ダンジョンに自宅を召喚するスキルで自由に行き来してたらいつのまにか都市伝説扱いされていた件について

カオスマン

第1話

 毎日、毎日、毎日……毎日だ。

 俺はダンジョンに潜り続けていた。


 最初はバイト感覚だった。


 一八歳の秋、大学生だった俺は、学費と生活費を日々のバイトで賄っていた。


 しかし要領のいい脳みそなんて持ち合わせておらず、時間と単位が足りなかったので、効率のいい仕事を求めてダンジョン探索の免許を取ったのだった。


 仕事内容は極めてシンプルだった。


 ダンジョンにはモンスターが出現する。

 倒せばアイテムなどがドロップする。

 それを換金所に運ぶことで、うまくいけば結構バカにならない額が手に入るのだ。


 幸いにして、俺にはそこそこ適性があったようだった。

 そこそこのモンスターを倒して、そこそこのアイテムを売る。

 

 それだけでお釣りがくるくらい生活は潤沢さをみせていった。


 だから潜ったのだ。ひたすら。

 むしろ、ダンジョンに引き籠っていたに近い。


 外には複雑な人間関係、複雑なタスクに複雑な判断。

 比較すれば、ダンジョン内はおおよそ静謐ともいえる単純さがあったからだ。

 誰かの顔色をうかがうより、怪物の息の根を止めるほうがたやすかった。


 ……そんなことを繰り返していたら五年が経過していて。


 俺はいつしか社会的信用のない職業【ダンジョン探索者】になっていた。



 ♢ ♢ ♢



「辞めたい……」


 S区のダンジョンは下層に進むほど乾燥していく。

 どこまで降りたかはもう覚えていないが、見渡す限り砂漠が広がり、肌を焦がすような太陽光──に似たなにか──が降り注いでいるので、ひょっとすると深層にすらたどり着いているのかもしれない。


 五年やっていても慣れるものではなく、砂に足は取られるし、眼球が日光で刺されるような不快感はもうどうしようもないようだった。


 そのうえモンスターは見当たらず、さらに下層へ向かうための入り口を探してはいるものの、影も形も一向になかった。


「マジで、だめだこれ」


 気力が尽きてしまいその場に腰を下ろした。

 しばらくうなだれていても、状況は変わらずにただ在るだけだ。

 

 今日は運が悪かった、と自分に言い聞かせた。


 八時間歩き通して収穫ゼロ。

 運が悪いと納得するほかない。


 俺はスキル【自宅召喚】を使用し、帰ることに決めた。


 ……魔力があるダンジョン内でのみ、限定的に使用できる異能力。


 スキルとはそういうふうに解釈されている。


 理由は不明だが個人差があるものであって同じスキルは存在しないらしい。

 免許を取得する際、講義でゲノム解析と照らし合わせることにより、さらに不明点が増したと聞いた記憶がある。ようするになにも分らないということ。


 だからいま、砂漠の上に屹立する自宅の玄関扉がある理由なんて、だれにも説明できやしないのだ……。


 そんなことを考えながらドアノブに手をかけた、その時だった。


 どさり。

 背後でそんな音がした。


 振り向くと、砂埃が舞うなか……うめくような声がしていた。


「ぐうっ……うう!」

「……だれか落ちてきた?」


 べつに驚きはしなかった。よくあることだ。

 上層のトラップにかかり、ダンジョン内のどこかに飛ばされることなんて。


 ひどく砂に塗れていたので払ってみると、どうやら女の人らしかった。

 眩しさをこらえつつ空を仰ぐと、結構な高さに魔法陣が光るのが分った。

 二〇メートルはありそうだが……頑丈なんだろうか?

 水風船のように破裂していても不思議ではないはずだ。


 それに……周囲を妙なものが飛んでいた。

 スマートフォンに羽が生えたような……いや、思い出した。

 探索者が手放しで操作できるため作られた外部アクセサリだったか。


 なんだか通知音が騒がしいが内容を見るのは控えた。

 失礼だろうから。


 とにかく。

 帰ろうとしていたものの、こんな状態を放置できるほど薄情な人間ではない。

 こうした状況に遭遇したのは何度かあったが、そのたびに自宅を介して脱出させていた。


「大丈夫ですか?」


 と、声をかける。

 彼女は肺に空気が入らないような感じだが、応答はしていた。


「あ、あなた……あ、あ」

「落ち着いて。名前は言えますか?」

「周防……ま、マオ」

「周防さん。いまから安全な場所へ運びますから」


 彼女をやや乱雑に抱きかかえると、再度ドアノブに手をかけた。

 奇妙なことに彼女はその瞬間、俺を突き飛ばしたのだった。


「うわっ! なにするん……」

「ひっ!」


 怯えていた。

 瞳孔は開いているし、表情はこわばっている。

 しかしその視線は俺に向けられたものではなかった。


 辿ると、なにか異様で鋭利なものが扉に突き刺さっていたのだ。

 しかもちょうどさっきの俺の頭の位置くらいで。


「あ、うわ、あ、ありがとうございます……」

「や、やだ! もういやだ! まだ追ってくる!」


 半狂乱になっている彼女をしり目に正体を確認する。


「……」


 そいつはただ音もたてず、ミミズのような触手を密集させ、ひしめきあいながら蠢いていた。

 見ていると気分が悪くなってくるほど醜悪ななにかがそこにいた。


 ……俺は事態があまり呑み込めていなかったせいか、ウニとスパゲッティのキメラみたいだ、なんて能天気な発想をしていた。


「モンスター? ……っぽいけど」


 そう言葉にしてようやく吞み込めたような気がした。

 これだってダンジョンの構造と同じくして。 


 つまりシンプルに現れた。

 やっと現れた。

 八時間のフラストレーションが爆発した思いだ。


 その触手は湿り気を帯びながらズルズル動き回り始め、膨らんでは縮み脈動してはを繰り返している。彼女の目にはさぞおぞましく映っていることだろう。


 もうもうと砂煙が立ち込めてきた。


「いやあああああ!!!!!!」


 我慢ならない、といった様相で彼女は叫んでいた。


 でも俺は……食材の連想から。

 こいつを狩った金額と、夕食のメニューを決めあぐねていた。


 

 

 



 


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