第40話 GAME OVER

 GAME OVER



 赤い文字がデカデカと浮かび上がる。


【ゲームからログアウトします】


 女性の声と共に、おれの視界は暗闇ではなくなった。


 病院でもない。

 ここはおれの部屋だ。

 目の前には麗もいた。


「あれ? どうなってるんだ?」


 驚いて自分の手足、体のあちこちを触ってみる。

 どこにもケガはしてないようだ。

 生きてる。


「おれ、死んだはずじゃあ……」


 そういうと、麗は驚いたような顔をした。


「なあ、麗。おれ、オバケじゃないよな」

「とりあえずゴーグル外しなよ」


 麗の言葉に、おれは頭にかぶっていたものを外す。

 両手にはコントローラーのようなものを握っていた。

 あれ、なんでおれ、こんなものを……。


「フルダイブVRMMOをつくってみたから、プレイしてみてっていったの覚えてない?」


 麗の言葉に、おれは記憶を手繰り寄せる。

 ああ、そうだ!


 土曜日、つまり今日。

 麗は家に来て、「フルダイブVRMMOのゲーム作ったんだ~。まだ完璧じゃないから、とりあえず翔が試してみてほしいの」といったのだ。


 だから人間はおれひとりで、あとのキャラはコンピューター。

 それってMMOとはいわないのでは、とツッコミを入れたことは覚えている。

 そして、おれの部屋でそのゲームをプレイすることにしたのだ。


 だからつまり、麗にモテモテの香水を受け取った時からゲーム世界だったということになる。

 モテモテの香水もゲームの話だったのか。

 残念なようなホッとするような。


「なんか頭が混乱してきた……リアルすぎてこわい」

「そっかあ。じゃあよくできたんだなあ」

「できすぎだ。おれはゲームの最中に一度も、これがゲームだと思わなかったぞ」

「そりゃあ、そういうふうに脳みそが錯覚するように作ったんだもん」


 麗は満足そうに笑う。


 やっぱ麗の発明、怖いんだけど。

 ああ、なんか銃で撃たれたのが恐怖だしショックだしで、ゲームなのに気分が落ち込む。

 おれはそこでハッとする。


「これかなりのクソゲーなのでは?」

「失礼な。『天才科学者・麗を救出せよ1』だよ。クソゲーどころか神ゲーよ」

「2も作る気満々だな。つーか、なんで姉がいないことになってんだよ」

「それはそれ。ゲーム世界と現実はちがうの」


 麗はそういうとこう付け足す。


「NGワードには姉も入ってるから」

「なんでだよ……」

「お姉ちゃん強いからね。出てくると無敵すぎるからゲームでは実在しない設定」

「なるほど……」

「わたしも、翔のプレイ画面を共有して見てたけど、なかなかすごいゲームだったよ」


 麗はうんうんうなずいて、自画自賛。


「でも、未来人のギャルは実在するアカウントだよな?」

「そうだよ。あれただのわたしの裏アカってゆーか、そもそもわたしが管理してないし」

「どういうこと?」

「未来人のギャルは、自動で書き込みするようになってんの」

「え、じゃあ青山の質問とかは」

「ぜんぶ自動」

「なんか未来が当たってるとかいって信じてたぞ」

「ああ、まあそれっぽいことを学習して答えさせる機能もあるからね。青山くんは当たってるって思い込んでるだけだよ」


 麗はドヤ顔をして見せる。

 青山、無駄な時間をつかってるなあ。


「ちなみにモテモテ香水のシーンでいってたリズリサちゃんが彼氏持ちってのはぜんぶ演出でうそだからね。あと、ゲーム内では青山くんは実は十八歳で運転免許持ちなのもフィクション」

「他人の運転だと酔うってセリフと、あと研究所に駆け付けたのは青山の運転だったのか……つーか、麗、地味に青山のこと嫌ってないか?」

「そんなことないよ。ちょっと苦手なだけ」


 麗はそういって少しだけ笑う。


「じゃあ、後のことは本当ってことか?」

「うーん。フェイクも混ざってるけど本当のこともあるよ」

「そうか。それなら麗のお姉さんの運転が荒っぽいってのは」

「それは本当。リアルを忠実に再現しました」


 麗はにっこりと笑う。

 まじか……だけど納得。

 なにがあっても麗の姉の車には乗らないようにしよう。


「ああ、それからね」


 麗はそこで言葉を切ると、茜色に染まった窓の外を見て続ける。


「もうひとつ、本当のことがあるんだ」 


 

 日曜日。

 目を覚ますと、既に時計は午前十時を過ぎていた。

 体を起こして、ため息。


 昨日の麗のゲームは、かなり刺激が強くてまだ疲れが残っている。

 それに、昨日の帰り際の麗の言葉。

 あれが心に引っかかっている。

 どういっていいものか。

 そうか、よかったなと思わずいってしまったが……。


「ああ、もう!」


 おれは頭をガシガシとかいて、大きなあくびをしてから一階へ降りた。


 ボーッとしながらお湯を沸かす。

 いつものマグカップが見つからない。お気に入りなのに。

 しかたなく来客用のマグカップに視線を落としたまま、ぐるぐると考える。


 なんていえばいいんだ。

 おれはどうすればいいんだ。

 いや、むしろおれに口を出す権利なんかあるのか。 

 あーでもない、こーでもないと考えていると。


「おにい!」


 背後からローキックをくらった。

 思わず痛みでしゃがみこんだ。


「今朝の朝食当番サボって寝てたでしょ!」

「色々と疲れてるんだよ……」

「しょーがないから、わたしが朝ごはんつくっておいてあげたからお湯わかさなくていいの!」


 妹の言葉にダイニングテーブルを見れば……。


 コーヒー、オムレツ、カリカリベーコン、フレンチトースト。

 そんな朝のメニューが並んでいるではないか。


「おにいが朝呼んでくれないから寝坊しちゃって。それでさっき作ったばっかりだから冷めてないよ」


 妹がそういってちょっとだけ笑う。

 途端に胸の中から何かがこみあげそうになった。

 吐きそうなのではない。

 感動しているのだ。


 妹がおれに朝食をつくってくれたことに。

 もちろん、それもある。

 しかし、こうして妹にローキックされつつも、朝ごはんを食べられる。

 その平和な日常の、なんともありがたいこと。


 昨日の悪夢のような一日が(ゲームの中だけど)、どれだけ地獄だったのかを思い知らせてくれる。

 ……あのゲーム、精神的によくないのでは?

  

 妹のつくった朝食を食べ、「すっげえ美味いな、これ」というと、妹はうれしそうに笑った。

 なんだかあまりにも妹がかわいいので、お小づかいをあげた。

 そしたら丁寧に断ってきた。


「やめて。そういうことじゃないから」

「なんだよ。お小づかいをいらないんだんて」

「だっておにい、昨日からすごく顔色悪いんだもん」


 その言葉に、洗面所で自分の顔を見ると確かに青いというより白い。

 目の下の隈もひどい。

 寝癖もひどい。

 おれは寝癖を直しながら考える。


 ゲームの影響で気分が悪い。

 それだけじゃない。

 麗が遠くへ行ってしまう。

 それがすごく寂しい。


 リビングに移動すると、テレビの画面に見覚えのある施設が映っていた。

 おれは思わずソファに座って画面を見つめる。


 この施設、昨日、おれがゲームの中で麗を助けにいった研究所だ。

 そういえば、麗はこの研究所だけは本物だといっていた。


 敵とかヤバい研究をしているというわけではなく、山奥の林の中にこんな洒落た建物があって、研究員がいて、発明をしている、というのが本当らしい。

 その研究所の名前は……。


「松戸研究所」


 おれは画面に表示された言葉を、口に出す。

 所長が麗の祖父らしい。


 松戸研究所は、介護ロボットや配膳ロボットなんかを研究しているそうだ。

 麗が昨日、説明してくれた。


 ニュースで今、その松戸研究所が映っているのは、所長が超巨大ロボットを制作していて話題になっているとか。

 所長――麗の祖父がピースサインをしているのが画面に映る。

 血筋ってやつを感じるな。


 麗は、この研究所には何度も行ったことがあるらしい。

 小さい頃に遊び場にしていたそうだ。

 そして、またその研究所に久々に行くそうだ。


 今度は、ずっと。


 そう、つまり麗はこの研究所の研究員として誘われているらしい。

 祖父から直々に。

 昨日、麗が帰り際に行ったのはそれだ。


「わたし、高校辞めて、研究所の職員になろうと思うんだ」


 そういった麗に、おれは、「そうか」としかいえなかった。


 所長である祖父が、「え? タイムマシン? おじいちゃんも開発したい! した!」といいだしたらしい。

 なあ、その祖父、だいじょうぶか?


 それでも祖父はその道ではかなり有名な発明家らしい。

 祖父は、「じゃあ職員になっちゃえばいいよ。学校? 麗は天才だからもう行かなくてもいいんじゃないか?」だと。

 いいのか、本当に。

 

 そんなわけで、麗はこのまま二年生にならずに研究所の職員になるそうだ。

 冬休み中に準備をして、祖父母の家に引っ越しをするらしい。

 そこからなら研究所からも近いから、と。


 研究所は、ここからだと最寄り駅から電車で一時間、バスとタクシーをつかって一時間くらい、合計二時間はかかる。

 遠い。

 同じ県内だというのに。


 車を持たないおれにとって、研究所は遠すぎる。

 いや、車を持っていたって、隣の家と片道二時間じゃあぜんぜん違う。

 麗はそんな遠くへ行ってしまうのだ。


 寂しい。

 すごく寂しい。

 そう思う。


 だけど、おれは麗の決めた道を尊重したい。

 そもそもおれが口出せるようなことじゃないんだし。

 そんなふうに思うのに、どうしてもスッキリしない。

 笑顔で送り出す覚悟なんて、これっぽっちもできていなかった。

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