あとがき  〜史実と架空の答え合わせ〜

 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

 これにて、佐久良売さくらめ真比登まひとの物語は、完結です。



 ■□■□■□■□■□■□


【つながる物語たちのご紹介】


 佐久良売と都々自売つつじめの前日譚であるショート、

 ●「つつじの匂わむ時 〜佐久良売と都々自売〜」

https://kakuyomu.jp/works/16817330667193577067


 佐久良売と嶋成の前日譚であるショート、

 ●「赤鱗せきりんの縁談 〜無礼な男許すまじ〜」

https://kakuyomu.jp/works/16818093087537364586


 真比登の前日譚であるショート、

 ●「かもすらも 〜悲しい真比登〜」

https://kakuyomu.jp/works/16818093087578284320


「鴨すらも」を受けて、悲しさを救いあげるためのショート、(真比登主人公)

 ●「鶴の間遠く 〜幸せ真比登〜」

https://kakuyomu.jp/works/16818093087618574981


 と、番外編をちょこちょこ、ご用意しております。どれも、本編と密接に繫がっております。お時間のある方は、どうぞご覧くださいませ。


 さて、「恋や明かさむ」は完結しましたが、まだ、語り終わっていない物語が二つ、あります。

 一つは、古志加こじか三虎みとらの恋の決着。これは、

 ●「あらたまの恋 ぬばたまの夢」

https://kakuyomu.jp/works/16817330650489219115

 で語られています。


 そして、コメント欄でも多くの読者さまが気にかけてくださった源。彼の顛末てんまつは、若大根売わかおおねめを主人公としたショート、

 ●「見ねば恋しき 〜若大根売わかおおねめは待つ〜」

https://kakuyomu.jp/works/16818093087500871880


 みなもとを主人公とした中編、

 ●「明闇あけぐれかり 〜夢を追うみなもと〜」

https://kakuyomu.jp/works/16818093087681448288

 を経て、


 大川を主人公とした、

 ●「遣唐使の恋」

https://kakuyomu.jp/works/16818093086444140945

 へと続きます。これは、「恋や明かさむ」連載開始の前から、決まっていた事です。「遣唐使の恋」は連載中。ぜひ、ご訪問ください!




 ■□■□■□■□■□■□





【史実として】


 桃生柵もむのふのきの戦は、宝亀ほうき五年(774年)、7月に、蝦夷えみしがわから攻められ、宝亀六年(775年)11月を前に、終結します。

 陸奥国みちのくのくに鎮守府将軍ちんじゅふしょうぐん大伴おおともの駿河麻呂するがまろ以下1,790余人が、逆賊の蝦夷えみし征討せいとうしたとして、11月に叙位叙勲じょいじょくんを受けていることから、それがわかります。


 そのあとも、局地的な反乱は続き、宝亀十一年(780年)、大和朝廷になびいていた蝦夷───蝦夷の征討せいとうに参加し、陸奥国みちのくのくに上治郡かみじのこおり大領たいりょう(長官)に任ぜられていた、伊治公呰麻呂これはりのきみあざまろが、多賀城たがじょう按察使あぜち(多賀城の最高指揮官)、紀広純きのひろずみ伊治城これはりじょうにて殺害する、という反乱を起こします。

 伊治公呰麻呂これはりのきみあざまろは、伊治城を焼き、次いで、陸奥国の国府がおかれた多賀城も焼き、大規模な反乱となりました。


 紀広純きのひろずみは、桃生柵もむのふのきの戦の、副将軍でもありました。


 多賀城は、その後、再建されます。


 宝亀五年(774年)桃生柵もむのふのき襲撃より、弘仁こうにん2年(811年)までの38年間、大和朝廷と蝦夷の戦いが続くこととなり、これを38年戦争といいます。



 さて、桃生柵もむのふのきに関する記述ですが、冒頭で述べた、宝亀六年(775年)11月の、1,790余人の叙位叙勲じょいじょくんを最後に、それ以降史料上に見えず、場所がどこだったか? それさえも、歴史の向こうに消えました。

 昭和に入って、発掘され、宮城県石巻市飯野中山に確定されました。

 発掘調査から、山の上の政庁は、燃え落ち、そのあと、再建されなかった事がわかっています。



 大和朝廷の徴兵制度や、百姓を徴兵した軍団を補う形で、鎮兵ちんぺいが存在したこと。

 鎮兵は、大和朝廷から穀物を支給されたことは、史実です。


 現代では「太刀」と書いて、「たち」と読みますが、奈良時代では「大刀」と書いて「たち」と読みます。






【架空として】


 ・鎮兵は、詳細があまり、わかっていません。

 任期や、辞める時にお金を払う、は、架空です。


 ・また、日本兵の総数や、蝦夷の兵の数は、架空です。


 ・朝獦あさかりは実在の人物ですが、年齢は架空です。仕官の年齢からかんがみて、若かったはずです。

 麦子も、架空です。


 ・佐久良売、真比登、は、架空です。

 長尾ながおのむらじ家自体、架空です。


 ・嶋成しまなりは、架空です。パパの嶋足しまたりは実在の人です。

 

 ・大川が、桃生柵もむのふのきの副将軍だったのも、架空です。


 ・蝦夷の登場人物、風俗も、架空です。筆者に、特定の民族を名誉毀損する意図はありません。






 【独特の用語】



 ・いもは、恋人、の意味で、運命の恋人、というのは、私の架空です。


 ・愛子夫いとこせも、本来は、愛しいつま、という意味です。


 ・吾妹子あぎもこ、愛人って本に書いてあったけど、古い本だったから、実際は、ただの恋人、という意味なのかも、と思う今日このごろ。

 でも、拙作では、愛人、として使います。


 ・たたらをや(日中のさようなら)、味澤相夜あじさはふよをや(夜のさようなら)、は、架空の言葉です。

 

 



 

 


 【「恋や明かさむ」について】


 この物語では、本格的な戦争物✕恋愛の、ロマンティックを追求したかったので、書く事は、非常にチャレンジでした。

 とくに、戦争部分が。

 バトルアクションも、毎回、「書けるだろうか?」と身構えながら、書いていました。

 完結まで書くことができて、ほっと胸を撫で下ろしております。


 

 この物語は、カクヨムコン9参加作品として、気合を入れて作りました。

 佐久良売はなぜ、結婚したがらないのか? 

 その理由は、幾重いくえものベールに隠され、読者さまは、何回も、

「そういう理由だったのか!」

 と驚かされるはずです。

 物語を読み進んでいかないと、佐久良売という一人の人間が持つ、深い部分には、たどり着けません。


 佐久良売の人生を振り返ってみましょう。


 ◯六歳───朝獦あさかりさまと出会う。  

 ◯八歳───真比登とニアミス。猫の里夜りやを朝獦さまから頂戴する。

 朝獦さまの恐ろしさを目撃。

 幼い心に、桃生柵もむのふのきを守らなければならない、という強迫観念の植え付け。

 恋心の必要以上の抑圧。

 その後、うまく恋ができなくなってしまう。

 朝獦が、奈良の貴族として洗練されつつも、政治のトップを狙う野心・実力があり、男の色香ムンムンだった為、どの男を見ても魅力を感じなくなってしまったのも要因。


 ◯十三歳───朝獦は死んだと聞かされるが、どこか信じられない。


 ◯十五歳───母親、疫病えきびょうで死去。

 名も知らぬ少年(虫麻呂)に高い薬草を恵んでやる。

 平城京の采女うねめとなる。


 ◯十八歳───厳しい仕事っぷりで、鬼より怖い陸奥采女みちのくうねめと言われるようになる。

 どんな男を見ても、恋文をもらっても、ときめかない、心を動かされない自分に愕然がくぜんとし、こいつはヤバい、と思い始める。

 経験がないせいかしら? と、熱心に言い寄ってきた、畿内きないの豪族の四男と、深い仲になってみる。

 結婚適齢期でもあるし、畿内の豪族の妻にしてもらえたら、お父さまも喜ぶわ……。という打算もあった。

 結果、相手に賭けの対象としてもてあそばれていただけだと判明。

 男性不信が決定的になる。


 ◯二十一歳───結婚適齢期の二十歳をすぎたので、一生結婚しないで、いずれは国に帰り、父親・同母妹いろもと暮らし、老後は尼寺に入ろう、と思って過ごすようになる。

 家族は大好き。

 でも、男には、まったく心が動かない。

 自分は女として、恋をする心が欠落して生まれてきたのだろう。

 誰かの妻になって暮らしていくのは、苦痛でしかないだろう、と思う。

 朝獦さまに幼い初恋はできたのに、なぜかしら? と思っている。

(後日、嶋成に、「初恋と呼べるようなものは、まだわらはの頃にしたかもしれません。」と、語っているのが、その証拠。

 恋心を封印した時のことは、恐怖体験と結びついているので、心の防衛反応として、忘れてしまっている。)


 ◯二十三歳───七月、桃生柵もむのふのきで戦が勃発。

 家族が心配で、安全な平城京から、桃生柵もむのふのきに帰ってくる。

 父親が飛び上がって喜んで、結婚適齢期を過ぎた娘のお見合い相手を探して奔走しはじめる。

 嶋成と縁談。

 無礼な男をフライング・フィッシュ&ソーサーアタックで撃退する。

 その後も無理矢理、縁談を組まされ、毎回、難癖をつけ撃退し、必ず不審火があった。

 八月───。

(物語スタート)

 緑瑠璃みどりるりの首飾りを若大根売わかおおねめが紛失していた事が発覚する。(実際は虫麻呂が盗んだ。)

 五回目の縁談で、

「───一人? 寂しいぞ?」

 とつぶやいた縁談相手のお供にイラッとし、ビンタ。



 そこから、佐久良売の人生も、動き出します。



 佐久良売は、ものすごく美人で、お嬢さま育ちで、プライド高くて、ツンツンしつつも、真比登を溺愛する、大好きなヒロインです。


 真比登も、とことんカッコいい、それでいてピュアで、佐久良売を溺愛してる……はずなんだけど、なぜか、「溺愛される」と受身で書きたくなる、可愛いヒーローです。

 見た目は、マッチョメンでごついのに、可愛い男です。




「恋や明かさむ」は、2023年12月1日に、公開開始。

 2024年8月31日、完結。

 途中、「真比登の章」完結後、「古志加の章」開始まで、二ヶ月近く、お休みを挟みましたが、それ以外は、(月)〜(金)、週5回公開、時には毎日公開をして、完結まで走り抜けることができました。

 これだけのペースで執筆するのは、簡単では、ありませんでした。

 これもひとえに、ご覧くださった読者さまのおかげです。ありがとうございました。




 

【参考文献】


 ○『万葉仮名で読む万葉集』   石川九楊  岩波書店

 ○『古代歌謡集』  日本古典文学大系  岩波書店

 ○『万葉集』    岩波書店

 ○『日本の伝統色』  和の色を愛でる会   大和書房

 ○『木簡 古代からの頼り』   奈良文化財研究所   岩波書店

 ○『地図でみるアイヌの歴史 縄文から現代までの1万年史 』     平山 裕人   明石書店

 ○『ニューエクスプレスアイヌ語』     中川 裕     白水社

 ○『アイヌ神謡集』   知里幸恵ちりゆきえ   岩波書店

 ○『平城京に暮らす』   馬場基    吉川弘文館

 ◯『万葉樵話』    多田一臣     筑摩書房

 ○『超訳 孫子の兵法』     許成準  彩図社


    *   *   *





 おまけ。



 夜。夫婦めおとの部屋にて。


 佐久良売は、肩をとんとん叩いて、


「ふう、疲れたわぁ。真佐流売まさるめ、重いのよ。」


 と、ちらちらと真比登を見る。

 真比登はにっこり笑って、佐久良売の肩を揉みはじめる。


 もみもみもみ……。

 もみもみもみ……。


「うふふ、ありがとう。」


 佐久良売は満足そうに微笑む。

 そのあと、表情に影がさし、迷うように、切りだした。


「ねえ、真比登。

 あなたに会うおのこたち、皆、建怒たけび朱雀すざくがただの衛士でいるなんてもったいないって目で見るわ。

 鎮兵ちんぺいでいたら、もっと出世できるのにって……。

 あたくし……。

 あなたの可能性を潰してるのかしら?

 あなたを、長尾ながおのむらじの屋敷を守る衛士としているのは、朱雀すざくを狭い檻に閉じ込めてるようなものかしら?」

「佐久良売さま。」


 真比登の腕が、する、と前に伸びて、佐久良売の腹を抱いた。


「オレは、佐久良売さまの傍にいれる毎日が、幸せです。

 愛しています。

 出世になんか、興味ありません。

 オレが求めているのは、この、良い匂いの肌と……。」


 佐久良売の後ろ首の髪をかきわけ、華奢きゃしゃな首に、ちゅ、と素早く口づけをする。


「可愛いわらはたちに囲まれた日々です。」


 後ろから緩く抱きしめた佐久良売を、ゆらゆら、揺らす。

 そして、ぎゅうっと強く抱きしめた。


「……そうは言っても、しがらみもあります。もし、旧知のおのこから頼まれたら、また、戰場に戻ることも、あるかもしれません。」


 佐久良売は、はっ、として、振り返り、真比登に向き直った。

 真比登は、落ち着いた優しい微笑みだ。


蝦夷えみし次第です。騒乱そうらんが起きないことを、祈ります。

 佐久良売さま、この幸せな暮らしは、いつまで続くかわかりません。

 ここは、陸奥国みちのくのくに与賊接居よぞくせっきょの宿命だからです。

 だからこそ、一日、一日を大事に……。」


 真比登は佐久良売の肩に手を置き、


「今夜も、美しい天女とさ寝させてください。」


 佐久良売にそっと、口づけをする。

 唇を離した佐久良売は、とろけるように甘く微笑み、


「良くってよ。」


 と帯を解いた。












      ───完───









 ↓挿絵です。

 https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093083943002276

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋や明かさむ 〜偽りの縁談〜 加須 千花 @moonpost18

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ