第2話 訪問者

その、たぶん数日後のことだったと思う。クラスの友人のS君とT君が私の家に遊びに来ていた。そのとき、私は、S君とT君と私の弟に、この一連の、H川の河口から学校裏に続く変な道の話を話した。S君もT君も、すぐには信じなかった。じゃあ、その道の出口の竹藪の道に連れて行ってみせろよ、ということになり、わたしたちは、学校裏の空き地に行った。そして、その日は、随分時間をかけて、四人で、その竹藪を調べたが、結局、それは、ただの竹藪で、私が出てきた竹藪の中の道は、どこにも見つからなかった。また、竹藪の裏側はブロック塀に囲まれており、どうも、竹藪から外に道がつながる余地はなさそうだった。


S君は、いった。

「だいたい、そのババアは、アミダ町に行く道だって言ったんだろ。ここ、中央商店街じゃないじゃんか。」

そう。道の出口を教えてくれた中年女性は、アミダ町に出ると言っていた。そして、昔、アミダ町と呼ばれていたこともある商店街は、その空き地からは、通り1つ離れたところにあるのだ。


その、さらに翌日のこと、弟が行方不明になった。夕方の5時頃になっても、学校から、弟が帰ってこなかったのだ。学校に問い合わせると、学校からは普段通りの時間に帰っていったらしい。それで、母は、あちこちに電話をかけて、弟が来ていないかと聞いてまわった。そこに、S君の母親から電話があった。S君も、家に帰っていないらしい。


母と祖母とS君の両親は、いなくなった子供を探しに、どこかに出ていった。その時間、父はまだ工場から帰っていなかったので、私だけが家に残された。


しばらく、留守番をしていると、家の呼び鈴がなった。


玄関に行くと、玄関の引き戸の曇りガラスに、背の低い、子供のようなシルエットが写った。ちょうど、小学校低学年の弟と同じくらいの背格好だったので、弟が帰ってきたのかと思い、戸の開けようとした。

と、

「〇〇はいますか?」

と、戸の外から、大人の女の声が聞こえた。〇〇は、弟の名前だった。

「〇〇はいません。」

誰か、こんな時間に、弟を訪ねてきたのだろうか。と、私は戸を閉めたまま、答えた。

「〇〇は、いますか?」

戸の向こうの影は、同じことをもう一度聞いた。

「〇〇ハ、イまスか?」

返事しないでいると、声は、再び、今度は、妙なイントネーションで繰り返した。

「〇〇はいません。」

私は、再び答えた。

「〇〇ハ、イますカ?〇〇は、いマすか?」

外の声は、早口になり、呼び鈴を繰り返し鳴らしながら、同じ質問を繰り返した。

困惑した私が返事しないでいると、急に影が引き戸に近づいて、曇りガラスに人の顔らしき黒い輪郭がべったりとうつった。外の人物は、玄関のガラスに顔をつけて話しているのだ。

「〇〇は、イマスか?」

なにかおかしい。戸の外の女性が、なにか、人の家に訪問するときの正当な手続きのようなものを踏み外しているらしいことは、子供の私にもわかった。同じことばかり繰り返し聞いているだけでない。こちらの返事が聞こえていないらしいだけでもない。なにか、根本的に、この訪問者は、変だ。これは普通の大人じゃない。


直感的に、戸の向こう側の人物は、あの道にいた背の低い女性だと思った。彼女の声が、戸の外の声と似たイントネーションだったように思い出したから。

「〇〇はいないよ!!」

私は、そう叫んで、玄関から離れ、家の奥に隠れた。


きっと、S君と弟は、今日も、竹藪の道を探しに行ったんだ、そして、道のあっち側に行ったんだ。そう思った。それで、たぶん、二人は、あっち側で何かとんでもないことをしでかして、それで、あっち側の人が、S君と弟を探しに来たんだ。そう思った。


となると、大人たちは、S君と弟の居場所を知らない。知っているのは、自分だけだ。今からでも、彼らを自分が助けに行くべきか、とも思った。でも、怖くてたまらなかった。玄関では、まだ、呼び鈴がなっている。


今日は、もう、暗いから、明日、二人が帰ってきていなかったら、あの道に迎えに行こう。自分に、そう言い聞かせ、自分の部屋の布団の中に逃げ込んだ。


翌朝、弟は、帰ってきていた。昨日の夜遅く、アミダ町の向こう側で見つかったらしい。S君と一緒だったそうだ。二人で、学校の帰り道で、一緒になり、もう一度、例の竹藪の中の道を探しに行くことになったらしい。それで、道を探しに行って、竹藪の周りを調べて、そうこうしているうちに、気がつくと、ふたりとも、アミダ町のほうまで移動していたということだった。


その日の夕食時、弟は、食事中に、寒くて気持ち悪いと訴えて、吐いた。母は、そのまま、弟を寝かせ、祖母は、私のときと同じ、生姜のなにかを飲ませ、翌日には、弟は、元気になった。S君も、見つかった翌日、つまり、弟と同じ日に体調を崩したそうだ。S君は、その後、数日、学校を休んだ。


後日、私は、S君と弟に、あの日、なにがあったのか、特に、藪を調べたあと、なぜアミダ町に行ったのか、と聞いたが、ふたりとも、うまく答えられなかった。竹藪を調べていたら、いつのまにか、気がつくと、アミダ町の北側の通り沿いの神社にいた、ということだった。


S君は、その翌年、転校していった。私達も、そのさらに翌年、私が小学校の六年生のときに、父が、会社の別の工場に映ることになったので、T市から引っ越した。


大学生になってから、一度だけ、T市に行ったことがある。アルバイトをして買った中古のカローラでT市の近くのスキー場に行った帰りに、少しだけT市内を回ったのだ。雪の積もったT市は、記憶の中よりもずいぶんさびれていた。小学校裏の竹藪があった空き地はなくなって、なにか、建物が立っていた。アミダ町は、大部分がシャッター商店街になっていた。私がザリガニを釣っていたH川の河口の堤防は、コンクリートが新しくなっていて、その上に、立入禁止の黄色い看板が立っていた。河口とアミダ町の間を、クルマで何度か往復してみたが、結局、あの変な道は、みつけられなかった。

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寒い異界の思い出話 高田 英 @hidetakata

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