伊香保風 〜古志加、婚姻の宴〜
加須 千花
第一話 婚姻の宴
✤「あらたまの恋 ぬばたまの夢 〜
未読の方は、ネタバレ注意!
だって婚姻相手わかっちゃうもんね。
* * *
ありと言へど
伊香保の風は、吹く日も吹かぬ日もあるけれど、オレの恋だけは
万葉集 作者不詳
* * *
今宵は、
机を囲むのは、八人の男女、六人の
この屋敷の主、
「愛する我が子たちよ。その伴侶たちよ。今日は、集まってくれて、感謝する。今日は、うちの末息子、三虎が、やっと妻を得たお祝いだ。乾杯。」
そう須恵器の杯を掲げる。
乾杯、と、大人は浄酒を。
「三虎の妻の家は、両親、親族がなく、我が家だけですが、これは婚姻の宴。古志加は三虎の妻として、今後は扱ってください。
と、娘の
「わかりました。」
と頷く。
「二人とも、おめでとう。心から祝福するわ。」
と艷やかに微笑みながら言う。
かたわらでは、日佐留売の子供である、
「おめでとう、
「おめでとう! 綺麗よ、古志加。」
と可愛らしく言祝ぎの声をかける。
いつものムッとした顔をする三虎の隣に座った古志加は、髪を高く結い上げ、
丁寧に化粧のほどこされた顔は、ため息の出るような美しさだが、……ガッチガチに緊張している。
ぴく、ぴく、と先ほどから、頬が緊張で細かく震えているのがわかる。
「あ、……あり、がとう、ございます……。」
小さくやっと返事をする。
三虎が無言で古志加の脇腹をつついた。
「びゃっ!」
驚いた古志加は倚子に座ったまま、飛び上がった。
がったん、大きな音が響いた。
「何するの三虎!」
古志加が怒って三虎をふりむき、
「ぷ。面白ぇ。」
三虎は悪びれずニヤニヤ楽しそうに笑う。三虎の兄である
「おう、面白ぇなあ。まさか本当に弟の妻になるとはな、古志加。綺麗だぜ。」
とやっぱりニヤニヤしながら、古志加を見る。
三虎は、むっ、と不機嫌そうな顔になり、兄を見た。
布多未の妻、
「ん?」
と隣に座る布多未の顔をじっと見た。瞬時に布多未の額に脂汗が浮き、
「ただの言祝ぎだよ、鏡売。この世で一番綺麗なのは、鏡売だぜ。オレはいつもそう思ってる。」
とやや早口で言う。
「ふふ。ありがとう。」
それを見届けた鏡売は満足そうに頷き、古志加を見た。
「古志加。前に一度会ったわね? これからは、
すると、布多未と鏡売の子供たち四人が、口々に元気よく、おめでとう、と言祝ぎをした。
可愛い声の大合唱に、古志加も自然と笑顔になり、
「はい、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします。」
とお礼をのべた。
皆、ご馳走に舌鼓をうつ。
日佐留売が浄酒でほんのり頬を赤らめつつ、
「あ〜、待った。も〜、待った。本当、長かった。まったく、待ちくたびれたわよ。」
と三虎に文句を言う。
「姉上……。」
三虎は苦り切った顔をするが、この姉に口答えはしない。
そこに鎌売が口を挟む。
「日佐留売。まだです。ここで満足してはなりません。……孫よ。」
いきなり出てきた言葉に、ぶっ、と古志加がむせた。なんとか、眼の前のご馳走に浄酒を口からぶちまける事はさけられた。
ぐっ、ぐっ、とうめきながら、胸元を拳でたたく。
食べ物がつまったらしい。
三虎が、やっぱり苦い顔で、
「母刀自まで……。」
と非難するように言うが、そこに、父、八十敷が参戦する。
「なんだ。お前だけだぞ、孫の顔を見せてくれてないのは。綺麗な新妻じゃないか。一日も早く、孫だ。」
「父上ッ!」
三虎が辛抱たまらん、というように大きな声をだした。布多未が首をかしげ、
「お前ら、夜はお預けなのか? もったいない話だな。」
「は・げ・ん・で・お・る・わぁ!!」
とうとうブチ切れた三虎が吠えた。
そのかたわらで、古志加は一人、
衛士生活が長かった古志加である。三虎、その上の布多未、八十敷は、衛士団の頂点にいる人たちで、普段、一衛士にすぎない古志加は、おいそれと口をきく機会はないし(布多未はあったが)命令は絶対、と、身体に刷り込まれている。
その人たちのご無体な発言を雨あられと浴びせられ、いろいろ限界を越えた古志加は、
「きゅう。」
とうとう気絶し、倒れた。
「あっ、おい、古志加ー!」
三虎が慌てて支え、場は騒然となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます