第9話
受け入れてもらえるか不安だったが、反応は上々のようで、心中そっと胸を撫で下ろしたような気分だった。
フォロワーというのは不可解だ。
俺みたいな異物を前にして、画面越しになにを思っているのか……理解できなかった。
周防さんは木漏れ日の差す森のなかを、カメラに向かって笑顔を振り撒いて歩いている。その三歩後ろあたりを、気まずそうにしてついていく俺の無様は、彼らにとってどう映るのだろうか?
コンテンツになっているのか?
手伝うなんて気楽に言うもんじゃなかったかもしれない。もし周防さんに不利な行為をしでかしてしまったら……同時接続数にして三万人の証言者がいるということだし、もっといえば不特定多数の機嫌を損ねるだけであることないことを吹聴されてしまうのでは。
つまるところ俺は、とても緊張していたのだ。
「助手くんこれみて! サクラみたいな花が咲いてるよ……綺麗だね」
「そうだね……それはおそらく、岩桜だね。植物といえば植物なんだけど、葉緑体がそなわっている鉱物という認識のほうが近い……」
「へえ! よく知ってるね! ……じゃあこのミツバチみたいな花の植物は?」
「これは擬似餌ってやつだね。これを取りにきた昆虫とかを捕らえて食べるんだ。ハエトリソウの亜種かなんかなんじゃないかな」
『すごい』
『なんでも知ってるやん』
『ただのポニーテール好きじゃなかったんやなって』
『扉の人ってめちゃくちゃすごいのか?』
こんなオタク知識披露に対しても楽しそうに聞いてくれるなんて、周防さんや、マオマオちゃんねるの視聴者はなんていい人なんだろうか。
「ね〜これちょっと持っていってもいい?」
「いいよ」
「ありがと! いってきます」
「いってらっしゃい」
『これもうカップルチャンネルでしょ』
『脳が破壊されて気持ちがいい』
周防さんは岩桜をはじめとした綺麗な植物をいくつか採取しに行ったようだが、飛ぶスマホは俺のところに置いていったみたいだった。
「……」
『なんか言えw』
『無言は草』
『ホントに扉の人なの?』
『ポニーテール以外で女のタイプは?』
『みんなもう寝た?』
『好きな人いる?』
『俺B組の佐藤かな』
『俺にだけよさがわかるっていうか』
「修学旅行じゃん!」
『wwwwww』
『wwwwwwwww』
『wwwwwwwwww』
思わず突っ込んだ。
周防さんが帰ってくるまで場を持たせなきゃな。
「せっかくなんで質問答えていきます。……【扉の人】っていうのは知らなかったんだけど、多分俺のことだと思います。……ポニーテール以外でいうと身長が高めで、スレンダーな感じが好きです。寝てないです。好きな人はいませんが、彼女募集中です」
『タイプ答えてて草』
『それほぼマオちゃんだろww』
『スレンダーの人』
『とびポスの人←new!』
『寝てないのは見ればわかるだろw』
早く終らないかな……周防さんと違って俺は素人だし、すっごい恥ずかしいんだよな。
「みんなただいま〜って助手くんわたしの配信乗っ取らないでよ! これはわたしのチャンネルなの!」
「い、いやそんなつもりは」
『マオちゃん……いままでありがとう』
『これからここは扉の人チャンネルだあああああああああ!!!!!』
「う、うそでしょ……! 助手くんめ……」
周防さんは恨めしげに俺の方を睨んでいた。
……これでいいのだろうか?
♢ ♢ ♢
睡蓮の葉にカエルの鳴き声。
泥の臭いと静けさに裏打ちされたような、不穏ながらも神秘的な風景……のなかを、俺と周防さんは歩いていた。
地面は湿り気を帯びていて、一歩踏み出すごとに靴の端から水がほとばしる。
湿地バイオームに到着していた。
……俺はともかく、周防さんは歩きにくくないのだろうか?
「みんな見てみて! 湿地バイオームってはじめてきたよ!」
足元を泥まみれにしつつ、笑顔で配信を継続する彼女は、とてもタフだった。
湿度も高く、体感温度もそれなりにあって、蒸し暑いのによくやるよな。
「助手くん! それじゃネコを探しますか」
「はいはい……なにか、目処はあるんですか?」
「それがね、目撃情報によると……はい地図の裏めくって」
「ん……」
『すっかり板についてきたな』
どうやら、ファンシーかつ独創的でドヘタクソなイラストで分りにくかったが、しゃべるクロネコというのはここより下層に降りるための、洋館のような場所の付近にいるようだった。
その洋館というのは、ひどく真っ黒で、小学生が画用紙を適当に塗りつぶしたなんて想像をしてしまうくらいに……いやこれは周防さんのイラストに引っ張られてる気がするが、それほどまでに黒いようだ。
黒い猫に黒い洋館。関連性というか、因果を感じる。
「なので、その洋館を探そうと思うんだけど……」
「なにか問題でもあるの?」
「なんかね〜探索者情報網によると、最近妙なモンスターが出てきてるらしいんだ」
「というと……どんな」
「それが、女の子……の形をした、魔法使いらしいよ」
「それはモンスターなのか?」
「わからないよ。情報ではそうなってるけど……おおよそはダンジョンにいて、敵意を持っていればモンスターって断定されてるもの……」
その話を聞いて、俺ははっとした。
ダンジョンにいて、人間が怖くて籠りっきりだった俺だって似たようなものじゃないか?
「まあ、人間に化けるモンスターもいるからな……」
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