斧男

青いひつじ

第1話

本当に可哀想なのは、嫌われている人間ではない。



嫌われるということは、それだけ注目を浴びているということ。もしくはその人が、憎まれるほどの何か才能を持っているのだと思う。


本当に可哀想なのは、他人から何の関心も持たれていない、僕のような人間だ。


たとえば、尖った発言をし、変わり者とされているA君が休んだ日には、「アイツ絶対仮病だろ」とクラスの男子たちが騒ぎ出す。


しかし、僕が休んで次の日学校へ行くと、担任すら休んでいたことを忘れている。

肩がぶつかればみんな 「あ、ごめんね」 と言ってくれるし、めんどくさい委員会を押し付けられることもない。


僕は所謂、害のない、普通の、いい子なのだ。

そして、いい子とは同時に"どうでもいい子"でもある。




ある日の教室。

目の前の男子たちが、楽しそうに怪談話をしていた。


「お前、口裂け女って知ってる?」


「ポマードって唱えるやつだろ?」



この時僕はなぜか、まるで心に口がついているかのように、その名を放ってしまった。



「あの、、、僕、、斧男(おのおとこ)見たことある」



目の前で喋っていた男子たちは、こちらを向き、2秒ほど沈黙した後、キラキラした目で僕の机に両手を置いた。



「斧男って何?!!」


「初めて聞いた!」



予想外の大きな反応に、僕は少し嬉しくなってしまった。

斧男なんて、たった今考えた空想に過ぎなかったが、僕は瞬時にその姿を描き出した。



「そいつはコートを着ていたんだ。長靴を履いていた。右手に斧を持っていて、斧の先は赤黒く染まってた。後ろ姿だったから顔は見えなかったけど、身長からして男だと思う」



「え。なにその言い方。お前見たってこと?実在するってこと??」



しまったと思ったが、一度放った以上、戻ることはできなかった。



「、、、うん。前、帰り道で、、、」



男子2人は目玉をまん丸にして、僕の腕を掴み教室を飛び出した。

向かった先は、職員室だった。



「先生!!こいつが斧男見たって!!!」



「なんだ、大声出して」



採点をしながら耳半分だった先生は、最後まで聞くと立ち上がり、僕の肩を掴んだ。



「それ、本当か」



「、、、はい。斧男を見ました」



気づけば、職員室中の視線が僕に集まっていた。

鼓動が、指先まで響いている。

こんな高揚感に包まれたのは初めてだった。




次の日、緊急で全校集会が開かれた。

斧男の話は、街の交番にまで伝えられたようだった。


廊下側の窓には、僕から話を聞こうと他クラスからの来客が後を絶たなかった。


斧男の話をすればするほど、頭の中の斧男はどんどん色を帯びていった。

最初の話からだいぶ飛躍していたと思うが、みんな事実なんてどうでもよかった。




「斧男、最初に見たのN君なんでしょ。

どんな見た目だったの?」


「大丈夫?怖かったよね。何もなくてよかったね」


「どこで見たの?」


「あいつ嘘ついてるんじゃね?」


「興味ひきたいだけだろ」



僕の発言を非難する人間もいたが、それすらも嬉しかった。



斧男の話は学校外にも広まっていった。


配信チャンネルで予想をする者、自分も見たと虚言をする者も出てきた。


地域新聞にも、注意喚起の記事が載るようになった。



2週間がたったある日、学校は一時休校となった。

虚言者たちの出現により、学校周辺を調査することになったのだ。


しかし調査の結果、斧男らしき人物は見つからなかったとして、学校はすぐに再開した。

3週間が経ち、斧男の話をする人間はいなくなった。


一瞬ではあったが、僕の一言で世界が変わっていくのが、怖いようで、快感でもあった。



「なんだか、夢のような時間だったな」



前の僕に戻って、坂道をひとり歩いていく。



「ねぇー!一緒に帰ろう!」



振り返ると、クラス委員の男子が手を振りながら、こっちに向かってきていた。



「君は、、、、なんで」



「だって、斧男の第一発見者でしょ。危ないし一緒に帰ろうよ」



彼は、僕を心配して来てくれたようだった。



「ありがとう」


今までひとつだった影が、2つになった。



「にしても、辺鄙なところに住んでるんだね」



「家こっちじゃないよね?僕について来て大丈夫なの?」



「遠回りになるけど、こっちからでも帰れるよ」



沈黙のまま歩いていく。

そもそも彼は、クラス委員に選ばれるような人間である。休み時間にひとり、読書をする僕なんかとは違う。


太陽と月のように巡り合うことのない僕らに、共通の話題などなかった。




「そういえばさ、聞きたいことがあって」



先に口を開いたのは彼の方だった。



「斧男って、あれ、嘘だよね?」



僕は時が止まったように足が動かなくなり、地面を見ていた顔を上げた。

彼は、まっすぐに僕を見ていた。



「なんで、、、」



「なーんだ。やっぱそーかよ」



先ほどまでの笑顔はそこにはなかった。



「みんなが知ったらどう思うだろうね」



「ごめん、言わないで、秘密にして」



「俺、嘘ついて目立とうとする奴嫌いなんだよね。それも、お前みたいな陰キャがさ」




そう言うと笑顔でスキップしながら、僕の前を進んだ。

彼は、僕が想像していた人間とは違っていた。




「もう学校来れないかもね」





その瞬間、僕の目に、刃のように尖った石が映った。


もし斧男がいれば、こうするはずだ。


石を後ろに隠し、前を歩く彼に近づいた。




「斧男は、実在するよ」



澄んだ風が気持ちいい、夕方17時。


街には、どこかの学校のチャイムが鳴り、坂道には赤黒い小川が流れていく。


僕は石を川へ放り投げ、走った。


今日は一段と夕日が綺麗だ。







速報です。

昨日夕方ごろ、中学生男子生徒が、何者かに頭部を殴られ襲われました。

男子生徒は、発見した地域の住人により病院に搬送されましたが、搬送先で死亡が確認されております。


犯行に使用されたとみられる斧は、まだ見つかっておりません。

防犯カメラには、黒いコートを着て、長靴を履いた男性らしき人物の姿が確認されています。




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