第2話

 ダンジョン探索には危険がつきものだ。

 見たこともない建造物に生態系の目白押し。

 人類史を通してみても、解釈のしようもないような事象すらある。


 行きは危険。

 帰りも危険。

 すべては自己選択の自由によって解決される。

 生命活動の停止すらも。


 だから帰って残る情報は取りこぼしがある場合が多く、特に不明瞭な事象はなかば都市伝説じみた口ぶりで語られるのだった。


 たとえば「美女が九尾のキツネに変身する」。たとえば「雪山が急に晴れ、その空を飛ぶ人間を見た」。たとえば「H市の最下層にはお菓子でできた国がある」……。


 それらはみな脈絡のないものばかりで、界隈ではほとんどノイジーな嘘としてあつかわれているのだ。本気で信じている者なんていない。

 おそらく一部は、ダンジョンにも都市伝説があったほうが面白いだろう、などと興味本位の善意のような気軽さで吹聴してまわる不特定多数が犯人だった。


 しかし……なかには少しばかり信憑性のある都市伝説もあった。

 目撃者。つまり生還者が口をそろえてこう言ったのだ。


 内容は「深層に落ちた時、なにもない空間に扉が出現して出てきた人物に助けられた」というものだった。


 状況と情報は一致していても、都市伝説扱いには変わりはない。


 その人物が深層にひとりでいたという状況からしてあり得ないからだった。深層攻略というのは通常、組織立っておこなうものであり、遭難者イコール死亡者とカウントされるほど困難なものなのだ。


 そんな深層に、単独で……。


 「扉」の出現についても懐疑的な意見が多くあった。

 そんなバカげた能力は存在しない、と。


 だからそれは都市伝説として名前が付けられ、探索間の暇つぶし程度には語り継がれている。


 【扉の人】として。



 ♢ ♢ ♢



 結論からすれば、勝負は一瞬だった。


 【自宅召喚】は自宅をそのまま召喚するだけの能力ではない。

 『自宅にあるものすべて』を召喚することができるのだ。


 だから俺は、あのスパゲッティモンスターの中心に、あらかじめ冷蔵庫に用意しておいた神経毒をリットル単位で流し込んでやった。


 異変を感じたのか化け物はのたうち回りながら、次第に動きが鈍くなって……ぐったりとしたまま冷製パスタのように動かなくなったのであった。


 隣で叫んでいた周防さんはまだなにがなんだか分らない様子だったため、いま起こったことをすべて説明した。

 納得していないのか「あ」と「え」の中間にある発音でうなっていた。


「立ち上がれますか」

「すみません……ダメみたいです」


 彼女はダメージが回復していないらしく、仕方なしに抱きかかえることにした。


「とにかく、ここから出ます」

「いや、あの……その扉から?」

「そんな感じです。汚いかもしれないんですけど、我慢してください」

「ええ……」


 そうして扉を開き、自宅に戻っていったのだった。


 ……周防さんをベッドに寝かせ、ひとまずの応急処置をおこなった。

 帰れるようになったら帰すつもりだ。


 二、三言交わすと台所に向かい、もてなす礼儀として飲み物と軽食を用意した。


「粗茶ですが」

「ありがとうございます」


 先ほどまで状況が状況だったので気がつかなかったが……周防さんは美人だった。


 まだ砂が絡んできしんでいたが、それでも美しいとわかる黒い髪を後ろにまとめていて、小さい顔にバランスよく釣り目が配置されている。背も女性にしては高く、一六五センチほどはあるだろう。だから細い肢体がより細く感じる。


 ……なんとなくだが凛とした印象を受ける。


「あの……」

「あっはいなんでしょうか」


 なんてことを思っていたら、いきなり話しかけられたので驚いてしまった。

 キモい視線だって思われてないだろうか?


「お名前は……」

「遠野リョウです」

「リョウさん……ふふっ」

「えっ?」


 なにその意味深な笑みは?

 美人だから心臓が跳ねるような気持になってしまった。


 ……吊り橋効果ってやつか? ワンチャンあるか?

 なんて。


「いえ、今後とも仲良くしたい、なんて思いまして」

「えっ? えっ?」


 普通に動揺していた。

 特に他意はないが、コップの飲み口を注目してしまった。

 変な意図がないにしても、ダンジョンにこもってばかりで交友関係もせまい俺は、それだけでどこか緊張してしまっていた。


「あの……リョウさんのこと、色々知りたいんです。だから、聞いてもいいですか?」

「は、はい……いいです、けど」


 そういうと、彼女の表情がパッと明るくなって、スマートフォンをなにやら操作し、カメラを俺に向けた。

 あれ、もう回復してるんじゃないかこの人。


「なにしてるんです?」

「撮影ですよ。最近はこうやって撮るのが流行ってるじゃないですか」

「そういうものですか」


 そういうものなのか?


 そうして質問タイムが始まった。


 最初は「好きなタイプは?」とか聞かれたものだから「ポニーテールです」なんて答えていたものの、次第に雲行きが怪しくなっていった。


「あなたは探索者ですか?」

「あなたは何歳ですか?」

「深層には何回も潜っているんですか?」

「この空間は【スキル】ですか?」


 等々。


 俺は……もう騙された感覚を味わいながらも、律儀に答えてしまっていた。

 なんというか、それでもワンチャンスに賭けていたかった。

 だって美人なんだもの。


「それでは最後の質問です」

「……ええ、もうなんでも答えてやりますよ」

「あなたは【扉の人】ですか?」


 最後の最後だというのに、まるで要領の得ない質問だった。

 【扉の人】……? 聞き覚えがなかったので妙な顔をしていたと思う。

 忘れているだけかも、と頭をひねってみてもやっぱり分らないのだった。


 だから素直にこう答えた。


「なんですか、それ?」





 

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