君が綴る明日
涼波
四角桜 前編
登場人物名とその他の情報
四角 桜(ヨツカド サクラ)
基本情報 男性 十七歳 身長百六十五センチ
職業 学生
備考 本作の主人公
涼波 那菜(スズナミ ナナ)
基本情報 女性 二十六歳 身長百六十九センチ
職業 自宅警備員(自称)いわばニート
備考 桜の友人
葉山 輪廻(ハヤマ リンネ)
基本情報 女性 十七歳 身長百五十四センチ
職業 学生
備考 桜の幼馴染
本編
とまぁ、グダグダと言葉を並べたが、要はただの一般人なのだ。特に珍しいわけでもない、ただの高校三年生。
今日もまた、平々凡々な学校生活を終えて、一人で帰宅への道を辿っている。別に、一緒に帰宅する友人がいないとかそういうわけでは無いが、僕自身一人とか二人とか、そういう少数での行動の方が好きなので一人で帰宅している。決してボッチとかでは無い。断じて違う。
と、一人脳内で言い訳を並べながらも、気がつけばもう自宅の前だった。四階建てのひっそりとした団地の最上階、一番奥に僕の部屋がある。学校から家までおよそ五分という登校に便利な自宅の立地には、どれだけ助けられたか分からない。
制服の胸ポケットから自宅の鍵を取り出し、鍵穴に差し込み解錠する。ガチャリと心地よい音と共にクリーム色の塗装がやや剥がれた扉を開ける。玄関に入ると、扉を閉めて靴を脱ぎ———。
「ただい———うぉっ!?」
部屋に上がろうとした刹那、体に強い衝撃がかかり、腑抜けた呻き声が口からこぼれた。衝撃によって思いきり尻餅をつき、「痛てて」と腰をさする。『何か』が突撃でもしてきたのだろう。だが、僕はその『何か』.... いや、この場合は『誰か』と称した方が適切だろうか。とにかく、その『誰か』についてある程度の予測はできていた。
そうして、僕が尻餅をついた原因であるその『誰か』に大袈裟なため息を吐いた。
「————那菜、急に飛び込んできたら危ないだろ?」
「————おかえりっ、ヨツ君!」
こちらの言葉に耳を傾けず、この女性———
「———それで、いきなり頭突きしてきたのは良いとして...。毎度毎度、なんで勝手に家来てんの? てか鍵渡したっけ?」
一呼吸置いてから、僕は那菜に率直な疑問を投げかけた。だが、リビングの床に直に座り、ズズッと湯呑みの緑茶を啜る那菜は全く耳を傾けず、「お茶うまぁ」と呑気に出された茶に対しての感想を言っていた。
「......。はぁ、、」
呆れを通り越してもはや感心すらしてしまう。やや茶色がかった黒髪ショートの、全体的にふわりとした印象をもつ那菜は、その見た目だけで言えば美少女と称しても文句はないだろう。そう、『見た目』だけで言えば。肝心なのはその性格である。......正直に言ってしまえば、那菜は馬鹿だ。基本的に何も考えていないかのような発言と行動は幼さを隠しきれず———否。そもそも那菜は自分の幼さに気が付かず、隠す様子もない。その時点で馬鹿なのだ。
そして何より、那菜はこの見た目から考えられないが列記とした成人で、二十六歳の無職である。率直に言えばニートだ。本人曰く自宅警備員としての職務(笑)があるらしいが、ここ一二カ月はずっと僕の家に入り浸っているのでその職務(笑)すらも放棄していることになる。
「あ、ヨツくーん、リネっちがさっき家来てたよ」
唐突に会話を切り出され、だが那菜との会話ではこれが日常茶飯事なので何ともない態度で言葉を返す。———ちなみに、『リネっち』というのはとある人物の略称で、僕と那菜の友人である。まあ、それは後ほど説明するとして......。
「あ、本当? なんて?」
「『とうとうそんな関係に....』って言ってた」
「ちょっと待って、何故そうなる?」
「まぁ嘘だけどねぇー。....確か、『今日は暇か』って」
「今日か。まぁ予定はないけど、なんかあるのかな」
「リネっちのことだし、何処かの専門店とかじゃない?」
「恐らくそれだろうね」
そんな会話も程々に、那菜から聞いた待ち合わせ場所に二人で向かうことに。幸い自宅から待ち合わせ場所まではそう遠くなく、ここから約五分ほど歩いた場所にある。
「てか、集合時間決めてる時点で僕に拒否権無いじゃん」
待ち合わせ場所に向かう道中、今更ながら、自分はうまく使われているのだと気づく。
「さすがリネっち、ヨツ君の扱い方に慣れてるねぇ」
那菜はパチパチと無駄な拍手を送り褒めているが、全くもって共感できない。それもこれも僕の不甲斐なさが原因となっているのだから、もはや苦笑すらこぼれない。
「———あ、あれリネっちじゃない?」
「ん? ....あぁ、あれだ」
僕と那菜が視線を向けたのは、少し風変わりな銅像らしき物がある公園だ。この場所はここら一帯では有名な待ち合わせスポットであり、特にあの銅像の付近は目立ちやすく、非常に便利なスポットになっている。———そんな場所に、一人の小柄な女の子が佇んでいた。彼女の方へ、駆け足で向かう。
「———桜、早かったね」
そう言って少し嘲笑気味な笑みを浮かべた少女———名前は
その艶やかな黒髪は腰元まであり、瞳は淡い紫色。那菜とは真逆の、見る者に儚さを抱かせるような、そんな容姿をしている。実は彼女は僕と同い年で、高校は違うが毎週この三人で出かける仲でもある。というのも、幼少の頃から輪廻と僕の両親同士が友人で、流れで僕と輪廻もほとんど毎日会うようになり、こうして今もその関係は続いているという訳だ。
僕は現在両親とは別の家で住んでいて、輪廻も似たような状況にあるので、互いに一人暮らしの大変さを知った分、共感できることも多い。....ちなみに余談ではあるが、輪廻はややSっけがあり、なぜか僕に対しての扱いが那菜と違っている。こき使われることもかなり多い。
「———ちょうど暇だったからね」
「リネっち久しぶりー!」
「....? さっき桜の家であったよね?」
「あ、そうだった!」
———うん。やっぱり那菜は馬鹿だ。
「それで、今日は何するの?」
那菜のせいですっかり忘れていた本来の目的を聞くと、輪廻は嬉々とした瞳でこちらを凝視し、水を得た魚の如き勢いで語り出した。
「———今日はね、秋葉の武器専門店に行ってみようと思って。いや、それがさ、新作のカラデザがすごいんだよ。もう、すっごい。しかも本店モデルの生産が早期終了予定らしくて、これは今のうちに目に収めておかなきゃじゃんっ?」
目を燦々と輝かせながら語るその姿は、先ほどの儚げな姿とは程遠い姿だった。———そう、輪廻はオタクだ。それもナイフや小型拳銃などといった少し特殊な部類のオタクである。
「あ、うん。そうだね....?」
「うんうん!限定なら急がないとね! よし、早速秋葉行こー!」
輪廻の勢いとやけに乗り気な那菜の一言によって、僕ら三人の今日の目標は秋葉原の武器専門店に決まった。————電車を利用しての移動は十数分で終わり、駅の改札を抜け階段を駆け上がればもうそこは、活気あふれるオタクの聖地、秋葉原だ。
駅構内の独特な閉塞感から解放され、体中が爽快な気分になる。僕らと同じように階段を上がってきた人々で混雑するので階段付近から少し離れたところまで歩き、そこで立ち止まる。
「武器専門店だっけ? そのお店はどこにあるの?」
「....私が記憶する限りでは、そんなに駅から離れてなかったはず」
「具体的な位置は?」
「分からない」
「..........。何故誘っておいて場所を知らない?」
あまりに平然とした態度に一瞬判断が遅れるが、なんとか喉から言葉を飛び出させる。だが、僕の言葉に不満があるのか、輪廻は少し頬を膨らませて言い返してきた。
「桜、言葉に語弊がある。私は知らないんじゃなくて覚えていないだけだから」
「屁理屈じゃん」
「......よし桜。誰かに聞いてきて」
「なんで僕!? いや、ここは輪廻が聞いてよ....」
「へぇ、桜ってば、コミュ障なの? まさか私と那菜ちゃん以外は話せないワケ?」
「え何? 急に毒舌とか泣くよ? てかコミュ障は輪廻じゃん」
「はぁ? いやいや、私はコミュニケーション能力に秀でてるから。全然違いますけど?」
「————ねぇねぇ、そんなことしなくても、スマホで位置検索したら良くない?」
会話に熱がこもり、早口で言い争う僕と輪廻の間に入ったのは、以外にも那菜だった。那奈の言葉に僕らは思わず唖然とし、一瞬反応が遅れてから弾かれたようにしてスマホを取り出す。
「わ、私店名は覚えてるから....」
「う、うん。僕検索するよ....」
互いに顔を見合わせ、「あはは....」と苦笑する。そうこうしているうちに、マップアプリでの検索がヒットし、二人に画面を見せてあげる。
「結構近いね。数字だけで言えばここから三百メートルくらい」
「方角はこっち辺りかな」
那菜が指差した方向にマップアプリを照らし合わせ、三人で目的地に進んでいく。ふとスマホの時計を確認すると、現在時刻はちょうど四時十分を示していた。時間帯と今日が平日だということもあって、通常よりかは人混みが小規模なのも納得がいく。
「———あ、あれかな」
輪廻のその言葉に一度マップを確認し、前方の店、『アンリミテッド』という店が目的地だと伝えると、輪廻は思い切り顔を綻ばせ、スキップしながら店内に入っていった。それに続く形で僕と那菜も店内に入ると、そこは少し独特な塗装品やらプラスチックやらの香りが漂う不思議な店だった。壁には何やらスナイパー系の武器や鋭利なナイフなどの模型がかかっており、一言で言えばものすごく雰囲気がある感じだ。まぁ、言ってしまえば、素人の僕と那菜からすればどれも同じにしか見えないという意見である。
「———! これ、モシンナガンだ....。しかもm28だから、シモヘイヘモデル!」
「......シモヘイヘって、白い死神ってやつだよね」
「そう!」
輪廻の言葉に自分の知っている単語があり、思わず反応すると、間髪入れずに返答が返ってきた。———シモヘイヘというのは、フィンランドの軍人で、戦果五百人越えの伝説級のスナイパーである。歴史があまり得意ではない僕でもこれくらいは知識として頭の片隅にあるが、横にいる那菜は話についてこれないのか、その淡麗な顔に疑問を浮かべていた。一応、それとなくで説明するか。
「シモヘイヘってのは、簡単に言えば凄い強いスナイパー」
「へぇー!かっこいい!」
これまたわかりやすいリアクションだが、マニアな輪廻からするとそれが嬉しいらしく、ニコニコと上機嫌な様子だ。
「....やっぱ長身だな。百二十くらいはあるか。....最近は市場でも見かけなかったモデルガンだから、なんか嬉しい....!」
「———お、嬢ちゃん、かわいい顔してセンスあるじゃん」
輪廻がモデルガンに夢中になっていると、突然かけられた声。凛とした透き通る声に輪廻が振り返ると、そこに立っていたのはおそらく二十代後半の若い女性だった。髪の毛は肩までに揃えた金髪で、目つきは猫目。勝手な偏見だがこの人も輪廻と同じような類の人だろう。
「それ、ついこの前店に飾ったやつでさ。モシンナガン自体は有名だから売れ行きもぼちぼちだけど、そいつは私の手製だからこの世に一つしかないモデルなんだよ」
「手製!? しかもシモヘイヘモデルのリメイク....天才じゃないですか!」
話しぶりからするにこの店の店主であろう女性に、輪廻はテンションの上がりを抑えきれない様子だ。
「いやまぁ、あくまで趣味としてだから非売品だけどな。......そこの兄ちゃんたちは付き添いか?」
先程僕らが会話していたのを聞いていたのか、少し離れた位置にいた僕と那菜を見てそういう女性。
「あ、はい。僕らは彼女と違って全くの素人ですけど」
「へぇ。それじゃ、ちとつまんなかったかもな」
「いえいえ。知識はありませんが、十分楽しめてますよ。品物一つ一つに想いがこもってる感じがして、雰囲気好きですし」
「そうかいそうかい。なら良かった。そこのちっちゃい嬢ちゃんも、まぁ楽しんでくれや」
「はーい」
そうして、あっという間に時間は経過し、気がつけば時刻は六時を過ぎていた。段々と暗くなる外の景色は、どこか寂しさを感じさせられる。
「———嬢ちゃんたち、もうこんな時間だ。そろそろ帰ったほうがいいんじゃねーか?」
「そうですね。....那菜、輪廻、帰ろっか」
「うぅ....。まだあと十分くらいはいけるって!」
「リネちゃん、また今度行こうよ」
僕だけでなく那菜にもそう言われ、渋々ではあるが輪廻も納得してくれた。
「外は暗いし、最近は嫌な事件が頻発してるからな。兄ちゃんが美少女二人組を守ってやれよ?」
「嫌な事件?」
「何です?それ」
「何だ、知らないのか。秋葉原周辺で、通り魔事件があってな。ここ一ヶ月の間に二件も。....今日もどっかの店の店員がやられたって話だ」
「そう....なんですか。何だか物騒な事件ですね....。そんなヤツから二人を、僕なんかが守れる気はしないんですけど」
「おいおい。シャキッとしな。男だろ?」
「あはは......」
......返す言葉も浮かばない。
「———んじゃ、また今度遊びに来な」
「はい。店長さんも、お気をつけて」
「気遣ってくれんのか。兄ちゃん、優しいんだな。ま、戸締まりには気をつけるさ」
そう言ってわざわざ駅まで見送ってくれた店主さんに別れを告げ、僕らは改札を抜けて帰りの電車に乗る。秋葉原からの電車は時間帯の影響か混雑していて、座ることすらできない状況だ。———三人の間隔を縮め、漸く車内に入ることができた。
圧迫感で喉が詰まる感覚がし、少し息が苦しい。そんなことを思っていると、突然肩に力が加わり、慌てて見てみれば、横にいた輪廻が立ったまま僕の肩に寄りかって寝ていた。
「......そりゃ、疲れてるもんね」
「あらら、リネっち大胆だねぇ」
「誤解が生まれる言い方をするな」
「冗談だよぉ」
「———けど、どうするか....、このまま起こさないのもあれだし、かといってこの寝顔を見てそうやすやすと起こす勇気も無い....。」
と、少し躊躇いはあったものの、仕方ないと割り切り肩をさすってみる。...反応は無い。試しにもう一度揺さぶってみるも、一向に起きる気配はなかった。
「──────まじか」
...これは、思ったよりも苦戦しそうだ。
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