君の異能がわかったとして

君の異能がわかったとして

「初詣に来たはいいんだけどななくん。やっぱり微妙な時間じゃない?」

 一月一日午前六時半。

 僕とさほりんは近所の神社に初詣に来た。

「微妙? 朝が早いことは認めるけれど、神様だって朝イチの方が願い事叶えてくれそうじゃない? 寝ぼけてるから」

「神様の寝ぼけにベットしたのかよ。ななくん絶対ギャンブルはやらないでね」

 それに、とさほりんは言葉を続けた。

「神様のミスを期待するのなら、昨晩――本当に日付が変わった瞬間に行ったほうが良かったんじゃない?」

「どうして?」

「深夜テンションで願い叶えてくれるかもしれないじゃん」

「神様の深夜テンションにベットするさほりんも大概だよ!?」

 僕が早朝を指定したのには理由があった。

 この神社は僕たちの通う桜塚北高校からそう遠くないところに位置しているのだけれど、県内でもそこそこ有名な神社だった。だから市外からの訪問者も多く、日が変わる瞬間や元旦の昼前はそこそこ混雑する。

 僕は別に混雑が嫌なわけではない。なんならそれも初詣の醍醐味のひとつだろう。ほら、はぐれないように手を繋いでみたりさ! うん、年越しから一睡もしていないのでテンションがおかしい気がする。


 僕が嫌だったのは、知り合いに出会うことだった。

 日が変わる瞬間は、クラスメイトや後輩たちが集団で年越しをしている可能性が高い。そして朝ご飯以降は家族連れで初詣に来る知り合いがいてもおかしくないだろう。

 だから僕は、一番同世代が少なそうな時間を狙った。

 その予想は的中して、人自体はそれなりにいたものの高校生の姿は少なかった。

「これくらい朝が早いと人は少なそうだからさ。それだけだよ」

「ふぅん」

 僕たちは右足で鳥居をまたぎ、に向かう。

「賽銭箱のことお金を入れるところって言うのやめなー?」

「賽銭箱にお金いれた後ってどこ行けばいいかわかんないよね」

「お参り関係の所作がわかんなくなったら神社のスタッフさんに聞けばいいんだよ」

「賽銭箱の近くにいた人に聞いたら『それはわかりませんが、みなさんあちらに行かれますね』っておみくじ引くところに誘導されたことある」

「三店方式じゃないんだから!」

 僕は財布を確認して五円玉を取り出した。さほりんもそれに倣う。

「ん、ななくん五円玉もう一枚ない?」

「あーごめん、ないや。でも十円でもいいんじゃない?」

「十円は遠縁ってよく言わない?」

「十分な縁があるとも言うよ」

「うまいこと言うね。結婚式のご祝儀もそれでいいかな」

「いいわけないだろ馬鹿。十円だと二で割り切れちゃうだろ!」

 お金を入れて二礼二拍手一礼。


 目を閉じて、神様に語りかける。

 特にこれと言った宗教を信仰しているわけではないけれど、こういう時はついつい神様に語りかけてしまう。


 ――神様。一昨年と比べたら去年はかなりいい一年でした。さほりんと出会えたし、新しいクラスは楽しかった。同じような能力者とも出会えて、みんなが僕に感謝をしてくれた。僕の方こそありがとう、なんだけどね。

 さて、今年はイベントが盛りだくさんです。受験に新生活。他の能力者とも出会うかもしれない。そのどれもを僕なりに全力でやっていくので、今年もそれなりに見守ってくださると嬉しいです。じゃあ、また来年。


 目を開けて、息を吐く。

 さほりんはとっくに祈り終えていて、端っこに捌けていた。

「長かったね、ななくん。何をお祈りしてたの?」

「ひ・み・つ♡」

「わかんないけどそれって私がやるべきセリフじゃない?」

「む!」

 僕は拳をぐっと握って問いかけた。

「さほりんこそ何をお祈りしてたの?」

「楽しい一年になりますようにって」

「言うのかよ」

 けらけらと笑いながら二人でおみくじを引きに行く。

 受付の人に百円を渡して、の中に入っているを回す。

「御籤筒のことおみくじルーレットって言うのも御籤棒のこと割り箸モドキって言うのもやめなー?」

 がらんがらん。


「五番と四十八番をお願いします」

「はーい」

 紙を受け取る。

「セブンスターとか来なくてよかったね」

「コンビニの煙草の番号じゃないんだから」

「あ、僕、おっ!」

「喘ぐな。よかったの?」

「うん。大吉だって!」

「よかったわね。あ、私も大吉」

「やったじゃん!」

 僕はさほりんに向けて手をあげた。

「ハイタッチしよう」

「いえーい」

 パチン、と乾いた音が響く。

 これでもう初詣でやることはない。火を見たり甘酒を飲んだりは、まあいい。

「じゃあ、帰ろうか」

「そうだね」

 二人で鳥居を左足でまたいで、駅まで一緒に歩いてく。


 その間ずっと僕たちは他愛もない話をしていた。

 クラスの話、能力の話、受験の話、二人が出会う前の話。

 最近見た動画。SNS投稿。映画や小説。

 もともと僕たちは図書館で出会った仲だ。特に最後のテーマが一番盛り上がった。

 でも僕は、まだ本当に伝えたいことを伝えていなかった。

 駅に着く。

 僕はポケットの中のおみくじを軽く握りしめて、内容を思い出した。


 ――恋愛運:今の人が最上、迷うな


「……言われなくても」


「なに、何か言った?」

「いや――あのさ、さほりん」

「なぁに?」

 僕がゆっくりと大きく息を吸ったのを見て、彼女は何かを察したのか、小さく首を傾げた。


「僕さ。もう君にはさんざん心を読まれて来たからとっくに気付いてると思うんだけど――」

 心の底から思っていることを伝える。真実を、伝える。


「僕は、さほりんが好きです」


 それを聞いて俯いたさほりんの口元が緩んでいるのがわかった。

 彼女が手で顔を覆う。

「あは、ななくん。ありがとう」

 覆われた顔の隙間から、照れたような声が聞こえてきた。

「ど、どういたしまして?」

「私も好きだよ」

「うん。


…………うん?」


 それはあまりにもサラッとした返事だった。

「別にななくんも気付いていたでしょう。私、隠すなんてできないし」

「……まあ、確かに」

 でも明言はされたことがなかったから、今の今まで確信はなかった。

 言葉を飲み込むのに時間がかかる。

 僕はさほりんのことが好きで、さほりんも僕のことが好き。

 つまり――両想いってこと!


「じゃ、じゃあさ、さほりん」

 付き合おうと言いかけたところで、彼女は僕の前に手を突き出して、僕の言葉を遮った。

「今日はここでおしまい」

「……な、なんで?」

「ここで交際を開始したら、君の受験のモチベーションに影響しない?」

「っ……影響……しないもん!」

「私に対して嘘吐くなんて、その度胸だけは認めてあげる」

 さほりんの言う通り、正直付き合えたら彼女と同じ大学に行かなきゃいけないっていう強い気持ちが薄まる自信はあった。

 だから彼女の言うことは正しいだろう。

 正しいけど。


「別に君が落ちたら付き合わないとか思ってないよ。別の大学に行ってもななくんを逃がす気はないし、本当は今すぐに抱きしめたい。それくらい君のことが好き。でも、ここでそんな関係になって結果が駄目だったらさ、できる?」

「……いいや」

 僕はゆっくりと首を横に振った。

「さほりんの言う通りだね」

 結果が出るまでは、受験に集中する。

 その後いっぱい遊ぼう。


「でもさ、さほりん」

 彼女が僕の方を見る。

「ちょっとだけ、抱きしめるくらいはしていい?」



**



 最強の異能とは何だろう。

 天曳の力と相対する度、僕が考えてきた問である。

 

 その答えはまだ出ていない。

 人の心を読む異能も、時間を止める異能も、完全に姿を消す異能も、状況によってはどれも最強の異能になり得るものだ。

 能力を認識する能力が最強じゃないことだけはわかるけれど。


 だって僕は、自分の母親の、さほりんの、初瀬の、篠田先生の、五反田の異能がわかったとしても、その異能に対しては何にもできない。無効化もカウンターもできない。

 でも僕は、そのどれもを乗り越えてきた。

 いろんな人の力を借りて、乗り越えてきた。


 この先、真に最強の異能と出会っても、その他のどんな困難と相対しても、僕たちなら乗り越えていけるんじゃないかな。

 乗り越えていけるといいな。


 腕の中の彼女の頭を撫でながら、僕はそんなことを考えていた。

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君の異能がわかったとして 姫路 りしゅう @uselesstimegs

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