第5話

 まったく自分のあずかり知らぬところでこう評判が立っていることが分るというのは、気持ちが悪いが、嬉しいのもまた否定はできなかった。


 ……複雑な心境だった。


「だから隠してるのかなって……まさか知らないとは思わなかったな」

「なるほどな。だからいずれこうなる、と」

「うん」


 周防さんは気まずそうに目を斜め下に向けていた。

 すくなくとも、罪悪感がないようではなかった。

 べつに怒ってるわけではないし、そんなものは気にする必要はない……といえるのはあくまで俺の立場が被害者だからなのだろうか。


 しばらく無言が続いた。

 その静寂を憤りと捉えたのか、周防さんは体罰を待つ子どものような装いでより下を向いていた。


「……まあ、納得はしたよ」

「ごめんなさい」

「悪気はなかったんだね」

「うん」


 辛気臭いな……なんだかこっちが悪いような気すらしてくる。


「気にしてないよ、べつに。怒ってない……むしろ周防さんみたいな人でよかったよ。いい人そうだし。だから、これで終り」

「……ありがとう」


 花がほころぶ、というのはまさしくこういうことなのか。なんてガラにもないことを思ってしまうくらい、周防さんの笑顔は輝いていた。

 こんな美人と知り合いになれただけでも御の字ってものかな。


 それに……国に探索者として登録されている以上はプライベートが保証されているなんてまったく信じちゃいなかったし。俺の推測でしかないが……個々の強大な力は統制と管理が間違いなく必要だから。


「にしても、これからどうしようかな……?」

「そのことなんだけど」


 俺の独り言じみたつぶやきに対し、彼女は小狡い狸みたいに機嫌を直すが早いか、名案を思い付いたなんてポーズを装い指を立てて言った。

 もともと持ち寄っていただろう案だということはたやすく理解できた。

 でも俺は流して「ほうそれは」と聞く。


「わたしの配信のお手伝いをよかったらしてほしいな」

「え?」


 なにを言っているかちょっと分らなかったが、もうすこし言葉を待ってみた。


「その……わたしが配信詳しいのは当り前のことなんだけど……これから遠野さんは色々なひとに注目されると思うの。経験してきた以上、これだけはいえるよ。配信者にはまともな人間なんてほとんどいない」

「ってことは周防さんもまともじゃない?」

「茶化さない。だから、わたしの隣だったらすくなくと、そうした対応はできると思うの。どう? 悪い話じゃないと思うな」

「ふ~ん」


 考えるフリをした。まあ、答えは決まっているようなものだし、そもそも周防さんはハナからそのつもりだったのだろう。

 つまり俺を周防さんの庇護下に置いてあげるからネームバリューを貸せ、ということなのだろう。

 抜け目のないひとだなぁ。

 

「……どういうことをするの?」

「それはまとめてきたから、この資料を読んで」


 彼女は持っていたバッグから相当厚い紙の束を取り出した。


「厚くないか?」

「わたしがいままでやってきたことが載ってるからね!」


 ぺらぺらと流し読み……膨大すぎてこの場で読みたくない。

 とりあえず家で読むことを伝えた。


「絶対だよ」

「はい……」


 ……アイスコーヒーを飲み干してしまった。

 もうやることもないし、そろそろお開きかな。


「じゃあ、会計してきます」

「え、ちょ、ちょっと待って」

「……? なに?」

「いやね、もうすこし、意見をすり合わせた方がいいかなあって」

「そういうのはまた今度でいいんじゃないか?」

「それは、そうなんだけど……」


 やけに歯切れが悪いなあ。

 明日からの生活に不安だし、早く帰って備えたい……。

 なにかあるのかな。


「ああ。なにか必要なものでもあるの?」

「……うん! そう、それ」

「たとえば、有名になったらこれだけはやっといたほうがいいってあるのかな」

「そ、そうだね! 変装とかはしといたほうがいいかも!」

「周防さんは変装してないみたいだけど」

「いまはここだから変装解いてるだけだよ。普段はこんな感じで」


 周防さんは後ろ髪をほどいて、フレームが赤色の眼鏡をかけ、前髪を目に掛けた。

 脱いでいた上着を軽く羽織る。

 そうすると、たしかに別人レベルで雰囲気が変わった。


「すごいなあ……こんなにも変わるのか」

「ふふん。……そうだ! いまから服買いにいこうよ!」

「え、急にだな」

「こういうのは早い方がいいよ!」

「そういうものかな」


 そういうものなのか? ……俺より長くこういう世界にいる周防さんがそういうんだから、間違いはないだろう。


「それとここでのお代はわたしが払います」

「そりゃない。出すよ」

「巻き込んだのはわたしだし、いまから服買うんでしょ? もったいないよ?」

「う~ん悪いなあなんか」

「全然いいよ。これから長い付き合いになるだろうしね」


 そういって店の会計を済ませた俺たちは駅に向かい、なんのこうの言い合いながら買い物をした。


 ……ちなみに彼女は俺のことを着せ替え人形みたいにして、楽しんでいた。

 俺は羞恥にもだえ苦しみながら、これからどんなことが起こるんだろうなあ、と茫洋に思った。

 

 

 

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