日航123便墜落事故
「また、旅客機が墜落したらしい…。」
そんな話がフロアーに広がっている。
ここは地方放送局の報道フロアー。
過日、報道を志した女学生もここに在籍している。
旅客機の墜落と聞いて、彼女の脳裏を
未だ事故の真相は解明されず、事件性も取り沙汰されている。
「どうやら長野県の山地に墜ちたらしい…。」
「おいおい、長野県上空に飛行航路なんてあるのか?」
「知らないよ!
まったく、何がどうなっているのか…」
男性陣が議論していると、一人の男性スタッフが報道フロアーに飛び込んで来る。
「キー局からの指示です!
三組に分かれて長野県内に展開をお願いします!」
「何処に行くんだ?」
飛び込んできたスタッフに男性陣の一人が問い返す。
「群馬県との県境付近だそうです…。」
話を聞き終わると男性陣は総立ちする。
打ち合わせをしながら三々五々に分かれて報道フロアーから出ていく。
やがて複数台自動車のエンジン音が聞こえると、全て出払って行った。
今、報道フロアーに残っているのは、過日、報道を志した女学生…現女性リポータと、同じチームを組んでいるプロデューサーとカメラマンの一組ばかり。
「ま、オレらの報道するのは、主婦目線や女性視点のアレコレが中心だからな。」
プロデューサーは天井を眺めため息をつく。
カメラマンもニヤリ顔になるが、女性リポータは複雑な顔になっている。
さて、男性陣が出発して40分程経った頃、女性スタッフが報道フロアーにやって来る。
「すいません、視聴者さんから電話がありまして…。」
「取材要請が出ていますが…どうしましょう?」
女性スタッフも当惑気味、女性リポータチームの面々も困った顔。
(私はどうしたいの?)
女性リポーターは自問自答する。
学生時代は海外留学を視野に入れるほど、語学に傾倒していた彼女。
しかし、三年前の事故リポートを目撃した彼女。
男性リポーターは事故現場と言わず事件現場と伝えていた。
事件と伝える事で刻一刻と変化する現場の状況を生々しく伝え切った男性リポーター。
その言葉選びと雰囲気が彼女の心に刺さり、彼女は報道の
「行ってみましょう。」
女性リポータが喋る。
残り三人が彼女に視線を送る。
「行きましょう!
何があるか分かりませんけど…
我々だって、報道マンです!」
女性リポータは力説する。
彼女の脳裏に
「行ってみるか!」
プロデューサーが立ち上がる。
カメラマンは一足先に自動車のキーを取りに走って行った。
「視聴者の情報を!」
プロデューサーの依頼を受け、書類を手渡す女性スタッフ。
◇ ◇ ◇
「これなんだわ…。」
海を臨む小高い丘に広がる茶畑の一部の土壌が掘り返され、そこに鉄の板が突き刺さっている。
案内してくれるおじいちゃんは困ったような表情。
鉄の板をぐるりと見渡しているプロデューサー。
カメラマンはしげしげと鉄の板を眺めては、手持ち資料と見比べている。
「ところで、これは何時からここに?」
女性リポーターはおじいちゃんに状況を聴取している。
さて、彼らの活動が一段落したところで、カメラマンが二人を呼び寄せる。
「ここ見てもらえますか?」
カメラマンが指さした先にあったものは、白い塗料の上に描かれた紅鶴のマーク。
「これって…日本航空機の垂直尾翼に描かれてる…。」
女性リポーターが震えている。
「ああ、そのマークだな。」
プロデューサーも頷く。
世間さまはお盆休みに入った初日、蝉時雨も騒がしい夕暮れ時、三人は尾翼の前に佇んでいる。
「…ヨッシ!
プロデューサーのゲキを受け、彼らは撮影の準備に取り掛かる。
畑に突き刺さる尾翼は沈み行く夕日を浴びてジュラルミン独特の鈍い光を放っている。
描かれた紅鶴も恨めしそうに空を見上げている。
その垂直尾翼の前に立つ女性リポーター。
震える手でマイクを握り締める。
彼女の正面にはプロデューサーとカメラマン。
「リポート開始5秒前…4…3…。」
プロデューサーは指を2本、1本とたたみ、キューの合図をする。
正面のカメラには、録画を示す赤いランプが灯る。
女性リポーターはリポートを開始する。
「私はいま、事件の現場に来ています。」
リポーターが語る「事件」 たんぜべ なた。 @nabedon2022
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