第41話 告白
ぐだぐだな気持ちのままで、月曜日を迎えた。
学校へ行けば、姫宮林檎はおれのファンというわけではないし、リズとリサの恩人はおれでもないし、青山は麗のピンチに駆けつけてくれるような仲間でもないことを思い知らされる。
いや、あれゲームの中の話だしな。
ってゆーか、ゲームの記憶を現実に持ち込むとか、やっぱあのゲーム良くないと思うんだが……。
教室を出て化学準備室Ⅱにも行く気になれない。
廊下をぶらぶらしていると。
誰かと肩が思い切りぶつかった。
「いってぇなあ」
そういって絡んできたのは、二年生の男子。
イケメンだがものすごく性格が悪そうな表情でおれをにらみ、肩を抑えている。
「すみません」
おれがとっさに謝罪をすると、二年生はいう。
「はぁ? それだけで済むと思ってんのか? 慰謝料よこせ」
普段のおれなら、土下座か財布を渡すところだが。
今のおれは結構腹が立っている。
自分にすごくムカついている。
麗になんて声をかけてやればいいのかわからない自分に。
それに、おれは一度死んだ男だ(ゲームだけどな!)
こんな奴、ぜんぜん怖くねえ。
「絶対にいやだね」
おれがそういうと、「ふざけんな」と胸倉をつかまれる。
「金を出せ、金をよお!」
「出せないね。どうせロクなことにつかわねーんだろ」
「はぁ? アカリと明日デートすんだよ! その金よこせ!」
「デート代くらい自分でどうにかしろよ……」
おれが呆れていると。
「こいつふざけやがって!」
右手が振り上げられる。
おれが目を閉じたその時。
「ぜんぶ聞きましたわよ」
この声は……。
おれが目を開けると、二年生の右手をつかむ長身の女子が立っていた。
リズだ。
「り、リズ……」
二年生は途端に、さささと壁際に避難する。
さっきまでの威勢はどこへやら。
リズは二年生に問い詰める。
「今日の帰りにわたしと放課後デートをする約束でしたわよねえ?」
「ああ、も、もちろんそうだよ」
「それなのにアカリという女はだれですの?」
「それは……姉、で」
「お姉さまとデートをなさるんですか?」
「ああ、そういう表現をすることもある」
「ふーん。そうですの……」
リズはそういうと、ちらっとおれのほうを一瞥。
それから二年生にいう。
「あなたのほうからあちらの本野さんにぶつかっておいて、金を出せというのは何事ですか?」
「え、いや、だって、すっげぇ痛かったし」
「本野さんは謝罪していたじゃありませんか」
「だけど、誠意ってものを――」
パシン、と乾いた音が廊下に響く。
リズが二年生男子を叩いたのだ。
「もう、わたしにも本野さんにも二度と関わらないでくださいね」
リズはそういうとニッコリと笑う。
二年生は赤くなった頬をおさえて、うなずく。
「もし、同じようなことをしたら今度はグーで殴るだけじゃ済みませんわ」
「はい、わかりました」
二年生男子はそれだけいうと、走って逃げていった。
「本野さん」
リズがこちらを見た。
おれは反射的に姿勢を正す。
「はい」
「ありがとうございます」
リズが深々とお辞儀をしていた。
「え、なにが? お礼をいうのはおれのほうだよ」
「いいえ、わたくしのほうですわ」
「なんで?」
「あんな男を一度でも好きだと思い、告白をされ、浮かれて今日、初デートをするところでしたわ」
「そうだったんだ」
「とんでもないクズだということがわかったのは、本野さんのかげです」
いや、まあ、あの様子ならおれが絡まれなくても、他の生徒が絡まれて本性表してただろうけど。
「おれは本当になにもしてないから」
「でも、あっさりお金を払ったりしたらそれこそデート代に消えていましたわよ」
「それもそうか」
「嫌なことはハッキリ嫌だということは、大事ですわよ」
リズはそれだけいうと、「それでは」と颯爽と廊下を歩いていった。
嫌なことはハッキリと嫌だという、か。
確かにそれは大事だよな。
チャイムが鳴ったので、結局おれも教室へ戻った。
一時限目は自習。
数学の教師がインフルだそうだ。
なんか最近、自習多くね?
この学校の教師、体弱いのかなあ。
そんなことをぼんやりと考えつつ、麗の席を見る。
かばんはある。
だから学校には来ている。
だけど、席にはいないし教室にもいない。
また化学準備室Ⅱか。
おれも行こうかな、と思いつつ、どんな顔をして会えばいいのかわからない。
でも、初稿を修正しなきゃだしなあ。
行くかな、と立ち上ろうとした時。
「ちょっといい?」
そういっておれの席にきたのは、姫宮だった。
「なんだ?」
毒リンゴは、一冊の本をおれの席に置いた。
それは『黒ギャル探偵③』だった。
「これ、本屋で買ったの。サイン用」
「え?」
「一ノ瀬伊吹って、本野でしょ?」
なぜバレた。
そんなことを考えていると、毒リンゴは声のトーンを落としていう。
「実はね、松戸さんがしつこくわたしに絡んでいた時期があって」
「……知ってる。あれはなんというか、おれも止めるべきだった思ってる」
「あら、反省してたのね。でもべつにいいわ。ウザいけどいじめられていたわけじゃないから」
毒リンゴはそういってから腕組みをして続ける。
「でも、松戸さんがどーにもしつこくてね、わたしが飲んでいたイチゴミルクをどうしてもくれというのよ。それ、もう空なのよ? ゴミよ?」
「かなりキモイなそれ」
「でしょ? でもあまりにも圧がすごくてあげたの。で、お返しにって次の日くれたのがこの本」
毒リンゴはそういうと、『黒ギャル探偵③』指さした。
ああ、じゃあゲームのあのエピソードはあながちつくり話ってわけでもないのか。
現実の方がキモさはあるが……。
「わたし、すごくハマったの。たぶん、わたしが小説を読むことが好きってのいうのも松戸さんはリサーチしてて、次はサスペンスかミステリを読みたいことも調べてたのよ」
「なんでそこまでわかるんだよ……。麗やばいだろ」
「まあ、松戸さんは色々と問題もあるけど、面白い本を教えてくれたことには感謝してるわ」
「それでなんで作者がおれだってわかったの?」
「松戸さんがいったのよ。『翔が書いてるんだよ、すごいでしょ』ってね」
「あっさりバラしたな……」
「別にいいじゃない。むしろ作者だということに誇りを持つべきよ」
「そうか、そうだよな」
おれはそういうと、サインをした。
「ありがとう」
毒リンゴ、いや姫宮さまはそういうとにっこり微笑んだ。
それからひとりごとのようにいう。
「ふふ……。これをメロカリで売れば高い値がつくかしら」
「おいおい!」
「冗談よ。高値なんかつくわけないでしょ。あなたまだ新人作家よ」
「ソウデスヨネ」
やっぱり毒リンゴだ。
ぐったりとしていると、毒リンゴが去り際にこういった。
「一生の宝物にしよ」
ん?
おれが毒リンゴを見ると、ものすごい勢いでにらんできた。
聞き間違いか……。
でも、なんかうれしいな。
まさかこんなふうにクラスメイトにサインをねだられる日が来るなんて……。
麗に感謝しないとな。
おれがこうしているのも、麗の発明のおかげだ。
そう思った瞬間。
脳裏に、麗の笑顔が浮かぶ。
そうだ、冬休みが終われば、麗はもう学校に来ない。
こうして話しかけに行くこともできない。
そんなの嫌だ。
行かないでくれ。
そんな台詞、カッコ悪い。
でも、カッコ悪くたっていい。
無理して、「そうか。頑張れよ」と見送って、後悔しても遅い。
それなら全力で止めよう。
もし、それで麗の決心が揺らがなくても、かまわない。
おれの気持ちを伝えなきゃ。
いつのまにかおれは、教室を出て走り出していた。
化学準備室Ⅱへ行くと、だれもいなかった。
あちこちを探した。
下駄箱に麗のローファーはある。
残る可能性は屋上。
おれは屋上へと急いだ。
屋上のドアを開けようとしたその時。
「わたしも好きだよ、青山くん」
そんな声がドアの向こうから聞こえてきた。
麗の声だ。
青山くん?
「それを聞けて安心したよ」
青山の声も聞こえた。
えっ、麗と青山は、両想いなのか?!
青山は微妙な答え方だけど。
でも、「安心した」ってこと、告白成功?
じゃあ青山が麗に告白した?
麗も青山が好き、ってことか。
そんな……。
目の前が真っ暗になった。
ゲームの中で麗に銃口を向けられた時よりも、ショックだ。
だけど、なんでおれはこんなにショックを受けているんだ?
幼なじみじゃないか。
初恋の相手だけど、それは昔の話。
今は、麗は友だちだろう?
だけどなんでこんなに苦しいんだ。
なんでこんなに傷ついているんだ。
おれは、麗が好きだったのか?
まじかよ。
いや、心当たりはある。
おれは麗といっしょにいるのが当たり前だと思っていた。
もっといえば、いっしょにいたいと思っていた。
離れたくないし、だれか他の男と付き合ってもほしくない。
それはなんだといわれれば、愛だろう。
バカだなあ。
なんで今まで自分の気持ちに気づかなかったんだ。
そして、自分の気持ちに気づいた途端に失恋かよ。
はあ、とため息をついているとドアが開いた。
やべっ。不意打ちだった。
逃げようとして、麗と青山がいっしょに出てきたのを見てしまう。
心臓にぐさりとナイフが刺さったような痛みと衝撃。
「あっ。翔。どしたん?」と麗。
「本野くん。ちょうどよかった。じゃあおれはこれで」
青山はそれだけいうと、階段を下りていった。
おれも戻ろうかな。
もう別に青山と両想いなら、おれは邪魔だろうし。
そう思っていると、麗がいう。
「ちょっと話さない?」
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