第4話

翌朝、電話越しにした詰問をとりあわず、周防さん──マオマオちゃんねる──は「まあまあ、直接会ってお話ししましょうよ」と笑っていた。


 昨日の今日で怒る気力もなく、疲弊しきっていた俺は「それでいいです」とだけ言い、指定された場所をメモった。


 アパートから自転車を漕ぎ二〇分で、『カフェ』という個人経営の喫茶店に到着した。駅からやや近い、住宅街のひと気がない場所に立っているが、みすぼらしいわけでもない。むしろ静かで穏やかな雰囲気が感じられた。


「なにもなければこーいうところで本でも読みたいもんだ」


 と素直にそう思った。


 しかし……そのネーミングセンスはどうなんだ?


 金属製のドアベルが控えめに出迎え、カウンター越しに店主とおぼしき壮年の男性が鋭い目つきで俺を見つめた。


「いらっしゃいませ」


 低い威圧感のある声でそう言って、恥ずかしい話だが、委縮してしまっていた。

 愛想の悪い店主だな……なんて心中の悪態で平静を保っていた様は、客観視もできないほどなさけない。

 万年穴倉暮らしの俺には社会の荒波に揉まれる強靭なメンタリティは備わっていないのだ。


 さて入ったはいいものの……こういう待ち合わせというのはどうも経験が薄い。

 手持ち無沙汰にあたりをキョロキョロ見回してしまっていた……。店主は怪訝そうな視線を向けたが、すこしして納得したような表情になり、奥の厨房に戻っていったみたいだ。


 立ち尽くしてやや経つと。


「遠野さ~ん、こっちですよ」


 窓際の日が差し込んだテーブル席で、周防さんが手を控えめにフリフリと振り、満面の笑みを向けていた。


 やっぱり美人だった。


 ……席に座り、メニュー表を渡されたのでしばし思案ののち、どうやらパンケーキが絶品なようだったので、じゃあそれでと言う。

 そしたら「お父さ~ん、パンケーキだって」なんて店主にのたまうものだから、仰天した。ここは実家……?


「冗談はやめろバカ」

「ふふっ」


 というやりとりがあって心底胸をなでおろしたが、常連や顔なじみ程度の気安さはあるらしいからつまり、ここは彼女の土俵だということだ。


「いいお店でしょう?」

「まだコーヒーも飲んでないですよ」

「それもそっか」

「よく来るんですか?」

「たまにだけど、一〇年くらい通ってるかな」


 ……この会話だけで俺は敬語、彼女はタメ口みたいな関係性ができつつあるような気がして、尋問に近い感じのことをしにこようとしたのにそれではマズイと思った。


「チャンネル見たよ。マオマオちゃんねる」

「あらら……バレちゃった」

「バレるに決まってるじゃん……なんであんなことを?」

「あんなことって?」

「いや俺に断りも入れずに動画にしたことだよ」


 本当に分っていないのだろうか?

 そんなはずがなく、彼女のとぼけ方はどう考えてもわざとらしい。


「申し訳ないと思ってはいるよ……でも、遠野さんはいずれ同じような事態に遭遇してたよ。きっと」


 なにを言っていたのか分らなかった。

 俺はただ適当にダンジョン探索をしていただけだ。

 実益を兼ねた趣味というやつだ。


「そこのところが分らないんだけど……」

「え? どういうことなの?」

「いや、俺みたいなやつ動画にしても話題性はないんじゃないかな?」


 彼女はその発言を聞くと、信じられない……といったように目を丸くしていた。


「待って……わたしのほうが分らなくなってきた」

「たまたま助けただけだし」

「そう、そこだよ」

「俺は【扉の人】ってやつじゃないし、そもそもそんな人物知らない」

「ホントに言ってるの?」


 なんだか悩ましげに、彼女はおもむろとスマートフォンを操作しはじめる。

 気になるものの、話しかけづらい表情だったので、いつの間にやら運ばれてきたコーヒーを飲んだ。


 そのままで彼女はこう言ってきた。


「遠野さん、聞いてね。現在ダンジョンには配信者と呼ばれる人たちがたくさんいます。それは知ってる?」

「まあ、なんとなくは」

「ウソでしょ……?」

「五年くらいダンジョンと自宅の往復をしてたし、ネット自体は映画や音楽の鑑賞にしか使わなかったから」


 あきれた様子で彼女は続けた。


「……わたしはチャンネル登録者数四〇〇万人います。理由はいろいろありますが、可愛くて強いからです」

「自分で言っちゃうんだ」

「だってそうなんだもの……で、どのくらい強いかというと政府の定めた基準では【Aランク】です」

「上から二番目だっけ……」


 講習で受けたような気はするが……あまり意識することはなかった。

 俺は免許取得の際【Dランク】だったはず。


「そのわたしがまったく歯が立たなかった相手を遠野さんは一瞬で倒してしまいました。……あり得ないの。だから伸びた」

「そうなのか……」


 そういうことらしかった。

 実感はなかったが。


「それに、もうひとつ理由があります」

「【扉の人】?」

「そう。ダンジョンに関わる人なら大体は知ってる都市伝説」


 彼女はそこで顔をあげて、スマートフォンを手渡してきた。

 読め、と目が言っている。

 なになに……ふむふむ……と進めていくと、なんだか既視感のある話だった。

 読了し、大体の事情を把握した。


 スマートフォンを返し、コーヒーとともに事情を飲みこんで、一息つく。

 窓から外を眺めながら、ぼーっと整理してみた。


 そうか……なるほど。

 そうなれば、まあよく分らないがバズってやつが起こるのか。

 話題性はあるな……。

 たしかに何人かこんな感じで家に帰した。

 こんなことになってたんだなあ。


 ふ~ん。


 ……。


「え、俺って【扉の人】なの?」

「そう!」

 

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