四角桜とifの世界 中編


「まず、私の今までの話をさせて」


 そんな建前を置いてから、輪廻は人生五週目について語り始めた。


「単刀直入に言えば、私の人生の周回っていうのは、ある事が起きてしまった場合にのみ発動するの。で、そのあることって言うのが、私の両親の死....正確に言えば何者かに殺されてしまうことで、その日の二年前にやり直すことができるんだ」


「両親の死って....しかも、誰かに殺される....?」


 輪廻は別段気にした様子では無いが、僕からすれば驚き以外の何ものでもない。両親が死んでしまうなんて、誰にだって辛い。それが人一倍優しい輪廻ならもっと辛いだろう。


「幸い、事件が起こる日にちは決まってるから対策はできるんだけど、毎回何らかの想定外なアクションが発生して、後一歩のところで失敗しちゃうの......。だけど、このループで終わらせるつもり。じゃないとこの世界のお母さんとお父さんが、辛いからね」


 そう言って、輪廻は普段通りの笑みを見せてきた。私は大丈夫だ、と目で訴えてくるようなその表情が、気のせいか痛々しく感じてしまう。


「続けるけど、まぁ、私の人生五週目についてはこんな感じ。......あ、そうだ、まだまだ分からないことばかりだけど、一つ言えることがあってね、今までの周回では、桜も輪廻も同じ行動をしてたの」


「同じ行動....?じゃあ、僕達の行動は、輪廻からすると全部知ってたことになるの?」


「そう言うことになる。まぁ同じ行動って言っても、行動の対象、つまりは目的となることが同じなだけで、周回によってどんな移動手段を取るか、とかどんなことを喋るか、なんてところは完全に変わってたけど。......今回私が桜の家に駆けつけたのも、今までに無かった桜の行動が気になったからなんだ」


 輪廻の説明は上手く的を射た説明だと思う。....簡単に言えば、僕や那菜は全ての周回で同じ行動———昨日の場合は『輪廻の誘いに賛同し秋葉原に行く』という行動を行っていることになる。だが、一つ一つの言動が全て統一される訳ではなく、言葉や目的に対する行動の仕方はランダムになるらしい。


「なるほど。経験則から基づく判断が、今回見事にハマったってことか」


 輪廻はこれまでの周回とは違った行動をした僕に疑問を感じ、駆けつけたのだろう。輪廻がいなければ今頃僕は、あの覆面集団にそれはもう凄い仕打ちをされていた....そう考えると、目の前にいる輪廻が女神にしか見えない。


「———あ、今更だけど、格闘術を高めてた理由って、両親を守るため?」


「そう。二度目のループの時に、警察とかにどうにかして守ってもらおうとしたんだけど無理だったの。説明もできるわけないし、当たり前なんだけど......。それで、次のループの時は事件発生日から数日前に旅行に出かけた。もちろん事件の日に帰らないように、最果ての北海道に長期滞在してね。でも、両親はやっぱり死んじゃった。その時気づいたの。警察もダメ、逃げてもダメ。なら私が迎撃するしかないって」


 輪廻はそこで一度言葉を区切り、深く呼吸してからさらに言葉を続ける。


「———四週目はキツかったよ。桜と那菜ちゃんには迷惑をかけたし....」


「迷惑って?」


「......言った方が良い?」


 とてつもなく気まずそうな輪廻に、僕の脳内では二つの選択が浮かび上がってきた。


 1、輪廻が嫌そうにしているので聞かない


 2、好奇心に任せて聞く


 さて、どちらを選ぶか。....正直気になるが、まぁ、輪廻が嫌なら聞かなくてもいいか。


「———今は聞かないでおく。輪廻がこのループで全て終わらせてから、聞かせてよ」


「......。分かった。今回で全部終わらせる」


「僕も協力するからまかせ—————!?」


 僕の言葉は、ほぼ強制的に途絶えた。理由は単純解明で、僕の言葉と重なるようにして例のノートが強く発光したからだ。


「また!?」


「まっ、眩しい!!」


 尋常じゃないほど強い発光は瞼を焼くように刺激し、それから数秒で光は治った。が、やはり視界が安定せず、完全に視力が復活するのに要した時間は体感時間でおよそ数分だった。


「やっと目が治ってきた....」


「わ、私も......」


「———とりあえず、中身見る?」


「......そうした方が良いかもね。このノートに関しては全く情報がないから、これで何か分かれば良いけど」


 そう言って輪廻がノートのページを捲る。一ページ目のあの文章が書かれたページをめくり、前回白紙だった部分に文章が書かれているのを見て、思わず「マジか」と声を漏らした。


「なになに?......ifの選択を検知。情報を記載。対象、四角桜。分岐点、葉山輪廻に人生の四週目について聞く(A)か否(B)か。対象者の選択、B。ifの世界での行動を記載。葉山輪廻について、『桜のことを散々酷いこと言っておいて、結局最後には後悔して、桜に許してもらった。あの時の桜は、正直言えばものすごくカッコよかった。......那菜ちゃんには毎日特訓の手伝いをしてもらったよ』と回答。その後、輪廻の体温上昇....容姿の変化としては頬や耳の紅潮が上げられる........だって。輪廻、これどういう意味だと————え、輪廻!?」


 長文だったため意味をよく理解できず、ノートから視線を輪廻に移し意見を求めると、何故か輪廻の顔は真っ赤だった。


「なっ、なんで書いてあるの......!?」


「え、ここの文章がどうかしたの?」


「いや、その......。えっと、待って。頭が混乱して....」


 輪廻は頭を抱えて、声にならないほど悶えていた。一体何が....と思考しながら、再び僕はノートに目をやる。


「———ん?ifの選択って書いてあるけど....」


 ifと言えば、『もし』とか『仮に』とかの意味合いで使われる単語だ。 if

 の選択、つまり存在しない選択———。


 僕の脳内で一つの憶測が閃いた。———今まででこのノートが反応を示したのは計二回。一回目はifの選択は書かれてなかったから、ifの選択が示されるのは文章内に出てきた『対象者』とされる人物....今回は僕が、何かの選択をした時にのみに記載されるのではないか。だから二回目ではifの選択が記載された....。そう考えると大体の疑問に説明がつく。


「———となるとこのノート、いや、よく見たらコレ日記だな。......もしかしたらこの日記は、『対象者の選択しなかった出来事』を文章にできるのか....?だとしたら凄いけど......。ねぇ輪廻、どう思う?」


「え!?....あっ、ごめん。何も聞いてなかった....。何?」


 しばらくの間悶えていた輪廻だったが、漸く落ち着きを取り戻したのか、「コホン」と軽く咳払いしてから日記に目を通し始めた。輪廻にも一応、先ほどの僕の推測を説明して見ることに。


「———もしかしたらこの日記、ifの世界線を文章にできるんじゃないかな」


「ifの世界線?」


 首を傾げてそう聞き返す輪廻に、僕は先程の自身の言葉に捕捉を入れる。


「———例えば、このページを見て欲しいんだけど」


 そう言って日記の二ページ目の、とある文章に指をさす。


「この、『分岐点、葉山輪廻に人生の四週目について聞く(A)か否(B)か』ってところ。僕、日記が光る前に、輪廻に人生周回について聞くか聞かないかで迷ったんだ。僕が聞かない選択をしたから、日記には聞く選択をした場合の世界線が書かれた。....この日記に不思議な力があるとすれば、この説も納得がいくと思うんだけど」


 少し飛躍しすぎた内容だと自覚はしている。でも、輪廻が人生を繰り返しているのと同様に、この日記にも常識的な思考が放棄されるような力があっても不思議ではないはずだ。


「反論するには情報が少なすぎるけど、逆を言えば賛同する情報にも欠けてるしなぁ......」


 唸るようにそう零し、輪廻は天井を仰いだ。そうして訪れる静寂に、僕は少し心地よさを覚える。確か、何かの本で読んだことがある。本当の友人というのは、たとえ言葉を交わさずとも関係が変わらない人間のことを言う、と。その文を読んだ当初は『そんなわけない』と思っていたが、これは正解だった。


 そんな、至極どうでも良い考え事に耽っていると、突然輪廻が立ち上がった事に気がつく。


「———どうしたの?輪廻」


 僕が呼びかけるも輪廻は言葉を返さず、代わりに右手の人差し指を自身の口に当て、ジェスチャーで返答が返ってきた。....恐らく、『喋るな』という意味だろう。輪廻のその態度で先程までの空気感が一気に消え去り、室内に緊迫感が迸る。


 周囲を見回し、耳を澄ませ、意識を一点に集中させる。



 ———コツ、コツ、コツ。



 乾いた足音が微かに聞こえる。その音は徐々に距離を縮めて、ついに僕達の隠れるこの家の前で止まった。輪廻が戦闘態勢を取り、釣られて僕も構える。ドアノブが回転して、ドアが開きかけた時点で失態に気づく。鍵をしていなかったのは致命的なミスだった。


 そんな僕の後悔など知らぬと言った様子でドアは開き、そこから人が出てきた。ドアに遮られて姿はあまり見えないが、ほんの一瞬だけ、その人物がキラリと光る刃を所持しているのが見えた。僕同様、刃物の所持を見逃さなかった輪廻がすかさず駆け出し、ドアに急接近———思い切り踏み込んで軸足を利用した回し蹴りをお見舞いする。


「———外したっ」


 悔しげなその言葉と共に後退する輪廻は、ドア付近をじっと睨め付けて警戒していた。


「当たった感触はなかった....」


「あの距離で輪廻が外すってことは、避けられたのか....」


 刃の所持に加えて、超近距離での回避が可能なことを踏まえると。明らかな実力者だと窺える。どのみち僕が出る番は一生回ってこないだろう。だけど、どうしてか勝ち目のない戦いでも、何もしない選択を取りたくないという意地があった。


「———二人がかりで抑えよう。多分足音からしても相手は一人だ」


「でも、もしも桜が怪我したら....」


「大丈夫。その時はその時。今は現状の打破にだけ頭を使おう」


「......分かった」


 二人して覚悟を決め、再び構える。が、先程の輪廻の牽制が功を成したのか相手はなかなか姿を表さない。....一か八か突っ込むしかないか?と作戦を思案していた、その時だった。


 ———再び聞こえた足音、だがそれは先程とはまた違った足音で....。


「ちょ、姉さん!二日酔いなら外でちゃダメだって!しかもここ廃墟だよ!?」


「うぇぇ....、あったま痛い....。視界がグラグラするぅ....」


 場の空気を壮大にぶっ壊す二つの声が響いた。一人は男性らしき声で、もう一人の情けない声は女性らしき声をしていた。思わず「は?」と声が出て、頭の中が混乱する。


「桜、気を抜かないで、これは....そう、敵の罠だよ。このいかにも『酒の飲み過ぎで二日酔いが酷い姉とそれを介護する弟』っていう設定からして....うん、間違いない」


「輪廻、それは少し無理があるような....」


「———ん?....誰か、いるのか?」


 僕達のやりとりが聞こえたのか、そう呼びかけて部屋に人が入ってきた。スーツにジャケット、その格好からして会社員か何かであろうその人は、やはり男性だった。


「君たちは、ここで何を?ここって確か廃墟だよね....」


 僕と輪廻を交互に見回し、そう疑問を口にする男性。どうするか....、と説明に困り、輪廻に視線でパスを送ると、輪廻はウインクして僕のパスを受け取り、一歩前に出た。


「ちょっと、学校の部活で出された課題をやってたんです。私たち美術部で、建物のスケッチを」


「スケッチか....。廃墟を選ぶなんて、なかなかユニークだね」


 軽快に笑い、それから男性は後ろに振り返り、今度は苦笑をこぼした。恐らく、この人が先程『姉さん』と呼んでいた女性に呆れているのだろう。


「お姉さん、大丈夫ですか?」


 思わずそう声をかけると、男性は少しやつれた顔で答える。


「まぁ、毎日コレだからもう慣れたかな。それに姉さんの役に立てるなら僕はそれで良いしね」


 そう言うと、男性はドア....二日酔いの姉のほうに向かい、ドアを開けた。どうやらドアに身を預けていたらしい女性は、男性がドアを開けた事によって態勢を崩し、地べたにへばりつくようにして倒れた。


「ほら姉さん、帰るよ。スケッチの邪魔になるし」


「んぁ〜?....なぁに言ってんだよ、あいつら、スケッチの材料持ってねーだろ....」


 女性が二日酔いからくる頭痛に頭を押さえながらそう指摘し、男性が「あ、確かに」と呟く。どうやら、この女性は観察力が高いらしい。


 輪廻が『やばい』という意味を含んだ視線を向けながら、気まずそうに笑っていた。....輪廻の乾いた笑いは、何故だか酷く虚しかった。



「あ、あはは、はは......」



 ........現実逃避とは、これほどまでに残酷なのだろうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る