奏る刃と千の花 前編
《視点切り替え:四角桜》
襲撃事件から一晩経て。早朝に晃樹さんから連絡が届き、今回の件で重要人物とされる僕と刹那さん、それに澄さんが頭脳を買われて呼び出された。輪廻と那菜には別件で用事を頼んでいて、それが終わったら僕たちが呼び出された場所———浦安市で落ち合う予定になっている。
現在地から電車でおよそ三十分間、体を揺られながらぼうっと考えに耽っていると、その時間はあっという間に過ぎていった。
人の波に押されながら改札を抜けると、息苦しい空気を一掃するように冷たい空気が頬を撫で、こそばゆい感覚に襲われる。
「———それで、一体僕たちはどこに向かってるんですか?」
僕が知っている状況は、浦安市に向かうと言う目的のみだ。その後は刹那さんに任せている。
「マップで見る限り、駅から割と近い場所だな。ここがどんな場所か分からねぇのがネックだが、まぁ晃樹も行ってるから大丈夫だろう」
「まー、大方政府の御用達的な場所だろうけどねぇ」
そう言ってケラケラと笑う澄さんを横目に、刹那さんはスマホのマップアプリを確認して歩き始めた。それに僕と澄さんも続く。手持ち無沙汰で何となく辺りの景色を眺めていると、突然横から肩をツンツンと突かれた。澄さんがちょっかいをかけてきたのだ。
「何となくなんだけど、桜クン浦安初めて?」
「あ、はい。基本的に自分から出かけることがないのと貯金の節約で、来た時なかったですね」
輪廻もこの辺りは来ないらしいから、僕が行く機会は到底ないと思ってたけど、まさかこんな形で行くことになるとは.....。
そんな事を考えていた僕に、澄さんは驚きを含んだ表情で「へぇ」とこぼした。
「高校生とは思えない発言だね。一人暮らしのこともそうだけど、桜クン真面目そうだし、自炊とかもしちゃうカンジ?」
「まぁ、それなりにですけど。一人暮らしをするって決めてから、母に技を叩き込んでもらったんです」
そのおかげで、今は節約と貯金が十分にできている。これを見越して母親は僕に家事の技を教えてくれたのだろう。....母親には頭が上がらない。
「澄とは大違いだな」
先導する刹那さんが背中越しにそう言って、それに反応した澄さんがすかさず言い返す。
「うわ、刹那のそういうところがモテないんだよなぁ」
「ばーか、事実を言ってんだよこっちは」
そんな気の抜けた会話を繰り返しながら、刹那さんの先導で歩くこと約五分。刹那さんが足を止めたのは、一見すると普通の建物に見える、一軒家だった。赤い屋根と二階建ての全体像は特に変わった印象を持たず、正直言えば平凡そうな建物だった。
「えっと、ここ、ですか....?」
「......指定された場所は、一応ここであってるが....」
常に冷静なイメージがあった刹那さんも、表情に焦りの色が浮かんでいた。少し戸惑いながら何度かスマートフォンをスクロールして、刹那さんが一度頷く。
「間違ってはねぇな......」
顎に手を当てて、何か思考する刹那さん。癖なのかな、なんて無意味な推測が脳内をよぎり、それをブンブンと振り払ってから、僕は横にいる澄さんに意見を求めた。
「澄さん、どうします....?」
「んー、まあ早い話このまま直行するか、晃樹に電話するかじゃない?」
「それはそうなんだが....。晃樹との電話が繋がらねぇんだよな」
心底面倒臭そうに刹那さんがぼやき、その言葉の直後、僕の横で澄さんがパチンと指を鳴らした。
「じゃあ決まりだ。この部屋には地下があるね」
口角をぐいっと上げて、自信ありげにそう言う澄さん。———それは飛躍し過ぎた意見のような......。そんな反論意見が脳内に浮かび、刹那さんもどうやら同じ意見らしい。
「......これまた突飛した推測だな」
「まぁまぁ、行ってみれば分かるって」
一体どこからそんな自信が湧き出るのかまるで分からなかったが、それでもこの数日間で、澄さんの変人ぶり......ではなく頭脳明晰っぷりは十分に感じられた。だから、この人の言うことを聞いていればある程度のことなら何とかなるのではないのかと、そう思ってしまう。
相変わらずニヤニヤと笑いながら、僕と刹那さんを急かす澄さん。その勢いに負けて、僕は家の扉に備わっているドアノブを捻った。ドアを開け、一歩足を踏み出し———自身の想定よりも足の着地が低かった。まるで、階段があることに気が付かずに足を出し、ガクッと落ちそうになったあの感覚に類似していて......。
「———マジか....」
ドアを開けた先にあったのは、地下へと続く階段のみだった。ポツポツと、左右の幅が人二人分程の壁の所々に設置された電灯が、この階段の長さを物語っている。
「———明らかに異常だな。こんな住宅街のど真ん中に地下階段があるなんて....」
「というか、澄さん何で分かったんですか?ここに地下があるって」
「あぁ、このドア、立て付けの悪さから風が入りまくってたから、その風の入り方とか空気感とかで、何となく地下とかありそうだなーって。それで、その後に刹那が連絡が来ないって言ってたから、間違いないと思って」
「まぁそれは置いておいて」と話を区切り、澄さんは地下階段に目をやった。
「終わりが見えない階段、連絡の付かない晃樹......無傷で帰れる確証は無いよ。どうする?」
そんな道化師めいた発言と、向けられる二人からの目線。———僕の答えは既に決まっていた。
「行きます。晃樹さんの身の安全を考えて、なるべく早く」
「......あいつは幸せ者だな、桜みてーないいヤツに心配してもらって」
「ホントだよぉ。晃樹には似合わないって。晃樹は酔った刹那にダル絡みされるくらいが丁度良いんだよ」
「お二人さん、なるべく早くって僕言いませんでしたっけ......?」
「———よぉーし、行くぞー!」
「先陣して真っ先に死んでも知らねえからなっ!」
「え!?いきなりダッシュしないでくださいよ!!ちょ、待って!?」
「ハッ、マ○カだと一位はバナナかコインしかアイテム貰えねぇの知ってんのかっ?」
「二位も大体同じだよ!あ、一位と差があったら良いアイテムもらえるんだっけww」
「あ?良いぞ、速攻で抜いてやるよ!!」
「NI○C最中に赤キノ当てて僕の勝ちかなぁ!」
「あの二人早過ぎない!!??てか何の話!?」
あっという間に距離を離され、その後は二人の攻防戦(熾烈な順位争い)を後ろで眺めながら、必死で階段を駆けた。......早くとは言ったが、誰が走れと言ったのだろうか。そんな疑問が、走る最中でも絶え間なく脳裏に浮かび上がってくる。———あの二人は多分、頭の中に『子供』と『大人』の両方を飼っているのだろう。
「本当に、最悪だ......」
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君が綴る明日 涼波 @NanaSuzunami
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