第10話

 大体三十分ほど探索したところ、なにやら物音……というか弦楽器を搔きむしったような気色の悪い音が何重奏にもなって聞こえてきた。


「なにこの音……?」

「分らない。けど、なにか気を付けたほうがいいかな」


 慎重に進むと、この緊張感とはとうてい似つかわしくない、とてもちいさな猫が一匹こちらを凝視しているのを見つけた。沼地に猫。本当にいるのかと内心いぶかしんでいたが、いるものだなと思う。


「わ、ネコちゃんだ」

「まだ生後一年も経ってない感じだね」

「うん……ちっちゃくてかわいいな。クロネコさんの知り合いなのかな?」

「……可能性はあるかもね」


 周防さんがその猫に夢中になっているのをよそに、俺はあたりを見渡す。

 すると、影のなかを緑色に怪しく光る球体がいくつも在るのが分った。

 地面からも、樹の上からも。隙がないような感じで。


 すると、気色の悪い音はぴたりと止んで、代わりにきしむ音が静かに満ちていった。


「なんだ……?」


 気味が悪い。いくつもどころではない。

 俺たちの周りを取り囲むように、一匹の生物のような規則性を伴って消えたり点いたり。

 目を凝らしてみると、その正体が分った。


「う……周防さん、ここはヤバい」

「どうして? ……こっちおいで~」

「周り見てくれよ」

「え? うわあ! なにこれ!?」

「これら全部……猫の目なんだ」

「う、うそ……」


『うわ……』

『こわすぎ』


 視聴者にも異様さは伝わったらしく、コメントでも困惑の声が上がる。

 猫というのは忘れがちだが、れっきとした肉食動物であり、去勢された飼い猫でさえ、狩猟本能にしたがって獲物をいたぶる習性がある。

 肉球でさえ、足音を殺す消音装置なのだし、縞模様も身を隠す迷彩。

 可愛い生物というのは人間の価値観だ。

 とんでもない。


 ここは胃袋のなかと相違はないように思える。

 ……いつか襲ってくるという予感に圧があった。


「どうする?」

「……続行するよ。いざとなったら助けてね」

「それはべつに問題はないんだけど、保証はできないよ」

「配信者だからね。それは道理だよ」

「そうですか……」


『マオちゃんってこういうとこあるよな』

『扉の人さん危なくなったら逃げてください』

『言い出したら聞かないもんな』


 周防さんと視聴者の関係はなんだか、保護者と子どもみたいな関係に似ているな。

 なにかあったら俺が追及されるんだろうか?


「にゃお」


 俺たちの動揺を切る子猫のひと鳴き。

 目的地に近づいているのはたしかなのだろう。


「なにか食べ物でも与えてみようか」


 そういって俺は、自宅に常備している猫用の餌を取り出した。


「それって……ネコちゃんがめっちゃ好きなやつだよね」

「そうだよ。猫が好きなやつを研究して作られたやつだよ」

「準備しといてよかった~……あれ? わたしそんなの持ってきてないよ」

「……とにかくあげてみるか」

「もしかして、普段からネコちゃんに餌あげてるの」

「……とにかくあげてみるか!」


『wwwwww』

『まさかのネコ好きwwwwwwwww』


 ネコがめっちゃ好きなやつの封を切り、鼻先に近づけてみる。

 子猫は近づいてきて、ニオイを嗅ぐと内容物をぺろぺろ舐めだした。


「わ~食べてる……カワイイね!」

「よかった……」

「わたしがあげても食べるかな」

「どうぞ」

「ありがとうございます」


 ネコがめっちゃ好きなやつを周防さんに渡した。

 ……緑の光はなにもなかったかのように消えていた。

 試されていたのか? ……そして、許されたのか?


 よくわからないが、異様な圧はどこかへいった。


「あ、なくなっちゃった……」

「にゃおん」

「ごめんね……もうないの」

「あるよ」

「え?」

「あと五〇食くらいはある」

「……相当だね。ネコ好き」


 だって好きなんだもん。


 ……子猫は満足したのか、ふいと首を振り、どこかへ向かっていくような素振りをみせた。

 ぼーっと見ていたものの、途中で振り返って凝視してくる。


「ついてこいって言ってるのかな?」

「そうみたいだ」


 猫の後を追うと、先に進み、また同じことを繰り返す。

 アキレスと亀みたいな構図だ。


「……ねえ、この先になにかあるのかな」

「素人意見だけど経験則に基づいていうなら、ダンジョンのなかに満ちている魔力の作用で生物が変化したことによって独自の生態系が生まれているんだと考えてる。植物も鉱物も、生物も……つまり、この猫だってそうだ」

「急にどうしたの」

「意識を持つ鉱物だっている……ゴーレムは見たことあるだろ? 有機体でもないのに、なぜそんなことが成立するんだと思う? ……魔力そのものに意識が宿るんだとしたら……。いいや、俺が言いたいのは、それらに恣意性があってもおかしくないってことだ」

「……?」

「ようするに、なにかあるってことだよ」


 上着のポケットに入れておいた手のひらサイズのメモ帳に、その発想を書き込む。

 この猫そのものに知能がどれだけあるかは分らないが、先ほどから猫の軍勢に統率が取れすぎている。

 なにかに操作されているみたいだ。


 しゃべるクロネコ。リーダーなんだろうか?

 しかし、もっと発想を飛躍させれば……。

 ふいに少女の魔法使いの噂が頭をよぎった。


「……それならそうと素直に言えばいいのに」



 



 

 

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ダンジョンに自宅を召喚するスキルで自由に行き来してたらいつのまにか都市伝説扱いされていた件について カオスマン @chaosman

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