


その勢いに一瞬飲まれる。

彼女は俺が反応する前に、全ての言葉を言い切ろうとするように続けた。


「お金、借りっぱなしって悪いし、だから今すぐ返したいし」


「別にいいよ、そんなの。どうせ明日学校で会うんだし」


「え、でも……借りたままって落ち着かないし……それに学校でショウ君と話すのって、回りの目が気になるから」


彼女が必死な感じで訴えるので、何となく断るのも悪い気がした。


(どうせヒマだし、まぁいいか)


「分かった。それじゃあ久御山さんの家まで行くよ」


そう答えると、彼女の顔がパッと明るくなった。



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この続きは、明日の正午過ぎに公開予定です。

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