第39話 運命の分かれ道

 玄関ロビーでおれたちの前に立ちはだかのったのは……。


「やだ、SちゃんもPちゃんも避難しなよ」


 麗はそういってガタイの良いSPふたりをみる。

 SPふたりの目は、おれにターゲットロックオン。


「そうですよ。この研究所、爆発するらしいですよ」


 おれがいうと、SPふたりは同時に叫ぶ。


「おれたちのどっちかといっしょに逃げてくれ!」


 そういってSPは、おれに近づいてくる。

 やべぇ、こいつらの腕力はおれも麗も敵わない。

 そうだ、腕力。

 おれはポケットからキャンディを取り出すと、二人の口に入れた。


「それ噛んだら選んでやる」


 すると、ふたりはあっさりとキャンディを噛んだ。

 途端にふたりは気絶した。


「え、それって……」


 麗が驚いたように倒れたSPを見る。


「そう。子どもに戻るキャンディもとい、歳とるキャンディだろ」

「うわー。これヤバい発明だね」

「いつもヤバい発明だろ」 

「アハハ。だよねー」

「どうする? このSPたち、爆発に巻き込まれるんじゃね?」

「大丈夫だよー。このキャンディで気絶したんなら長くても五分で起きるから」

「じゃあ、そのうち起きるか。おれたちは逃げよう」


 おれと麗はそういうとあっさりと研究所の建物を出た。

 はずだった。

 次に目の前に立ちはだかったのは……。


「見つけたわよー。さ、デートいきましょ」


 受付のお姉さんだ。


「じゃあ、このキャンディを先に」


 おれがキャンディを差し出すと、お姉さんは拒否。


「ダイエット中なの」

「ダイエットに効くよ」と麗。

「いや。ダイエットに効くってものはいろいろと試したけどみんな嘘なの」

「なるほど」


 おれはそういいながら、これまたポケットに忍ばせておいたブレスレットをはめる。


「あっ、それは」


 麗がそういった途端。


「あら、どこ行ったの?」


 受付のお姉さんが辺りをキョロキョロしはじめる。

 そうなのだ。

 ギャルになるブレスレットも持ってきていた。


「そのブレスレット、予備あったんだ」

「ああ。まあおれも使うことはないと思ってたんだけどな」


 そういいながら、おれと麗は堂々と正面玄関から出た。


「逃がしませんよ」


 正面玄関から出ると、田中オジが立っている。

 その手にはレーザー銃。


「あれ、逃げたんじゃないんだ」

「まっさきに逃げたよな」

「あれは研究所のスタッフに避難を呼びかけていただけです」

「やめなよ。そういうふうに意味もなくクライマックス盛り上げようとする演出」

「麗、そういうメタ的な発言をするな」

「だってさあ」

「そういうわけで」


 おれは麗をかばうようにして、立つ。


「麗に指一本触れさせない」


 まっすぐに田中オジをにらみつける。


「ちょ、カッコいいけどさあ、危ないってば!」

「いや、モテモテ香水でどうにかなんないかなーと……。あ、花粉症だっけ」

「花粉症は最強ですよ」

「つーか、ブレスレットをしててもおれだってわかるのすげぇな」

「目はいいですからね」

「視力の問題か?」

「それはあるかもね」と麗。

「どういう仕組みなんだよ」


 おれはそういうと、ブレスレットをはずした。


「それでは君は殺して、それから」


 田中オジはそういうと、麗を見て続ける。


「松戸さんはわたしの嫁にしましょう」

「えー! 絶対にいやっ!」     

「娘ぐらい歳が離れてるのに図々しいぞ!」


 おれはそういいながら、何か策はないかと頭をフル回転させる。

 黒歴史消しゴム?

 ダメだ、どこにも書く場所がないうえに、おれの記憶が消えるだけ。

 香水は効かない。

 ブレスレットは意味なし。

 あ、キャンディ。

 そうだ。まだ一個あった!

 でも、どうやって食べさせる?

 ダメだ、いくら考えても食べさせるビジョンが浮かばねえ。


「わたしは、まだ二十八歳です!」


 田中オジがそういって、引き金に指をかける。

 くっそ、めっちゃ怒ってる……。

 余計なことをいうんじゃなかった。

 あ、そうだ。

 すべらないリップクリーム。

 どこへやったっけ?

 ポケットの中に手を入れると、何かに手が当たる。


「なにをしているのですか? そちらにも武器があるのですか?」


 警戒する田中オジに、おれはいう。


「最期にリップクリームだけ塗らせてくれ」


 そういって、おれはリップクリームを取り出す。

 そのパッケージは緑色の薬用の、ただのリップクリームだった。

 あれ?

 すべらないリップクリームのパッケージは、ピンクと黒のストライプ柄。

 しかし、これは、緑色の、市販の……。

 まちがえたあああ。

 混乱して間違えて持ってきたんだ。

 ああああ、おれのバカ! 


「リップクリームを塗る気がないなら、さっさと終わりにしましょう」


 田中オジが銃をおれに向ける。

 ダメだ。

 ここで終わりか。

 でも、おれが死んで麗が助かるなら……。

 そう思って目を閉じた。

 その瞬間。


 ドバキャ。


 すごい音がした。

 目を開けると、田中オジはいなかった。


「わたくしの恩人に銃を向けるとはいい度胸ですわ」

「本当ですわよお姉さま」


 そういって目の前に現れたのは、リズリサ。

 よく見れば田中オジはリズリサの下敷きになっていた。

 いつの間に……。


「これが銃ね。小さいのね」


 さらに姫宮林檎が登場。

 動けない田中オジから銃を奪い、林の奥に放り投げた。


「ナイスですわ、林檎姫」

「さすが林檎姫!」


 リズリサ、大歓喜。


「なんでみんないるの?」


 麗がぽかんと口を開く。


「おれが連れてきたんだよ」  


 青山がひょっこりと顔を出す。

 麗が両手をぱんと叩いていう。


「ああ、なんかこうクライマックス終盤に仲間が集まるみたいなやつだ」

「だからメタ的発言やめろって」

「とにかく行こう。作者は逆算ができない。三十分とかいいつづ、いつ爆発するかわからない」

「青山までなにいってんだよ」


 おれはそういって走りかけてハッとする。


「あっ。やべぇ」

「なに?」

「麗のお姉さんにこここまで連れてきてもらったんだ」

「え、お姉ちゃん?」

「ロビーではぐれて、そのまま」


 おれがいうと、麗は首をかしげた。


「お姉ちゃんはいないよ」

「いや、だからはぐれたんだって」

「そうじゃなくて」


 麗は小首を傾げたままで続ける。


「わたしには、お姉ちゃんなんていない」


「えっ?」

「お姉ちゃんはいないの。わたしはひとりっ子」

「だって、え? は? 冗談いうなよ」

「本当だよ」


 麗がそういってこちらをじっと見つめる。


 ひとりっこ。

 その言葉が頭に響く。

 そんなはずはない。

 じゃあ、おれはだれにここまで連れてきてもらったんだ。

 そう思って、林の方にある車を見た。


 車がない。


 麗の姉がどこか別の場所へ移動させたのだろうか。

 本当に、麗の姉に乗せてきてもらったんだよな?


 間違いない。

 あんな荒すぎる運転は初めての体験だ。

 麗がその姉を、「いない」というだなんて。

 きっと、今は頭が混乱してるだけだ。


「松戸さんにお姉さんはいないわよ」


 そういったのは、毒リンゴだった。


「ええ、松戸さんにお姉さまはおりませんわよ」

「はい。そうですわね」


 リズリサもうなずいた。


「松戸さんにお姉さんだなんて、聞いたことがないなあ」


 青山までそういってきた。

 なんなんだ。

 お前ら、麗のなにを知ってるっていうんだよ。

 おれが反論しようとした時。


「ねえ、あなたは本当に翔なの?」


 麗がそういっておれを見る。


「当たり前じゃないか! なにをいいだすんだよ」

「この研究所では、人間そっくりのアンドロイドを作ってるの」


 麗がそういってポケットに手を入れる。

 それから何かを取り出した。


 彼女が右手に握っていたのは拳銃だった。

 麗は銃口をこちらに向ける。


 信じられなかった。

 いや、信じたくなかった。


「麗、この、おれに向けているこれは一体、なんだ……?」

「見ればわかるじゃない。拳銃」


 麗は冷たい目でそういい放つ。

 いや、本物じゃないはず。

 パーティーとかでつかうやつだ。

 引き金を引くと、旗とか出てくるおもちゃの。

 きっとそうだ。


「もう一度聞くね。翔。あなたは本当に翔?」


 麗の言葉に、おれはうなずく。


「当たり前だろ! だからそんな物騒なものをこっちに向けるな」

「なんか信用できないんだよね」

「どうすりゃいいんだよ……」

「そうね。わたしの姉がいるんだとしたら、その姉の名前は?」


 麗の質問に、おれは答えようしてやめた。


 姉なんていないといっておきながら、なぜ名前を聞くんだ?

 この行為に意味はあるのか?

 そもそも幼なじみがおれに銃口を向けている。

 このシチュエーション自体、信じられないというのに……。


 きっと今、麗は錯乱状態なんだ。

 だから、おれが落ち着いて答えれば問題ない。

 ここで錯乱状態の麗に合わせて、「姉はいない」なんて答えたら、アンドロイドでしょ、っていわれて撃たれそうだ。

 そう結論を下し、震える声で答える。


「名前は、まりあ」


 瞬間。


 ターンという音が響き渡る。

 視界が大きくぐらりと揺れた。

 麗の足が見えた。


「翔の偽物ね」


 麗のそんな声が聞こえた。


 血が流れている。

 誰の血だ?

 おれのか?

 そう理解した途端に、視界はブラックアウト。


 ああ、おれ、死ぬのか。

 まさか麗に撃たれるとは思わなかった……。


 麗、おれはお前のことを、

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