終話 力こぶは人気者
九月。
午後。
十九歳の
「こちらです。」
と客人を案内する。
背が高く、にこにこ、
「ふわあ。お腹大きいのに、そんなに動いて大丈夫なんですか?」
と、小鳥売のお腹を見て言う。
「ふっふん。おっきい
「じゃあきっと、元気な
「ありがとう! なにせ、佐久良売さまの二人目の
ふっくら丸顔の小鳥売は明るく笑う。
「佐久良売さま、お連れしました。」
お腹の大きい佐久良売は、倚子に腰掛けている。
二十歳の
「佐久良売さま、寝ましたわ。」
二十六歳、ますます美貌の冴えわたる佐久良売は、
「いらっしゃい。」
と優雅に微笑む。
「
「そうねぇ。身体がむくみやすくて、困るわ。」
「
ちなみに、
良い名前のほうが、ありがたみが増して、良く売れるのである。
「ほほ、
「はい。」
そばかすの女官、
「ワーホーイ! ありがとうございます! やっぱり、
「ほほほ、おかしなお方。
家は
「あっひゃ〜……、やりにくい。」
「さあ、本題を。
源のご家族として、
そこの娘が、
「
「
渡も倚子を立ち上がり、礼を返した。
へらり、と笑う商売人に見えて、なかなかどうして、堂々とした礼である。
「大変失礼ですが、
「はい。」
「たしかに。これは、我が家に
源は、あなたに心を捧げたのでしょう。
実は源から、くれぐれも、あなたのことを頼む、と言われてましてね。」
「源から?」
「遣唐使船が出港したら、
あいつは末息子で、兄をこのようにこき使うんですよ。」
やれやれ、と渡は首をふった。
その望みに応え、
源は、甘え上手で、いつもこうやって、まわりの人に助けてもらっているのだろう。
「遣唐使船は、博多港を出港したと、風の噂で聞きました。」
「ええ、六月に。源も、乗ってます。必ず、帰ってくる。迎えに行くから、と、源の伝言です。」
「………!」
お腹の大きい小鳥売が、その背中をさする。
佐久良売は、
「そう。伝言は受け取りました。
こちらからの伝言はありません。
海の向こうでは、
では、お引き取りください。」
と、淡々と告げた。
「そんなに
人の良さそうな微笑みで渡は言うが、
佐久良売はため息をついた。
「……ばれてるようね。
「わかりました。うちは、自由な気風の家なんです。とやかく言いません。」
「
「はい。ご案内します。子どもたちは寝ているので、静かに願います。」
若大根売は、奥の部屋の戸の前に渡を案内し、戸を静かに開けた。
その部屋には、筋骨隆々の、左の頬に
「ほが。」
と寝ていた。
その男の両脇には、一歳をすぎた
渡は、にっこりと笑った。
「……どっちが?」
「左の、ちょっとだけ大きい
佐久良売が後ろに立ち、
「右が、あたくしの娘、
「ほう、
「そうよ。」
「充分です。ありがとうございます。」
渡は、そっと、戸を閉めた。
「源から、聞きました。
誰も敵わない、勇猛果敢な武将で、向かうところ敵無しだと。
でも、美人妻には、めっぽう弱い。」
「まっ。」
「お子さんがいて、もうすぐ二人目も……。幸せですね。」
「ええ。そうよ。」
佐久良売は大きなお腹をさすり、微笑む。
「わかりました。良い土産話ができました。ありがとうございます。」
渡は、佐久良売から
「源が帰ってきたら、
渡はそう言って、商売人らしい
* * *
時は過ぎ……。
空には
三十歳をとうに過ぎた
「ワーホイ、ワーホイ、
かもかも、かもかも、
ワーホイ、ワーホイ、鳥追いだー、鳥追いだー。
(ワーホイ、鳥追いだ、白い米を狙った鳥、好きなだけ叱りつけよ。
好きなだけ、好きなだけ、上の枝に刺して引っ掛けるぞ。)」
ぱんっ、ぱんっ、木の枝を持って、真比登は、
真比登のまわりには、ちいさな
真比登の娘───
息子───
わらわら、わらわら。
今は、鳥追いを教えている。
小鳥売の息子以外、皆、畑仕事はしなくても良い身分の
でも、こうやって、畑仕事を学ぶことは、きっと意味がある、と真比登は思う。
真比登は、学のない男だ。
武芸のことなら、
それでも、良いと思う。
難しいことは、他の人が教えてくれる。
真比登は、父親として、心の触れ合い、生きるための正しい心、そういったものを、教えてやれれば、と思う。
五人の
「ワーホイ、ワーホイ、鳥追いだー、鳥追いだー。
かもかも、かもかも、
ワーホイ、ワーホイ、鳥追いだー、鳥追いだ。」
「よーし、皆、うまいぞぉ!
今日の畑仕事は、ここまで。
さ、帰るかぁ。」
真比登は明るい笑顔で童たちを見回すと、
「おとーたま!」
娘の
「おとーたま! お馬たん!」
「はいはい。」
真比登は
真比登は、むん! と力こぶがでるよう、両腕に力をこめる。すると……。
「おとーたま!」
息子、
「真比登さま!」
「マヒトたま。」
「マヒトたま!」
残り三人の
力自慢の真比登の力こぶにぶら下がるのが、皆、大好きなのだ。
自分たちのそれぞれ違う親が皆、真比登の
幼い
「よっ、と。」
真比登は立ち上がる。
真比登の
「高い高ーい!」
と両足を真比登の肩でパタパタして喜ぶ。
「
「うん!」
両腕に鈴なりにぶら下がる四人の
「わーい、真比登さま、力持ち!」
「きゃっ、きゃっ。」
「きゃらきゃら!」
「おとーたま、ちひゃらもち!」
と騒がしく喜ぶ。
真比登の肩上で、
「おとーたま、だーいすきっ!」
と、真比登の頭を、ぎゅっと抱える。
「はっはっは………。」
真比登は楽しそうに笑い、空中に持ち上げた四人の
童たちの笑い声とともに……。
真比登は夕日に照らされ、土の道に長いひとつの影をつくり、愛する妻の待つ屋敷へ帰っていった。
───完───
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