あの日、拾った石は綺麗だった

秋色

missing

①アフタヌーンティー


珍しいね。夫婦でこんな高級ホテルのアフタヌーンティーなんて。


何年ぶりかしら? 最近はお互い、外でのランチもディナーもそれぞれの知り合いとで済ませていたものね。お互いの交友関係を大切にしようって事で。


私はちょっと緊張するの、こういう場所に。あなたは慣れてるわよね。国際線のパイロットで世界中を飛び回っているんだから。あらゆる都市のホテルでレストランを利用しているものね。

あまりにもたくさんの有名な都市に行き過ぎて、立ち寄るお店も観光向けでない場所を、あえて選ぶようになったのはいつからかしら。それでいて、地元で敬意を払われているような高級店ばかりなのよね。

さっき行った教会の尖塔も、観光地とは違うから新鮮だったわ。普通とは違うアングルで市街地を見晴らせて、まるでここに生まれた時から住んでいる気分で風を感じられたもの。ちょっと足がすくんだけどね。




②砂のお城


昔を思い出すと不思議ね。幼稚園の頃は、すぐにいじける泣き虫の男の子だったもの。幼稚園に入ってすぐに、私が他の男の子と砂場で遊んでいた時、勝手に腹を立てて、その子の作った砂のお城をめちゃくちゃにしたの、憶えてる? 

そして私に「僕と遊ぼう」って。

私が怒って、「ユウ君、ひどい事するからキライ!」って言ったのよね。

だって、あの子の作った砂のお城は、すごくよく出来ていたもの。手先が器用な子だったから。

でも結局、私はあなたとばかり、遊ぶようになっちゃった。本当はね、あの男の子と砂場で遊んでいると、何していいか分からなくて退屈だったの。だって、私に自分の作っているものを、触らせたがらなかったから。

私は、ただ見てるだけ。


それに比べてあなたと遊んでいると、どこでも発見がいっぱいあって、不思議に楽しかったの。

道端に落ちていた綺麗な落ち葉や石を拾って、これは宝石だよって私にくれたり。いつもビビリで泣き虫のきかん坊だったけどね。

でもあの時の石は、太陽にかざすとピンク色に見えて、ホント、綺麗だった。


中学生の頃、私が空を見るのが好きで、飛行機に乗るのが夢だって言ったら、あなたは突然、将来パイロットになるって宣言しちゃってビックリした。


でもまさか本当に夢を叶えるなんてね。それも、何カ月分、何年分のスケジュールを立てて、それを実行するなんて、私には気が遠くなりそう。今でも、フライトの前にはシュミレーションを欠かさないものね。実はストイックな性格だったの、知らなかったの。


おかげで、時代のお手本のようなデートやプロポーズを経験できたから、よくお友達から羨ましがられるの。一流ホテルの最上階でディナーを食べていたら、グラスの中に指輪が入っていたり、ね。本当にこういうの、あるんだって笑っちゃった。まるで魔法だねって言ったら、あなたは、「君が僕に魔法をかけたんだ」って言ったよね。



魔法の薬


 私が今、何、考えているか、分かる? あなたが私に日頃から少しずつ魔法の薬を盛ってるんじゃないかって事。もしそうだったら、そしてこの紅茶の中にも、私がさっきスマートフォンを覗いていた隙にその薬をサッと振りかけられていたらどうしようって……。そう考えていたところよ。


笑わないで。それはね、誰かを好きになる薬なんかじゃないの。それを飲むと、少しずつ死に至る薬なの。私にも、他の誰にも知られずに死に向かわせる、完全犯罪の薬なの。

だって私はあなたの好きだった、幼なじみの可愛い女の子では、もうないから。


いつ、あの砂場の時のように、怒りだすかなって待ってたけど、あなたは絶対、怒らない。そう。小さい頃の、すぐ感情をあらわにする子どもじゃなくなってるんだもの。

たとえ私が、あなたの留守中に若い恋人を家に呼んでいたり、一緒に旅行に行ったりしていてもね。


私はいっそ衝動的にバタフライナイフで刺された方がいいなって。それか高い所から突き落とされるとか。そう思ってた。だから、さっきの教会の尖塔では、身構えてたのよ。いつ突き落とされるかって。でもあなたはそんな事はしなかった。

そんな衝動は、もう残ってないのね、あなたには。少なくとも私に対しては。

なんで若い恋人を作ったか、責めないの?


私はね、幼稚園の砂場で手先の器用な子と遊んでいた時のように、死ぬほど退屈で孤独だったの。あなたは自分で作った砂のお城を私に、触らせなかったから。

どこに行っても、一緒に宝物を見つけられた日はもう過ぎたのね。

海外でも、私は、いつだって観光地を初めて訪れる旅行客の気分で普通に楽しみたかったの。ロンドンのフィッシュ&チップスやモンサンミッシェルのオムレツを食べたり、サントリーニ島で夕陽を見たり、カナダのメープル街道で紅葉の中を歩いたり。たとえ高級店のようなセレブの行く場所でなくても良かったの。



空を見るのが好きで、飛行機に乗るのが夢なんて、そんなちっぽけな夢を、あの日、口にしなければ良かった。そうすれば、好きな人を変えてしまう事もなかったのにって、時々思ってた。


最低の女だよね、私。





え!? 仕事辞めるって本気? やり直そうって? だって最低の女なんだよ、私。


でもね、心の何処かで待ってたんだ。あの日の砂場みたいに、また、眼の前の砂の作品をめっちゃくちゃに壊してくれるのを。だけど、私の方が先に壊しちゃったね。



え!? 泣いてるの? 

そんな事、あると思ってなかった。

突然の涙なんて流す事、もうないと思ってたよ。ありがとう。

幸せになってね。




〈Fin〉

       

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