第二話 わーん、意地悪ー!
なんと婚姻の宴で心労のあまりぶっ倒れた
皆、好意的に接してくれるのだが、あたしは、衛士だったし、その前は、ただの郷の娘だった。
ここにいる皆は、生まれた時から、何不自由無く暮らしてきた、豪族の人たちだ……。世界が違う。
「場違いです……。」
としょぼくれて言うと、
「馬鹿おっしゃい! あたしは、いくらでも名家の娘をすすめたけど、三虎は全部つっぱねた。三虎が選んだ
「鎌売……さま。」
衛士、そして女官の時は、鎌売、と呼んでいた。古志加はどう呼んで良いか戸惑う。
「
「は……、母刀自。」
古志加は、ぱちぱち瞬きしながら、繰り返す。
母刀自。
古志加の母刀自は黄泉渡りした。もういない。
また、人を、母刀自、と呼ぶ日が来ようとは。
不思議な温かさが、胸に湧き上がる。
鎌売が、優しく古志加を抱き寄せた。
「そうよ。母刀自です。おまえの本当の母刀自が、黄泉渡りした事は知っています。あたしの事は、本当の母刀自と思ってよろしい。あたしを頼りなさい。
あたし達は、
そして、家を守りなさい。
抱きしめられた古志加は、家を守る使命に、身が引き締まる思いと、
本当にこの人は、三虎の母刀自だ……。
あたしはこの人を、尊敬する。
「はい、……母刀自。心して、家を守ります。……と言っても、具体的に何をしたら良いのか、良くわからないのですが……。」
正直に伝えると、鎌売が古志加を離した。
「新妻なのです。必要な事はおいおい……。」
と
「古志加、不安がらなくて良いわ。あたしだって、郷の娘だったのよ。」
とほがらかに言った。
「えっ! そうなの? 美人だからてっきり……。」
古志加が驚くと、ほほほ、と
「そう、古志加。何も心配はないわ。あたしも支えますからね。」
「日佐留売ぇ!」
感極まって、古志加は日佐留売に抱きついた。
「日佐留売、頼りにしてる! 大好き!」
三虎が、ムッと
「おい、オレは……。」
と不満げに言うので、皆、どっと笑う。
* * *
夜も更けて、三虎に与えられた、柿の木の屋敷に、古志加と三虎は帰ってきた。
倚子に腰掛け、両肘を机につき、うなだれ、古志加は動かなくなった。
「疲れた……。」
「はは。まあ、クセが強いからな。でも、……オレの愛する家族たちだ。だから、よろしく頼む。」
「三虎……。」
三虎の口から、そんな言葉が出るとは。
「もちろんです。あの……、
「そんなの、まったく気にするな。幸い、銭なら、うなるほどある。」
古志加は、くすっと笑う。
まだ疲れてうつむき加減の古志加の髪から、三虎が
「あ……、三虎、
「来ない。」
「へ?」
「誰も来なくて良い、と先ほど伝えておいた。見てなかったのか。」
疲れすぎて、まわりを見てなかった。
「そうでしたっけ……。」
あれ? 三虎の手が止まらない。どんどん、簪をはずされ、髪が完全に解き髪になり、肩にふわっと、クルクルしたくせ毛が広がった。
「ええと……。」
すこし、
今日はもう眠りたい。
三虎が、古志加を倚子から立たせた。
「あの、今日は疲れたな、と……。」
「うん? さ
「早くぐっすり眠りたい、というか……。」
言いにくい。上目遣いで三虎を見る。
三虎は意外そうに目を見開いたあと、はれぼったい目を半目にした。
目の奥が妖しく光る。
古志加は、うっ、と息を呑んだ。
「ふ───ん。」
三虎が一歩、足を踏み出した。
古志加は下がる。
「オレがあと少ししたら、奈良に行く、一緒に過ごせる夜は、あといくらもないって分かって、言ってるんだな?」
「え、と……。」
三虎が足を踏み出す。
古志加はじりじりと下がる。
「ふーん。へーえ。」
古志加はとうとう、壁際まで追い詰められた。
「欲しいって言わせる。」
そう言った三虎は、おもむろに古志加の首に吸い付いた。
「ひえ!」
古志加はびっくりする。
三虎は古志加の腰をつかまえ、逃げられないようにするが、手をそれ以上は動かさない。
ただ、口が、唇が、古志加のむき出しの首だけを攻める。
首筋に優しい口づけを繰り返し、耳下から、襟首のぎりぎりまで、口づけが降りた、と思ったら、また上に口づけが移動する。
下に、上に。
唇が触れるだけの、ふわっとした口づけから、次第に、ちゅ、と音をたて、肌を吸い上げ、舌が這い、
「あ……。」
気まぐれに歯でかじられ、かじりあとをぺろりと舐められ、また、優しい口づけに戻り、下に、上に。首筋だけを三虎は攻める。
耳たぶをかじられた。
「あっ。」
ぞくぞくした
三虎はずっと、古志加の首筋に顔を埋めている。
やまない口づけに、
「はあ……。」
ため息がもれ、頬がますます紅潮し、衣の内側で、乳首にツン、と火が灯る。
ねっとりと耳たぶをねぶった三虎は、
「欲しいと言うまで、やめないし、……あげないぞ?」
と耳元にささやき、首筋へゆっくり唇をはわせる。
(えっ、それって、ずっとこれが続くの? ここまで火をつけておいて、くれないの?)
壁に押し付けられ、腰をつかまえられ、逃げられない古志加のなかで、
疲れはとうにふっとんだ。
三虎の髪の毛を顎に感じながら、………もう我慢できない。
「わーん! 意地悪ー!」
(あとで、もっと文句言ってやるんだからぁ───っ!)
「欲しいですー!!」
とうとう古志加は叫んだ。
その後は壁に押し付けられたまま、「励んでおるわぁ!」を存分にいたす事となった。
立ったままも、たまには良い。
古志加はとろけた。
光の弾ける海にたゆたい、泥のように疲れて眠りにつく前に、
(あれ、何か三虎に言ってやろうと思ったんじゃなかったっけ……。)
と思ったが、愛され満たされた後の、心地よい身体の疲れで頭がボンヤリして、良く思い出せない。
うとうと、半分寝ながら、三虎に濡れた布で全身をふいてもらい、力の入らない身体に夜着を着せてもらい、ほわほわした良い気持ちのまま、古志加は眠りに落ちた。
すやすや眠る古志加の寝顔をしばらく見つめていた三虎が、
「
とささやいて、古志加の額の中央に、そっと口づけした事を、古志加は知らない。
───完───
伊香保風 〜古志加、婚姻の宴〜 加須 千花 @moonpost18
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