Epilogue

 教室中にシャープペンシルの先端が小刻みに解答用紙を叩く音が充満している。


 共通テスト初日。


 地理は苦手なのでちょっと不安だったけれど、ざっと問題を見通した限りこれならなんとかなりそうだと感じた。

 それにさっき現れたぽん太のおかげで今の自分は不思議なほど落ち着いている。

 ぽん太はいつでも私の中にいる。

 そう思えることで恐れや緊張が和らぎ、代わりに沸々と勇気が増幅する。

 いっそ試験なんか楽しんじゃえ。

 そして笑っているところをぽん太に見せよう。

 私は問題を解きながら微かに口角を上げた。


 ぽん太を亡くしてから数ヶ月が経った頃、私は再びハムスターを飼い始めた。

 メスで真っ白な毛色だったので名前は小雪にした。

 私はぽん太と同じように小雪の世話をかいがいしく行い、その甲斐もあって彼女は三歳半まで健やかに生きた。

 ハムスターとしてはかなりの長寿だった。


 小雪がいなくなってから、今度は犬を飼い始めた。

 それは愛護センターから引き取ったオスの子犬で、名前は諭吉にした。

 ウェルシュコーギーの血脈が入っているのか、少々短足で毛色は茶白。

 なんとなく老け顔で鼻の横にある小さな黒いシミがホクロのように見えるので諭吉と名付けたのだった。


 また諭吉が家に迎えてしばらく経ったある日、幼い黒猫が我が家の庭に迷い込んできた。その猫の足取りはいまにも倒れ込んでしまいそうなほどにおぼつかなく、身体は痩せ細り、まるで骨格標本のように腰骨が浮いて見えた。

 とても放ってはおけず保護してなつめ動物病院に連れて行くと性別はメスでおそらく生後三ヶ月程度だろうと先生が見当をつけた。

 また、かなり衰弱しているけれど、幸い深刻な状態ではないと診断されて胸を撫で下ろした私はそのまま家に連れ帰り、幼猫用のフードを与えた。

 すると黒猫はがっつくようにしてそれを食べ、やがてひと月が経つ頃には見違えるほどふっくらとした体つきになった。

 結局、その猫も飼うことになった。

 名前はおはぎ。

 見たままの様相からその名は付いた。

 諭吉とおはぎはとても仲が良く、八歳を過ぎたいまでも二人は寄り添って眠る。


 そのように動物たちとともに暮らすことが日常だった私の中にはいつの頃からかゆっくりと、そして確実に将来の自分があるべき姿が模られてきた。


 獣医師になる。


 幼い頃にはあれほど内気だった私にも今では多くの友人がいる。

 また努力とほんのひと握りの勇気があれば、自分にもいろいろなことに挑戦ができる可能性があると知った。

 それはすべてぽん太のおかげだ。

 私が挫けそうなとき、塞ぎ込んでいるとき、そして自信が持てなくなったとき、彼は約束通り必ず現れてくれた。

 また亡くなった小雪や諭吉やおはぎもぽん太と同じように私に寄り添ってくれているのだと深く信じることができた。

 だから私はもっとたくさんの動物たちと寄り添える関係になりたい。

 夏目先生のように小さな命と真正面から向き合いたい。

 そしていずれはあの白猫のように魂同士を繋ぐ力を持ちたい。

 もちろんこのリアルの世界で。


 志望は国立大学の獣医学科だ。

 そのためにはこの共通テストで失敗するわけにはいかない。

 私は解答欄の小さな楕円形を次々にシャープペンシルで黒く塗りつぶしていく。


 ぽん太、私、やるからね。


 宣言をふたたび胸に刻むと解答用紙の上にぽん太が現れ、その長いヒゲをピクピクと動かした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リュウグウノツカイ 那智 風太郎 @edage1999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ