四角桜とifの世界 後編
新規登場人物名とその他の情報
椋 刹那 (クラ セツナ)
基本情報 女性 三十二歳 身長百八十センチ
職業 会社員
備考 晃樹の姉。桜とは協力関係
椋 晃樹 (クラ コウキ)
基本情報 男性 三十歳 身長百七十五センチ
職業 会社員
備考 刹那の弟
本編
「じゃあ、君たちは、謎の力を持つ日記を、謎の集団に狙われて、隠れている....ってこと....?」
目をぱちくりとさせ、到底信じられないと言った様子で男性———少し長めの前髪と、寝癖らしきはねた後ろ髪が特徴である、椋晃樹がそう言った。まぁ、急にこんな事を言われて、信じられなくても無理はない。そんな晃樹さんとは違って、未だ二日酔いに苦しむ女性———緩やかなウェーブがかかった、腰元に届くか届かないかくらいの黒髪と、同じくかなり長い前髪の一部を赤メッシュにしている人物、椋刹那は僕たちの話に疑いを持っていないらしい。先程輪廻の嘘を見抜いた観察眼からも分かるとおり、かなりの実力者だと判断できる。この人が僕達の話を信じているのなら、晃樹さんにも信用してもらえるかもしれない。
———結局、刹那さんに嘘が一瞬でバレ、どうにかして次なる嘘を入れるも、これまた刹那さんに見抜かれ、本当のことを言うしか選択しか残されていなかった。その前に一応簡単な自己紹介を済ませ、事の経緯を説明し、今に至る。
「———私は信じるぞぉ....頭いてぇ」
漆黒の瞳と目元のクマが特徴的な刹那さんが頭を押さえ、痛みに顔を歪めながらフォローを入れてくれた。だけど、いくら刹那さんが言ったからって、そう簡単に信じてもらえるかはまた別物だろう。
「やっぱ晃樹さんはまだ信じれないですよね」
「うん!信じるよ!」
「やっぱそうですよね....。———ん?」
一瞬言葉に詰まる。今晃樹さんはなんて言った?信じる?なんで急に....?
「だって姉さんがそう言ってるんだ、嘘な訳がない。姉さんが本当だって言ったなら、それは本当なんだよ」
まるで世の条理を小さき赤子に語るように、平然とした態度で語る晃樹さん。その態度や一連の流れを踏まえ、僕は晃樹さんの本性を見出した。
恐らく、いや確実に、晃樹さんはシスコンだ。シスコン、と言う言葉を知らない人はあまりいないとは思うが、念のため説明しておくと、シスコンはシスターコンプレックスの略で、簡単に言えば『妹や姉に対して異常に想いが強く、周りからドン引きされること間違いなしの人』だ。まぁ、僕からすればそれはただ単に『家族思いな人』だと思っているのだが、世間体一般ではそれを『シスコン』と称すらしい。
「そ、そうなんですか」
返す言葉が思いつかず、僕があたふたとしているうちに、輪廻がなんとか返答した。
「———んで、君たち....えぇと、なんだ?梅と味醂?椿と醤油?」
「桜と輪廻です。最後のやつはもう原型とどめてないですよ」
「あぁそう、すまんな、ちょっと頭が痛すぎて話を聞いてなかった。....桜と輪廻は、これからどうすんだ?」
「....そう、ですね。今この周辺にはあの集団はいないと思うので、これを機に別の場所に移動して、それから今後について作戦を立てようとは考えています」
「別の場所ってのは?」
「....まだ、明確には決まっていません。桜の住所がバレているのなら、あの集団は私の住所もおさえているかもしれないので、どこに行くかは悩んでいます」
「へぇ....」
刹那さんのやけに的確な問いに、輪廻も淡々と答える。だが、こうして答えていくうちに分かるのが、『圧倒的な詰み』である。あの集団や日記など、未だ現状把握をできていない部分が多く、加えて僕達二人の今後も明確に定まっていない現状だ。僕達には限界がある。
そんな僕の思考を見透かすかのような、そんな目線でじっと見つめ、それから刹那さんは小さく笑い、その口を開いた。
「———ん、分かった。桜に輪廻....お前らは私と晃樹が守ってやるよ」
「え、いやいや、それはいくら何でも、迷惑ですよ」
輪廻がそう断ろうとするも、その言葉は次の刹那さんの言葉に一蹴される。
「んじゃあ、アンタら二人でこの先どうやって暮らすんだ?警察に行くとかそういいった対応をするにも、この場所から近くの交番、警察署まではかなりの距離がある。道中で集団にバレちゃあ、いくら何でも二度目は逃げられねぇ。まぁ、110番でもすりゃそれなりの対応を取られるが、そこまでだ。そいつらが日記を何で奪おうとしたのか、そいつらの目的は何なのか、んで、そいつらの中でテッペン張ってるやつを叩きのめすこともできねぇ。....それでも良いってんなら、まぁここから一番近ぇ交番に送ってやることもできるが。どーすんだ?」
一語一句の言葉の重さと、刹那さんの瞳に射抜かれ心がぎくりとする。確かに、刹那さんの言っていることに間違いはない。僕らだけでは限界がある事に変わりないのだ。
自分の無力さと不甲斐なさに腹が立ち、無意識で拳を強く握っていた。
「....あぁ、勘違いするな。私はお前らを叱ったりするつもりは毛頭ねぇよ。ただな、今自分らが何をしなきゃいけねーのか、その判断だけは見誤るな」
そう言いのけて、刹那さんは立ち上がった。その手に握られていた日本刀らしき刀は、刹那さんの身長がかなり高い影響もあってか、とてつもない雰囲気を醸し出していて、思わず見惚れてしまうほど美しかった。
「———晃樹、行くぞ」
「....分かったよ、姉さん」
刹那さんがスタスタと玄関の方へ歩き、それに続く形で晃樹さんも立ち上がる。刹那さんの右手がドアノブに触れ、「またな」と残しドアを開けた。そのまま二人で外に出て、完全に僕の視界から刹那さん達は消える。
刹那さんの最後の言葉が、なぜか頭の中で反響する。深い思考の海が脳内で渦巻く。刹那さんは、一体何が言いたかったのだろう。
——————あぁ、なるほど。『またな』って、そう言うことなのか。
思わず、口元がにやける。酷く、簡単なことだった。
「輪廻、行こう」
「でも....」
きっと輪廻は、刹那さん達を巻き込みたくないから渋っているのだろう。僕だって同じだ。あの二人は関係のない人で、協力してもらうのは筋違いだって。でも、きっとあの二人、特に刹那さんはそんなこと気にしてない。むしろ僕達が頼めば喜んで引き受けてくれるだろう。....たった十数分しか話してない僕が何言ってんだ、ってなるかもしれないけど、この短時間でも刹那さんがどんな人なのかは十分理解できた。あの人は、僕達の味方だ。
「———大丈夫。刹那さんは輪廻の奇襲を避けれるくらい強いから、あの集団にも対応できるし、どのみち僕達だけじゃ限界があったんだ。良い機会だと思えばさ」
そう説明するも、まだ輪廻は納得がいかないらしい。そんな輪廻の右手を掴み、少し強引に立ち上がらせると、「行くよ、輪廻」と声をかける。
「........はぁ。....分かったよ」
輪廻の観念したような顔を横目に、僕は輪廻の手を引いて玄関を出る。
「———遅ぇぞお前ら」
透き通る凛としたその声は、まるで酒飲み特有のしゃがれた声とはかけ離れた、綺麗な声だった。その声の主を、僕は知っている。———玄関を出てすぐ右に、僕の予想通り刹那さんが立っていた。腕を組みながら呑気にあくびして、僕達を待っていたのだ。『何で刹那さんが』と言うような顔で困惑する輪廻は、状況の整理ができていないらしい。
「やっぱり待ってたんですね、刹那さん」
「ん?....まぁな。私はお前らみたいな、甘え知らずのガキが嫌いでな、癪だから手伝ってやる事にしたんだ」
「言ってる事支離滅裂じゃないですか」
「大人に向かって生意気な口だなぁ。社会の現実ってもんを見せてやろうか?」
「結構です」
「ちょ、ちょっと待って!何で桜は普通そうな顔してんのっ?」
僕と刹那さんの軽口の言い合いを遮ったのは輪廻だ。先程より困惑の色が強くなっており、そんな輪廻に刹那さんが爆笑する。
「くくっ....おいおい、まだ気づかねぇのか?私は言ったはずだぞ?『またな』って」
「いや、言ってましたけど!それってただの社交辞令っていうか、大人のお決まりのヤツっていうか!」
「残念だが、私は社交辞令なんてしねぇ。....嘘はつかねぇ主義なんだ」
そう言ってまたククク、と笑い、刹那さんは壁に寄せていた刀を持った。
「そういえば、刹那さん、何で刀を....?」
「あぁ、これはな、私の命より大事なもんなんだ。だから常に持ち歩いてんだよ」
「でも、それ銃刀法違反じゃないですか?」
「まぁそうなるな。でも気にしねぇ」
なぜその思考回路に至るか全く理解ができない。僕の横にいた輪廻も同意見らしく、顔を引き攣らせていた。
クルクルと刀を回し、腰に装着していた鞘に納刀すると刹那さん。そこで僕はとある事に気がつく。
「あれ、晃樹さんはどこに?」
「そういえば確かに。さっきから姿が見えないですけど」
「あいつにはこの辺に止めてある車を取りにいかせてんだ。....ほら、きたぞ」
顎をしゃくり、刹那さんは複雑に入り乱れる路地———僕達から見て斜め右の方向から一つの車が走って来るのを示した。漆黒の車体が陽光に反射し、キラキラと輝きを見せる。その運転席に座る人物が晃樹さんだと、車のガラス越しから見てとれた。
車は僕達の前で止まり、「乗るぞ」と刹那さんが言う。そうして、場の流れから同車させてもらう事に。———意外だったのは、運転席の晃樹さんが助手席に移動し、刹那さんが運転すると言うことだ。話を聞いてみると、どうやら晃樹さんはあまり運転が上手ではないらしい。比べて刹那さんはとても上手いんだとか。
僕らは後部座席に座り、足元には刹那さんの刀が置いてある。万が一誰かに見られたら面倒だから、と言う理由らしい。
「んじゃ、行くか」
「あの、これから何処に?」
「まぁ任せてくれや。考えがある」
そう言って車体を進ませる刹那さん。その言葉を信じ、僕と輪廻は大人しく座っておくことに。手持ち無沙汰というか、考え事をするのに疲れたのでぼんやりと外を眺めていると、輪廻から声がかかる。
「ねぇ、桜」
「どうした?」
車からの風景から目線を離し、輪廻の顔を見て言うと、輪廻はやけに青ざめた顔でスマホを覗いていた。
「いや、あのさ、那菜ちゃんから連絡、くる?」
「え、那奈?」
「うん。私たちが遭遇したあの集団が、もしかしたら那菜ちゃんのところに行ってるかもしれない....って思ってチャットアプリで声かけたんだけど、全然反応なくて....」
「あぁ、大丈夫だよ。だって那菜、今僕にスタ連しまくってるから」
僕は心配を隠せない様子の輪廻に、先程から目まぐるしいほど送られてくるスタンプが映った画面を見せてあげる。
「....そっか。心配して損しちゃったかな....」
「あはは....。多分スタ連に夢中しすぎて輪廻の連絡に気がついてないんじゃないかな」
「まぁ無事なら良いけどさ。....桜、那菜ちゃんに私達の現状、伝えた方が良いかな」
「......伝えないといけない、かな。一応那菜も日記のこと知ってるし。万が一に備えて、どこかで合流できると良いんだけど......」
「———何だ、お仲間さんと合流してーのか?」
僕達の会話を聞いていたのか、背中越しに刹那さんがそう聞いてきた。
「あ....はい。すみません、時間があったら少し寄ってもらっても良いですか」
「おう。何処らへんか言ってくれれば、行ってやるよ」
「じゃあ、駅前のビジネスホテルに寄ってもらえれば」
「駅前のビジネスホテルって言ったら、あの超有名企業が経営してるホテルだったよね」
晃樹さんはそのホテルを知っているらしく、「へぇ」と輪廻が相槌を打った。
「そこの前に、僕の友達を待機させるんで、そこで拾います」
「ん、了解した」
漆黒の車体が風を切って進む。幾つかの曲がり角を右に曲がったり左に曲がったりしながら、走らせることおよそ十数分。あっという間に目的地に到着し、この付近にいるであろう人物の姿を目で探す。.....が、那菜の姿は、僕が想定するよりも数倍早く見つかる事になる。
ビジネスホテルのすぐ横にある小さな公園。そこに恐らく十数名はいるであろう子供の群れに囲まれて、楽しそうに笑う一人の女性———那菜を見つけると、僕は素早くスマホの通話アプリを操作し、那菜に電話をかける。
《那菜、着いたよ。ホテルの入り口辺りにいるから》
《おぉー。結構早いねぇ》
《車できたからね》
《ん〜?ヨツ君免許持ってないでしょ?》
《それも含めて説明しなきゃいけないことが多いから、とりあえず後で》
《りょーかい!》
《てか、何であんな大量の子供と遊んでたの?》
《嫉妬かなぁー?》
《断じて違う》
《冗談だって。ヨツ君がこの辺で待機しててって言ってたから、その間に公園の子供たちの相手になってたんだぁ》
呑気にそんな事を言いながらも、那菜が僕達の車を見つけたのか、こちらに小走りで向かってくるのが見えた。
那菜が車に近づき、すかさずドアを開け手招きする。輪廻と僕が横にずれ、空いたスペースに座ってもらう。
「こちらのお二人さんはどちら様?」
「それはおいおい説明するよ」
「はいはーい。....ま、良く分からないですけど、よろしくです!」
相変わらずマイペースな那菜に苦笑しながら、刹那さんは再び車体を走らせた。
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