四角桜とifの世界 前編


 那菜、輪廻、僕の三人で朝食を交わしたその数時間後。二人ともこのあと予定があると言って、そのタイミングで解散になった。両者一宿一飯の恩はまた今度返す、と示し合わせてように言っていたが、まぁ感謝されることは嬉しかった。


 二人を駅まで見送り、家に帰ったその時。異変に気がつくのにそれほど時間を要さなかった。


 「———!?」


 部屋を包みこむ眩い光が僕ごと室内全てを飲み込み、咄嗟に眉を伏せる。視界を閉じ、光が治まったのはそれから数秒後だった。


「な、何だ....今の」


 強い発光の影響か、目を閉じたはずなのに視界が霞む。ただ、霞む視界の中でもハッキリと目視できたのは、机の上に置いてあった一冊のノートだった。


「———ノート....?これが、あの光の、原因....?」


 ハッキリとした確証は持てないが、明らかに異質な現象は、突然現れたこのノート以外考えられない。———人の好奇心というのは状況に限らず湧き出るもので、この状況で僕はノートを開いて見たいと思ってしまった。


 一歩踏み込み、ノートに手を伸ばす。幸い、ノートに触れても先ほどのような発光は起きなかった。安堵のため息が無意識にこぼれる。ゴクリと唾を飲み、勢いよくノートを捲る。一ページ目には、何やら長文がびっしりと書き連ねてあった。一旦内容は飛ばしてページを捲ると、今度は白紙だった。その後も何ページか捲るも、どうやら最初の一ページしか書かれていないらしい。


 最初のページに戻り、書かれた文章に目を通してみる。



———午後四時二分。四角桜、涼波那菜、葉山輪廻の三名が秋葉原駅に到着。


四時十一分。モデル武器専門店『アンリミテッド』到着。


六時三十分。『アンリミテッド』での滞在を終える。店主に見送られ、六時三十五分、岩本町駅到着。


六時四十八分。一之江駅到着。十分後、四角桜の自宅、○○区□□,○‐○△‐□△に三人で到着。



 「———僕たちの、昨日の日程......!?」


 恐怖よりも圧倒的な気色の悪さが全身を迸り、身震いする。昨日の日程のみならず、僕の家の住所、加えて下の方には僕と那菜、輪廻の関係や個人情報がびっしりと記入されていた。

 思わずノートを床に落とし、反射的に携帯の画面を操作していた。何度かのスクロールとタップで、通話アプリを開くと、一番上にあった『輪廻』という項目を選択し、通話をかける。プルル、プルル、というコールの後に、プツリと通話を切られる音がした。かと思えば、別のチャットアプリから輪廻のメッセージが届いた。


《ごめん。今電車だからメッセージでお願い。何かあった?》


《輪廻、ノートの忘れ物とかしてない?》


《ノート?》


《うん。表紙が水色のヤツ》


《いや、私のじゃないと思う。ノートは持っていってないから》


《まじか》


《....何かワケあり?》


《えっと、まぁ、そうなる》


《私に話しても良い内容なら、話してくれない?》


《わかった》


《ありがと》


《....二人を駅に送って、今さっき帰ってきたんだけど、なんか急に眩しい光が起こって、治ったら一冊のノートが机の上に置いてあった》


《....光、か》


《うん。それで、中身を見てみたら、何故か昨日の僕達の秋葉での行動が全部記載されてて、あと僕達三人の個人情報とか。それも日記とかじゃなさそうな雰囲気だったから、何か知ってないかと思って、輪廻に聞いてみたんだ》


《......成程。那菜ちゃんには聞いてみた?》


《いや、まだ聞いてない》


《じゃあ、すぐに聞いてみて。那菜ちゃんもまだ電車内だろうから、チャットアプリで》


《わかった》


《私は今からそっち行くから、家にいてもらえると助かる》


《え?いや、予定は大丈夫なの?わざわざもう一度戻ってこなくても....》


《......私の推測では、多分それ、那菜ちゃんのじゃないと思うんだ。だけど一応確認しておいて。あと、桜に話さなきゃいけない事もあるから》


《話さなきゃいけないこと?》


《後で話すから。那菜ちゃんに確認、お願いね》




 そこまでやりとりして、僕は輪廻とのチャットを終了し、代わりに『那菜』と記載された項目をタップし、文字を打ち込んでいく。


《あのさ、那菜》


どう切り出せば良いか迷い、少し文章を送るのが遅れ、僕の次の言葉よりも先に那菜の返信がくる。


《どうしたぁー?》


《那菜さ、僕の家にノートとか忘れてってない?》


《ノート?....んー、私のじゃないと思うけど》


《そっか。いや、輪廻も知らないって言ってたからさ》


《じゃあ中のページ、見てたら?もしかしたら誰のか分かるかもよ?プリントとかに名前よく書くし》


《中身は一応見たんけど......》


《何も書かれてなかったとか?》


《えっと、何というか、文章にしようとすると説明しづらいんだけど》


《無理して文章に起こさなくても良いよぉー》


《....分かった。何とか説明するから》


 那奈の優しい言葉に少しだけ落ち着きを取り戻し、僕は輪廻に説明したことを同じように那菜に説明した。


《今パッと思いついたのは、ストーカーの仕業とかだけど、そうなると何でノートをヨツ君の家に置いて行ったのかわからないもんね....》


《でも、やってることはストーカーと変わらない気がする》


《しかも、ストーカーだった場合、ヨツ君の家はもう侵入された経歴があるから、かなり危険になる》


《侵入された、経歴?》


《そう。仮にストーカーがそのノートを置いたのなら、既にヨツ君の家に一度入ってるか、侵入してなかったとしても部屋の構造とか家具の配置とかを知ってることになる》


《......なんか、いつもより那菜がかっこいい....!》


《でしょー!愛しのヨツ君の相談なら私も本気出しますとも!》


《誤解する言い方はやめよ?》


《とまぁ雑談はこれくらいにして。本当なら警察に相談したいところだけど、多分そのノートだけなら相手にしてくてないかな。材料にしては少し弱すぎるから》


《それは僕も同感。動画とか証拠になるもの持ってたらまだしも。....まぁ、まだストーカーとか、確定したわけではないから微妙なとこだよね》


《リネっちも違うって言ってたなら、第三者に原因があるとしか考えられないけど》


《そうなんだよね》


《......ヨツ君、一人で大丈夫?何なら私の家くる?なんかあってからじゃ遅いし》


《いやいや、流石にそれは迷惑になるし。あと、輪廻が話したいことあるらしくて、今僕の家に逆戻りしてるから、なんかあっても対処できると思う》


《そっか。じゃあ、問題が起きたり、困ったことがあったら何でも言ってね》


《うん。ありがと、那菜》


《まぁ、私大人ですから?可愛いヨツ君のためなら何だってしますともぉ!》


《大人?現在進行形で毎日僕の家に入り浸る那菜が....?》


《ノーコメントで!!》



 そんな返信が帰ってきて、これで会話が終わったと思い、チャットアプリを閉じる。手持ち無沙汰に似た感覚を覚え、机の上のノートを再びめくってみることに。


「———やっぱ普通のノートじゃないよな....。急に光って中身はストーカー、

ましてはいつの間にか家に置いてあるなんて....」


 ブツブツと呟きながら脳内で疑問を浮かべる。まぁ、いくら思考を凝らしても、所詮はこの手に関して素人である僕の考えだ。限界があるのは分かってるけど。


 そもそも、このノートが輪廻と那菜のじゃないなら、一体誰が?僕の家を知っているのはあの二人と僕の家族....正確に言えば両親と兄、妹の四人だけど、誰にしてもこんなことする理由がない。それに僕の家族と那菜たちがやるような悪戯じゃない。明らかに悪質なストーカー行為だ。この時点で、僕の身近にいる人の犯行ではないと考えてもいいだろう。なら、全く関係のない犯人、無差別的な類はこの場合明らかに凝りすぎた内容のため除外して、考えられるのは僕達が知らないだけで犯人は知っている、というタイプ。個人的にはこれが一番有効だと思うけど、動悸がイマイチ分からない。———いや待てよ、仮に犯人がストーカーなら、狙うのは僕みたいな平凡なヤツより、那菜か輪廻のどちらかだ。....そのストーカーが、昨日二人が僕の家に泊まったことを知っていたらどうなる?


 珍しく、やけに頭が回る自分に驚きながら、脳内では今さっき自分が打ち立てた仮説を否定する意見も生まれていた。———この仮説は飛躍しすぎている。そもそもストーカーがいて僕の家に侵入してきた、という前提があっての考察だ。どちらも状況での推測に過ぎず、確実性に欠けている。


 「......っ、やっぱ僕には無理だ...。探偵とか警察ってすごいんだな…」


 そんなこと初めから理解していたつもりだったが、こうして身を持って知ることになるとは思わなかった。やはり、僕にかの名探偵、シャーロック・ホームズのような推理力は無かったようだ。個人的には明智小五郎の方が好きだが、明智小五郎も推理小説界屈指の名探偵だ。そちらにもなれる気がしない。


 脳内に『諦観』の二文字が浮かんだのとほぼ同時に、ピンポーン、とインターホンが鳴った。ふと我にかえり、やや駆け足で玄関に向かう。ドアノブに手をかけ捻ろうとして———脳内に『ストーカー』という単語がよぎった。念のため、ドアスコープで覗いてみると、そこには輪廻の姿があった。ホッと安堵するのも束の間、ドアを開ける。


「──────輪廻、早かったね」


「...うん。ちょっと嫌な予感もしたし」


 やけに神妙な顔つきでそう言った輪廻は、少し息を切らしていた。どうやら駅から僕の家までの距離を走ってきたらしい。とりあえず家に上がるよう言うと、「お邪魔します」と断りを入れてから輪廻が家の中に入った。その時に、輪廻に鍵を閉めてと言われたので指示通りに、何ならチェーンまでつけておいた。


 輪廻は羽織っていた鼠色の薄いコートを軽く折りたたみ床に置くと静かに腰掛け、それに倣って僕も座る。


「———それで、そのノートっていうのを先に見せてほしいんだ」


「分かった。はい」


 持っていたノートを手渡しすると、輪廻は静かに受け取り、一ページ目をめくった。何度か目を通すと、パタンとノートを閉じ、机の上に置いた。


「ありがとう」


「......何か分かった?」


 恐る恐る、いや、半分は好奇心も混ざった複雑な感情で聞くと、輪廻は微かに目を伏せ、顔を横に振った。が、すぐに言葉を紡ぎ始めた。


「———だけど、全部が全部分からなかったわけじゃないよ」


「そうなの?」


「だけどその前に。....桜に話さなきゃいけないことがあるの」


「....それって、さっきチャットで言ってた事、だよね」


「うん」


「......。分かった。聞かせて」


 今度は興味や好奇心で聞くのではない。———輪廻がどこか怯えたような表情をしていたのだ、話を聞かなくてどうする。


 僕は輪廻の発するであろう言葉に全神経を注ごうと集中する。


「包み隠さず、率直に言うけど....今から私が言うことは、冗談なんかじゃなくて事実だからね」


 やけに回りくどい言い方でそんな建前を置いた輪廻に、僕は静かに頷く。僕のこの態度を見て、輪廻はゆっくりとその口を開き、言葉という名の文字の並びを喉から飛び出させた。





「—————私、人生五週目なの」





 室内に訪れる静寂。それがどれくらいの時を有して破られたかは分からない。数秒かもしれなかったし、数十秒だったかもしれない。輪廻の言った言葉が頭の中でグルグルと渦巻き、脳内に直接響いてくる。


————輪廻は今なんて言った?人生、五週目....?いや、だって、そんなことあり得るの......?


 脳内では到底信じきれず、かといって輪廻がこの状況で嘘をついたり冗談をめかすような性格では無いことを僕が誰より知っている。僕は世間一般的な意見か自分の経験則、どちらかを選ばなければならないのか。


 頭の中が混乱しそうになり、咄嗟に輪廻の方に視線をやると———輪廻の瞳には、何故か涙が浮かんでいた。


「———ぇ」


 思いがけない光景に、無意識に言葉が溢れていた。思考が忘却の彼方に吹き飛び、脳内が真っ白に塗り替えられる。ただただ、輪廻が泣いているという事実だけが、僕の瞳の奥に焼き付いて離れなかった。


「————やっぱ、信じてくれないよね。......ごめん、忘れて」


 意識しなければ聞こえないほど小さな声は、僕の耳には酷く鮮明に聞こえた。バッと勢いよく立ち上がり、そのまま何処かに行こうとする輪廻は、やはり泣いていた。


「————っ!」


 恐らく、僕の人生の中で最も早く動けていただろう。反射的に、背を向ける輪廻の左腕を掴んでいた。


「———待って。僕、輪廻が嘘つかないの、知ってるから」


「嘘だ。さっき困った顔してた。....どうせ信じて無いでしょ。無理に話し合わせようとしないで」


「嘘なんかじゃない。輪廻のことを誰よりも知ってるのは僕だから、輪廻の言う事は絶対に信じる」


 頑なに否定する輪廻にそう説得する僕の言葉は、紛れもない本音だった。さっきまでの葛藤や疑問なんて今は微塵も頭に残っていない。きっと僕のことを信じて輪廻はこの話をしてくれたんだ。なら、その僕が輪廻を信じなくて良いものか。




「———安心して、僕は輪廻を否定しない。......君の味方だから」




 一語一句に信念を込め、輪廻の耳に届くように大きな声でハッキリと言う。....どうやら僕が信じるとは思わなかったらしい。輪廻は唖然とした表情で口をパクパクとさせ、その瞳に驚愕の色を映し出していた。


「さ、桜..............、本当に、信じてくれるの....?」


「うん!信じるよ....!」




 その時、パリン、と甲高い音がした。僕の声と重なって聞こえたその音は、何か硝子系の物が割れたような音で、かなり近くで聞こえた。体感的には真後ろと言っても良いくらい間近で———。


「———は?」


 腑抜けた声は僕の喉から溢れた声だった。でも、そんな声が出ても仕方ないと思う。だって、僕の真後ろに振り返ってみれば、あったはずの硝子製のドアが思い切り叩き割られていて、僕の部屋の中にゾロゾロと覆面のヤツらが入ろうとしていたのだから。


「———走って桜!」


「えっ、は!?何がっ!?」


「良いから早く!!!」


 輪廻に半ば無理やり引っ張られ、玄関に体が投げ出される。なんとか受身と取れたのは奇跡だと思う。


「靴履いて外出て!!」


 そんな輪廻の叫びに釣られて、高速で靴を履き鍵とチェーンを外し外に出る。何が何だか分からず、とにかくこの場から離れようと足を動かす。玄関から右に言って階段に———そんな脳内でのプランは、待ち伏せしていた覆面男のせいで全て台無しになる。


「マジかよっ」


 どうする。今戻っても後ろにはあの大群がいるし、この覆面男を倒せる自信なんて微塵もない。


 思い切り髪をかき揚げ、詰みの状況に悔しさが滲み出る。そんな僕に対して、巨矮の男から繰り出される拳は、あまりにも無慈悲だった。回避しようにも判断が遅すぎたのか、もう間に合う可能性は低すぎた。


———きっと痛いんだろうな。


 そんなくだらない感想が、走馬灯のように脳内をよぎった。だが、その感想はマトを外れることになる。


「———はあっ!!」


 巨矮の男の顔面が、覆面越しでも分かるほどに歪んだ。いつの間にか駆けつけた輪廻が鳩尾に回し蹴りをかましたのだ。蹴りの勢いで階段から転がり落ち、思い切り頭を打ったのか気絶する男の腹を強く踏み、飛び台にして階段を駆け抜ける輪廻。それに僕も続く。


「———ね、ねえ!アイツら何!?」


「私にも分からない!でもアイツら敵意しかなかったでしょ!何人か武器持ってたし、やばそうだったから逃げてんの!」


「何で襲ってくんの!?しかも四階なのに!」


「まだ憶測の段階だけど、多分あのノート!アレ以外に思いつくことないでしょ!」


「確かにだけど!......あっ!!ノート忘れた!!」


「私が持ってきたから大丈夫!!今は死ぬ気で逃げるのが先!とにかく逃げ回るの!良いね!?」


 団地の階段を勢い良く駆け降り、迎え撃つ似たり寄ったりの覆面集団を輪廻が一撃で叩きのめし、再び駆ける。そのまま団地から逃げ出し、さらに足を動かす。


「で、でも!輪廻強すぎない!?何で!?」


「人生五週の中で色々学んだの!!格闘術は大体やった!」


「何で!?」


「それは後で話す!!———あぁもう、しつこっ!」


 次々と現れる覆面男に駆ける勢いを利用した飛び膝蹴りをお見舞いし、曲がり角を右に曲がる。路地を抜け、その先の曲がり角を右に。ここ周辺は複雑な地形になっていて、曲がり角も異常なほど多い。普段はうんざりとしていたが、ここにきて役立つとは思わなかった。


 輪廻を先導に次々と曲がったり進んだりを繰り返し、背後から追いかけてきたヤツや待ち伏せしてきた覆面男らの姿がだんだんと減少してきた。


「この辺の地形にやたら詳しいのも、人生五週目だから!?」


「そ!大体二十年以上はこの街に住んでる計算になる!」


「そんなに!?」


「......桜、後ろきてないかよく確認して!」


「え!?........かなり逃げたから、今のところ来る気配はないよ!」


「了解!じゃ一旦止まろう!」


 輪廻の言葉に、駆ける足を止める。急に止まった反動で心臓が痛み、ゼェハァと息を切らす。


「っ、ハァ、ハァ......」


「と、とりあえず........何処かに....身を、隠そう....」


「輪廻、大丈夫......?体力もつ......?」


「ご、ごめん....格闘術はかなり高めたけど、あんまり体力に自信無い、から......」


 膝から崩れ落ちそうになりながらも、輪廻に肩をかし、二人で歩く。必死に逃げていたから初めは分からなかったが、この場所は僕でもあまり行ったことのない場所だった。周囲を古びた団地やらに囲まれているが、生活している雰囲気が全く感じられず、恐らくここは廃墟地区なのだろう。


「ここ....数年前に住人が一斉退去して........そのままになった、区域なんだ....」


 荒い呼吸を整えながらそう言う輪廻。


「じゃあ、この辺を利用すれば上手く隠れられるかな....」


「行けるとは思う....」


「も、もう大丈夫。ありがとう」と言い。輪廻は僕の肩から離れた。それから近くの廃墟を見上げ、静かに何かを思案し始めた。


「———うん。ここにしよう。ここならすぐ敵の察知を確認して逃げることができるし」


 そう言って指差したのは、先ほど輪廻が見上げていた廃墟だ。一軒家らしき建物で、無数に並ぶ建物の中でも中々に古く、周辺に建物が多いので身を隠すには最適だろう。


 とりあえず中に入ってみることに。扉が錆びており開くか怪しかったが、問題なく開き、二人で中に入る。いつでも逃げられるように、靴は履いたまま。


 室内は見た目よりかなり広く、案外綺麗だった。家具やら何やらはカーテン以外全く無く、それでもある程度の掃除でもまだまだ使えそうだ。


「......とりあえず、お疲れ様....?」


「だね....お疲れ様」


 互いに満身創痍になりながら、輪廻が拳を突き出してきた。それに倣って僕も拳を出して合わせる。


 こんな状況だけど、輪廻の友人として誇れるような気がした。二人して、声に出さずに笑う。....今この時くらいは、ひとときの休憩をしても良いと思う。きっとバチは当たらないはずだ。




「———よし、じゃあ時間も限られてくるから、今後のことを話そうか」




「了解!」




 こうして、僕達の『稀有』な物語は始まりを告げた。

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