第7話
1KのKとは『Kitchen』の頭文字である。
キッチンと生活スペースが別れている間取りを指す。
そのため料理の臭気などがつきにくく、落ち着いて生活できるといのが主な利点だ。
しかしこうも思う。
料理だって生活の一部なのだから、その匂いがつかないというのはどこか非人間的で無機質な装いなのではないか……と。
「遠野さ~ん。照明はこのクローゼットに置いておくね」
「はいはい」
ようするに区切だ。生活の区切。
正確には、時間単位の区切なのかもしれない。
休憩時間と活動時間。
その住居の持ち主の区切なのだ。
「それで……ええと、着替えは」
「着替え? 誰の?」
「わたしの」
「なんで?」
「必要だから。それとも気になるの? えっち」
「ふざけんな」
だから俺は、目の前の周防さんを招き入れたことを、いまでも不思議に思っていた。
あれから数日後。
やることもないし、日課で漫然とダンジョン探索をしていたら電話が来た。
「明日から活動します」
という内容だった。
俺は命の危機を味わうなんて大きな体験をしていたのに、もう日常に戻ろうとする彼女のバイタリティに感嘆したと同時に、ついにはじまったのかという倦怠感にも似たなにかを覚えていた。
反応もそこそこにして二の句を待っていたら、彼女は驚くべきことを言い出した。
「準備のため、明日の朝には遠野さんの家に行きます」
もちろん無理だと伝えたが、そんなことを言って素直に納得する人間ではなく、時刻午前八時。彼女は大荷物を持ってやってきた。
機材をはじめ、必要な物資がもろもろ入っているとは聞いたのだが。
さすがに着替えは予想外だった。
「……じゃあスペース開けるから待って」
「は~い!」
「まったく……」
不思議だった。
いままではひとりでも疑問を持たなかった。
ただ過ぎていく時間を、それこそ砂時計の落ちる砂粒を眺めるみたいな無感動さで生きていたのに、その五年間よりも今朝は長いような気がした。
「にしても便利だね。部屋のなかにあれば、いつでも持ち出せるなんて」
「それは、まあそうだね」
「わたしの私物全部移動させてもいい?」
「狭くなるからダメ」
♢ ♢ ♢
準備が終って午前一〇時。
そこから朝食を摂って正午一二時。
公共交通機関で移動して午後一時。
俺たちはダンジョンに到着していた。
M区のダンジョン。
S区とは違い森林が生い茂り、幻想的な雰囲気のあるダンジョンで、若者を中心にSNSをはじめ、人気のスポットである。
上層の安全地帯でのみなら、免許がなくてもガイド役がいるので案内してもらえる。ただし、念書はあるが。
……と、周防さんの文書にあったのを覚えている。
「助手くん!」
「……」
上層なんてもの、ほとんどすぐに通り過ぎてしまったから、あんまり気にしたことがなかったが、たしかに観光スポットとして人気は出るのかもなあ……。
なんてことをぼーっと考えていると、周防さんに肩を叩かれた。
「助手くんったら、聞いてるの?」
「え、俺?」
「そう。撮影の助手だから、助手くん。昨日考えておいたんだ」
「……なんでもいいけど、俺は周防さんのことなんて呼べばいいの?」
「それも考えといたよ。師匠って呼んで」
「……師匠」
「ふっふっふ……いい響きだね。じゃあこれ、はい」
彼女はそういって俺にあるものを手渡した。
お面……だった。
よく旅行先とかの免税店で外国人向けに販売されている、妙に和風なキツネのお面だった。
「なに? これ、被るの?」
「当り前だよ。ちゃんと渡した資料に書いてあったでしょ」
「そうだっけ?」
「マオマオちゃんねるのコンセプトってとこ」
たしかに書いてあった気がするが……。
俺は【自宅召喚】で資料を取り出し、読んでみた。
「……マオは中国語でネコちゃんのことである。そこから派生して、登場するキャラクターは動物をモチーフにする……」
「だからこれ被って。顔バレを防ぐためでもあるしね」
「いまさらじゃない?」
「動画ちゃんと見たの~? 一応モザイクかけてるから一般人にはまだバレてないよ。ダンジョン関係者なら色々辿っていずれ分るかもしれないけどね」
怖くてあんまり見てなかったけど、そうだったのか。
まあ、師匠がそういうならそうなのだろう。
とりあえず被ってみよう。
「……どう?」
「……ふふっ。……似合ってるよ。ふふ」
「ホントか?」
「うん……カワイイよ。ふふっ!」
「バカにしてないか?」
「い、いや! ただちょっと……コスプレみたいで面白くて」
「バカにしてるじゃないか!」
「あははっ! ごめんごめん!」
自分でやらせといて、なんて女なんだ。
「とにかく、今日はどうするの」
「自己紹介かな~。助手くんのことを紹介して、みんなに受け入れてもらうところからはじめるよ。そのあとはダンジョン攻略しながら、ご飯食べたりって感じ」
「ふうん」
自己紹介はともかく、普段俺がやってることと何ら変わりはしなかったから、そんなもので人気が出るものなのか、とすこし意外に思った。
「ダンジョンに潜れるってことは結構希少な能力なんだよ。助手くんには分らないかもね」
「うん、そうなのかもな……ところで、なんて感じでやればいいのかな」
「それは任せるよ。あんまり変なこと言わなければ大丈夫だから。じゃあ、そろそろはじめるよ」
「もうちょいなんかアドバイスとか……」
「大丈夫大丈夫。上手く回すから」
「不安なんだけど」
「それじゃ、スタートします。さん、にい、いち……」
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