第6話
遠野さんには言ってなかったことがある。
わたしはべつに好き好んでダンジョン配信者になったわけじゃなかった。
わたしには両親がいない。
遠縁の親戚に引き取られ、そこで育ったのだ。
両親がいないのは物心つく前からのことだったので、それ自体は気にしていなかった。まだ幼かったものの「そういうこともある」と漠然と理解はしていた。
でも、やはり辛かったこともある。
居場所がなかったことだった。
私の親代わりだった親戚は八歳の時点で四人家族であり、わたしより下の姉妹がふたり。ともに仲が良かった。私を除いたら、理想の家族だったのかもしれない。
あらかじめ構成された集団に異物そのものであるわたしが……どういう経緯でそうなったかは知らないが馴染むというのは、どうしても無理なものだったのだろう。
二一歳のいまでこそ、犬猫じゃあるまいし、引き取ると決めたのならそれなりの体制で迎え入れなさいと言えるはずだが、当時は庇護者の手前、そういう感情を素直に表すのは難しいように思えた。
早い話がわたしはただ、空気のように迎え入れられ、空気のようにその場に存在していた、というだけのことだった。
だからなるべく邪魔にならないよう、静かに生活し、静かに出ていった。
それだけのために生きて、それだけのために死ぬつもりだった。
それだけのことだ。
ダンジョン配信もなにかの偶然で知って、たまたま始めただけのことにすぎない。
育ててくれたことにもちろん感謝はしている。でも、どうしても寂しさは拭えず、ときにはいまでさえ、記憶にない家族の靄のようなものが夢に現れ、聞き取れない言語で団欒を楽しむ、なんてこともある。
いつだって起きた時にはくだらないと一笑に付す。
期待はしていない。期待はしていないはずだ。
頭では分っていたから、わたしはずっと……ひとりでも大丈夫だと思っていた。
思っていたはずなのに。
……あの時。
あの怪物が襲い掛かってきたとき、わたしは心底『孤独』というものを実感してしまった。ひとりで生きていく様をだれかに見せて、その代償として金銭を受け取って。視聴者も相当いるはずなのに、孤独を感じた。
それどころじゃない状況で、流れるコメントにすがり、そして失望してしまった。
普段は有機的な気持ちで見ていた。
コメントひとつひとつにその人の感情があって……人間が打っている。
それは事実だし、だからまあ孤独だなんて思わなかった。
だけど、ふと「わたしが死んだら彼らはほかの配信に行くだけだ」なんてことが頭のなかをよぎったら、もうダメだった。
わたしはここで朽ちて、微生物や虫などに分解され原型もないほどになって……来年のいまごろはわたしの存在すら「ああそんなのいたな」で済まされるのか?
そんなことを思ってしまった。
驚いたことにそれだけでコメントは無機質な情報群に成り下がってしまった。
頭を疑うような気持ちで目を疑った。
でも、何度見てもそれは変わらなかったのだった。
わたしは半狂乱になりながら叫んで必死に「そんなことはない」と自分に言い聞かせたが、無駄だった。
孤独が襲ってくる。孤独が襲ってくる。孤独が襲ってくる。
死ぬことは怖くなった。でも、あのときは孤独で死にそうだった。
ようやく気付いた気がした……わたしはだれかに隣にいてほしかったのかもしれない、なんてことを。
だからあの砂漠で、遠野さんが助けに来てくれたときは心底安堵して、それだけでもう、死んでもよかった……なんて、我ながらよく分らないことを思って。
彼を手放したくなくなってしまったのだった。
そこからわたしはなかば無意識で遠野さんを撮影し、遠野さんのことを知りたくなってインタビューなんかをして……迷惑をかけてしまった。
家に帰って配信終了画面を見て、とんでもないことをしでかしてしまった……と、シャワーを浴びながら後悔していた。
わたしのエゴで彼を変なことに巻き込んでしまった。
だが「【扉の人】として、いずれこうなる」というのは嘘ではない。
あれだけの力を持ちながら、いままで注目もされないで、一介の探索者に甘んじている、なんてことは聞くまで考えもしなかった。
その光景を、つまりだれかほかの配信者の隣に立つという彼の光景を想像したとき、自分でも驚いたのだけど、すがすがしいほど明白に嫉妬してしまった。
彼の隣にはわたしがいたい。
なんだか納得した気分だった。
ああわたしの欲望がこんなところにあった……と。
いま彼はなにをしているのだろう?
明日からの配信にそなえ、資料を読んでいるのかな。
結構分厚い資料だったし、読めるか心配だな……。
買い物に付き合わせて、迷惑じゃなかったかな。
でも、あのとき焦っていた遠野さんはすごく可愛くて。
くすりと笑って気づいた。
ああ、まただ。
ため息をつく。
遠野さん、ごめんなさい。わたしは自分勝手な人間だよ。
言い訳はしない。謝っても許されることではないと思う。
「配信者にまともな人間はいない」
茶化さないの、と流したけどやっぱりその通りだ。
わたしだってまともじゃなかった。
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