第42話(最終話) 麗と翔の告白
おれと麗は屋上のフェンス超しに見える街を眺めていた。
あの辺、おれの家だな。
あれが小学校、よく行った公園はあっち。
……ってヒマだな。
麗はなにもいわないからだ。
自分で、「話さない?」っていっておいて。
それともおれからの会話待ちか?
麗は話があるんじゃなかったのか。
それとも青山と両想いになったことを報告されるのか?
麗の口から聞いたら、ショックで寝込む自信しかねえ。
そんなことを考えていると、麗がようやく口を開いた。
「ねえ、遠距離恋愛ってさ、どう思う?」
「は? 遠距離恋愛?」
「そう。翔は、遠距離恋愛ってアリ?」
「……両想いならアリだけど、片思いなら辛いかな」
「だよね。でも両想いでもなかなか会えないのは辛そう」
「そうだな」
「だからね、やめることにしたの」
「なにを?」
「研究所で働くのを、やめるの」
そういった麗の横顔はどこかホッとしているようだった。
「え、だって、発明、やりたいんだろ? 」
「そうだけど。趣味を仕事にするのはちょっとねえ」
「そこかよ?!」
「翔は好きなことを仕事にできるタイプみたいだけど、わたしは発明は仕事にしたら嫌になりそう」
「まあ、仕事にしたら自由にできないわな」
「うん。それに、おじいちゃん絶対にその場のノリでいってるだけだよ」
「孫の大事な進路をその場のノリで決めるなよ……」
「そういうおじいちゃんなの」
麗はそれだけいって笑う。
「まあ、麗の祖父らしいか」
「ただ、わたしが本気で研究所で働きたいっていえば、歓迎してくれると思うよ」
「そうだろうな」
「でも、やっぱり高校は卒業しておこうと思ったんだ」
「一昨日といってることぜんぜんちがうな」
おれが呆れながらいうと、麗は少しだけ黙り込む。
「うん。だって、昨日ずっと考えてハッキリわかったんだもん」
「なにが?」
おれがそう聞くと、麗は何かをいいかけてやめた。
「そんなことより、翔は屋上になにしにきたのよ」
「今さらそれ聞くのか」
「うん。気になる」
麗が真面目な顔でいうので、おれは息を吐いてからいう。
「麗を、止めようと思った。行くなって、学校にいてほしいって伝えにきたんだよ」
「本当に?!」
麗が目をキラキラと輝かせる。
「うん。本当に」
「うれしい! すっごくうれしい!」
「でも、まさかそれで麗と青山の告白シーンに遭遇するとはな……」
「えっ? 告白?」
麗が首をかしげる。
「青山が麗にしてだろ? いや逆か? なんかもうどっちでもいいや」
「してないよ。青山くんには、『未来人のギャル』のことは教えけど」
「ああ。あれか」
「で、ついでに研究所で働こうと思ってることも話したの。そしたらさ」
麗はそこで言葉を切って、強い風になびく髪の毛を手でおさえる。
今日は染めていない真っ黒の髪の毛。
まるで昔の麗を思い出す。
「『それなら本野に想いを伝えてから行きなよ』っていうのよ」
「えっ?」
なんだそれじゃあまるで……。
「青山くんにはバレてたんだ。わたしが翔を好きなこと」
「えっ、おれを……好き?」
おれがおどろいていると、麗はうつむいた。
「じゃあ、『わたしも好きだよ、青山くん』ってのは……」
「いやだもうー! 聞いてたんだ! あれは青山くんへの告白じゃないよ!」
麗は頭を抱えて、それからまっすぐにおれを見た。
「ちがうの。あれは、」
目を伏せた麗に、おれはこぶしをぐっと握る。
いわなきゃ。
こういう時こそ、いわなきゃ。
おれが口を開いた、その時。
ペペルペルペルペペルポー
おかしな音が鳴り響く。
あ、これおれのスマホの音だ。
電話がきたんだ。
なんでこんな時にタイミング悪いな。
電源を切ろうとして、電話をかけてきた相手を見る。
担当編集だった。
「電話、でなよ」
そういって麗が笑った。
まあ大事な電話かもしれないしな。
おれは電話に出た。
『あっ、一ノ瀬さん、今は大丈夫ですかー?』
久々に聞く担当編集は、異様にテンションが高かった。
「はい。一応」
『すみませんね。ワンチャン休み時間かな、と思って』
「まあ、自習中です」
『実はですね、黒ギャル探偵が①~③まで重版したんですよ!』
「えっ? 本当ですか?」
『はい! しかももうひとつ、大ニュースがあるんです』
「なんですか?」
いつのまにか麗も真横で話を聞いている。
この担当、めちゃくちゃ声が通るのだ。
だから麗にも聞こえるのだろう。
『ぼく、婚約が決まりましたー!』
ずっこけそうになった。
麗がおれのスマホをにらみつける。
すっごいどうでもいい!
おれも麗もそういいたいだの。
「……おめでとうございます」
『それからついでに、黒ギャル探偵のコミカライズの話もきてます』
「へー。って、え?」
『うちの会社はコミカライズからアニメ化になる可能性高いですよー。これはまた売れますね!』
「まじですか……」
『まじです。あっ、でもそろそろ④の改稿は送ってください。初校がひどかったんで、まだまだ改稿しないといけませんからねー』
担当編集は笑いながら電話を切った。
なんかものすごく邪魔をしてくれたが……。
いい話だった。
おれ、もしかして良い波がきてるのでは?
よし、このまま麗に告白しよう。
「おめでとう! 黒ギャル探偵重版、しかもコミカライズ? 近いうちにアニメ化もしそうだね」
麗がそういって笑う。
「ありがとう。それで、その」
「きっと林檎ちゃん、喜んでくれるよ」
「まあ、姫宮は読んでくれてるみたいだからな」
「それもあるけど」
麗は眼下の街並みに視線をやってから続ける。
「林檎ちゃんは、翔のことが好きなんだよ」
「はあ?」
「だって、林檎ちゃん、異様に翔にだけ突っかかるのは、やっぱり好きだからだよ」
「いや、それはないだろ」
「家の前で林檎ちゃんとキスしそうになったくせに……」
「そんなことしてないけど」
「したじゃん。ゲームの中で。結局は頭突きだったけど」
「あれか! あれはそもそも麗のシナリオだろ?」
「そうだけど……。林檎ちゃんなら翔にキスするかもしれないって気持ちがあって、でも、いざ翔にキスさせようとしたら絶対に嫌で、ゲームでも嫌で、頭突きに変えたの」
麗はそういうと、少しだけ笑う。
そうか、じゃああのとゲームで麗がなんだか変だったのは、毒リンゴへの嫉妬?
いや、まてまて。
あれはあくまでゲーム。
そうはいっても、制作者の気持ちってのは反映されてしまうのもわかる。
だから、おれはとびきりの告白をすることにした。
「黒ギャル探偵の主人公の黒珠は、麗がモデルだ」
「へー。そうなんだ」
「おれ、処女作の主人公のモデルは、初恋の女の子にしようって決めてたから」
「へー……って、は、初恋いい?!」
麗がそういって、信じられないようなものを見る目をした。
おれは勢いをつけていう。
「おれは、今も麗のことが好きだ」
「……え」
「好きだ。かっ、彼女に、なってほしい」
「えええええええええええええええ」
麗の絶叫は、冬の空に響いた。
「じゃあ、それだけ」
立ち去ろうとするおれの腕を、麗がつかんだ。
そして頬を真っ赤にしていう。
「わたしも好きだよ。ずっとずっと好き」
その言葉に、おれは今まで味わったことがないような高揚感を得た。
体がふわふわする。
足が地面から十センチくらい浮いていそう。
麗とつないだ手が、熱を帯びていく。
「両想い、だったんだね」
麗がとびきりの笑顔を見せた。
その笑顔は、キラキラと輝く宝石のようだ。
麗とつないだこの手を、二度と離さない。
おれは、そう心に誓った。
「ねーねー、今日の放課後さあ、カラオケ行こうよ。歌がうまくなるマイク発明したんだ」
「お、いいな。でも、その発明大丈夫なやつか?」
「わたしの発明で危険なものはないよー」
「うそつけ」
「あっ! そういえば、心の洗濯機を直したんだけど、入る?」
「怖いから嫌だ」
「まーまー、そういわずにー」
おれと麗は自然と足が化学準備室Ⅱへ向かっていた。
どうやらおれは、麗の彼氏になっても実験台の日々は続くらしい。
おれの人生、案外、良ゲーかもな。
これからおれは、この人生を神ゲーにしていくんだ。
「ねえ、翔ー。わたしさっきのこと間違えて黒歴史消しゴムで消しちゃった」
「は? さっきって?」
「どれだかわかんない」
「ホワイト消しゴムは?」
「あー。なんかねえ、ずーっと見つからないの」
「わかったよ、探すよ」
おれは化学準備室Ⅱでホワイト消しゴムを探す。
すると、「あっ」という麗の声と共に、頭に何か液体がかかった。
急に頭が涼しい。
触ってみると、頭の毛がなくなっていた。
「ごめえええん! 髪の毛伸びなくなる薬おとしちゃった!」
「伸びなくなるどころかハゲたぞ! おいどうしてくれるんだよ!」
「あーじゃあ失敗だなあ、これ」
「おい、ハゲ直してくれ」
「大丈夫。二週間ぐらいで元通りになるから」
「いやだ! 直す薬とかないのか?!」
「うーん。今からがんばってつくれば一カ月くらいでできるかも」
麗の言葉に、おれは額に手を当ててつぶやく。
「人生、やっぱクソゲーだわ……」
おわり
幼なじみはマッドサイエンティスト 花 千世子 @hanachoco
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