まず目を引くのは圧巻の描写力です。五感を刺激する精巧な筆致が物語の深淵へと引き摺り込まれるような感覚へといざないます。猟奇的な衝動性を孕んだスリリングで戦慄的な心音。そして葵が放った狂気からの解放。その怒涛の展開。まるでその場に居合わせるかのような疾走感あふれる臨場感を味わえます。終盤には退廃的なものに惹かれゆく心理が、遠く聞こえるサイレンの残響に共鳴し、ゆらめく切なさが溜息の熱に流れていくように美しいです。引き継がれた知悉たる記憶を胸に抱くシーンは凛として感動的です。
類まれな発想力に、ほとばしる情景描写が見事にブレンドされ、ホラー要素を融合させた幻想的な小説に、あなたもきっと心を熱くすることでしょう。
美麗な森の風景や古めかしい建物などの情景描写も見事でしたが、〝本〟と化している少年という、怪奇且つ幻想的な設定と、その姿態の耽美的な描写が、文章として一際美しく映えていたと思います。
そこに少年の出会いと友情、本——所有物と認知されている歪んだ親子愛、逃れられなかった別れと最後に残ったもの。それらの要素が美しく組み合わされた、上質な怪奇幻想だというように感じました。
見方を変えれば人体変異ホラーSFとしての側面もありますが、織り成す文章の美しさからすれば、これは怪奇幻想文学として成り立つに相応しい作品なのだと思います。