四、割れ輝き

 帰りの道すがら、左膳は悩みに悩んだ。


 いっそ奉行所に自首するか。荒唐無稽すぎて追い払われるのが落ちだろう。


 何者でもなく何者にもなれない立場の滑稽こっけいさは、まさに錬金術とやらのそれと大同小異だ。質屋の主というのは、為吉がこしらえた虚像にすぎない。いわば左膳は、質屋というめっきをほどこされた卑金属だ。その意味で、客が持ちこむ鍋や釜に応じて金を貸す商売は皮肉としかいいようがない。


「旦那様、お帰りなさいませ」


 さんぜんやの表門を開けた直後、幸助がいつものようにお辞儀した。


「うん……ああ、ただいま」

「おはまは用事ででたきりです。昼は作ってあるからということでした」

「用事」

「はい、ほうきを買いに……金時様までいくとか」

「金時……」

「古い神社の境内で市が開かれるというお話です」


 もう迷う必要はない。


「幸助、俺はまた外出する。昼は一人で適当に食え。夜まで待って俺が帰らなければ、俺の昼をそのまま食え。この季節なら傷みはするまい」

「かしこまりました」


 いちいち余計なことは聞かず、幸助はうなずいた。


 左膳はすぐに土蔵から行李をだしにいった。馬にでものっていきたいが、現地での人目を減らすためにもあえてゆっくりいかねばならなかった。


 昼下がり。金時権現の近くには誰もいなかった。それでいて、おびただしい血の臭いを左膳は察知していた。隠してはいるが、死体の五つ六つは竹林にでも転がっているのだろう。


 行李から狐面をだしてかぶり、村正を抜いて右手に握りつつ鳥居をくぐった。と同時に花火が間近で鳴ったような音がして、額を思いきり殴りつけられたかと思うと左膳はばったり倒れて気を失った。


「これ。おい、そろそろ起きぬか」


 武家言葉とともに、左膳は背中を小突かれた。あわてて起きようとしたが、両手両足を縛られて床に転がされている。額はむきだしで、狐面はどこにもない。


 金時権現の拝殿に囚われたのは、見ればわかった。うつぶせになってぴくりとも動かない身体が二つ。衣服からして、為吉とおはま……いや、みみずだ。ずっと変装して左膳を監視してきた。うらみは湧かない。見守ってくれていたとすら思った。


「みみずめ、わしをたばかりおって。さっさとお前をこうしておればすんだのだ」


 右手に短筒たんづつを握って胸をそらしているのは、頭巾姿の武士だった。為吉より背が低く、そのくせ腹の横幅は左膳と為吉をあわせたくらいに広い。身なりは地味だが刀の柄頭には金箔が張ってある。短筒は火打石を使って点火する様式で、単発だが火縄式よりは短い時間で撃てた。


「外浜道舟だな」

「気安くわしの名を語るなっ」


 つまらないことで容易に激昂げきこうした道舟は、左足で左膳の額を蹴飛ばした。大した痛みでもなし、むしろ歓迎だ。相手の正体がわかったのだから。もっとも、父の仇とは意識しなかった。


「わしの問いかけに答えよ。お前はわしの部下だった滝戸のせがれだな」

「そうだ」


 素直に答えていい質問は、むしろあっさり認めた方がいいだろう。


「ならば、滝戸が贋金造りと称して錬金術を用いたことも知っておろう」

「そうだ」

「よし。その要領をわしに教えろ。さすれば生かしてやる」


 知らないことは答えようがない。


「どうした、命が惜しくないのか。申しておくが、お前のちっぽけな質屋などいつでも奉行所をつうじて潰してやれるぞ」

「村正に秘密がある。俺の教えるとおりに鞘をたしかめれば記してある」


 左膳はでまかせを口にした。とにかく身近な場所まで得物をもどさないと話にならない。


「よかろう」


 短筒を左膳に突きつけたまま、道舟は左手で懐から村正をだした。歯で柄に噛みつき、そのまま引き抜こうとする。顔の動きにあわせて銃口がぶれた。


 身体をエビのように曲げてから、左膳は床のうえで縛られたまま独楽こまのように一回転した。そこでつけた力を用いて道舟の脛を蹴りつける。


「ぐわぁっ」


 脛、すなわち弁慶の泣きどころ。いきなりやられては痛みに耐えられない。余計に手ぶれがひどくなった状態で短筒の引き金を引いたものの、弾丸は虚しく壁を貫いただけだった。


 さらに。倒れていたおはまことみみずが、いきなり起きあがるや否や手にした棒手裏剣を道舟のこめかみに撃ちこんだ。


「うぐうっ」


 短筒も村正も落として、道舟はこめかみに刺さった棒手裏剣を抜こうとした。左膳はすかさず村正をくわえ、背筋の力で跳ねあがりざま道舟の首筋に切っ先を突きいれた。頭巾の布地など気休めにもならない。


「ぎゃあーっ」


 天井にまで血飛沫を噴きあげ、道舟はがくんと膝頭を床につけた。そのまま白眼をむいてこと切れた。


「みみず」


 村正をはなして、左膳は師匠に注目した。


「為吉は本当に死んでいる。道舟の護衛どもはかなりな手練れだった」


 そう答えつつ、みみずはたちあがった。二つ目の棒手裏剣の狙いをぴたりと左膳の喉元に据えて。どのみち左膳は手足を縛られたままだ。


「師弟のよしみで、最期に一つくらいは願いごとを聞いてやる。助命以外のな」

「ならば、狐面を見せてくれ」


 手足が自由であっても、みみずにかなうとはとても思えない。せめて、村正とともに自分を縛りつけてきた代物を目にしてから死にたかった。


「いいだろう。少し待っていろ」


 みみずは一度拝殿をでて、すぐ帰ってきた。両手に弾丸の力で割れた狐面を持っている。


「待て。師匠、割れ目になにかある」


 さすがのみみずも気づかなかったようだ。真っ二つになった狐面の、左手に持っている側の破片。ちょうど額にあたる部分の中に小さな金色の粒があった。


 みみずは左膳をたたせたまま、指で粒を引っぱりだした。


 金色に輝く豆観音。みみずの親指ほどの大きさをしている。


化金石かきんせき……こんなところに」


 みみずは、左膳を一瞬にせよ忘れて豆観音に見いった。


「化金石とは」

「別名を賢者の石という。たとえば、これと鉄を同じ坩堝るつぼにいれて加熱すれば鉄は純金になる。観音はなにも変わらぬ」

「な、ならばこれは……」

「そう。これこそが、我らの父が残した秘術」

「我ら」

「私とお前は、腹違いの兄妹。私は長崎に生まれ、母から化金石について聞いていた」

「そ、そんな馬鹿な……」

「私は、父には自分が娘とは一言も教えていない。ただ、父がお前に狐面を託したことには嫉妬した」

「それで、どうしたいのだ」

「これは私が預かる。私はこのまま忍者を抜ける。お前はただ、質屋として生きればよい」

「だ、だがそれだと師匠は……」

「もう師匠ではない。むろん、兄妹でもない」


 みみずは観音をしまい、入れ違いに手のひらに収まる小さな白い玉をだした。


「さらばだ」

「待て、まだ……」


 みみずは白い玉を床に叩きつけた。たちまち乳白色の煙幕が辺りを押し隠し、それが晴れると彼女の姿はどこにもなかった。


 虚しく宙に手を伸ばそうとして、左膳は手足が自由になっているのに気づいた。


 みみずーっという左膳の叫び声が、拝殿を揺るがせた。


 終わり

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きつね観音逆めっき マスケッター @Oddjoh

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