機械の国
ね子だるま
第1話
朝は嫌いだ
ブラインド越しの朝日に身をよじる。
ベッド代わりの簡素なソファは寝心地最悪だが睡眠欲の前では些細な事だ。
まだ、もう少しだけ眠らせてくれ。
くん
鼻が異常を感じ瞼が上がる。
卵が焼ける匂い、少し焦げたバターの香り。
「あー……」
視線
俺を見下ろす姿は少女。肩口に落ちたプラチナの髪、エメラルドの瞳。肌は色が薄く血管が見える。
俺のご主人様、レディ・ローズクォーツは可愛らしい薄薔薇色の唇を仄かに歪め俺の微睡みを打ち切った。
「おはよう、アルセルくん。顔を洗って朝ごはんにしよう」
2LDK風呂付き物件。
レディはワンピースにフリルのついたエプロンをつけ、おたまを構えていた。あまり余計な物は持って来ないよう言ったのに荷物に忍ばせていたらしい。
嗅覚が訴えた通りダイニングテーブルにはトーストしたパンと焼いた卵とスープとサラダが置かれ、今まさにレディが淹れたのだろうコーヒーが湯気を立てている。
「給仕紛いな事をしないでくれ、レディ」
雑に洗った顔をタオルで拭きながら、俺の席になった椅子に腰かける。
「給仕ではなく新妻ごっこだよ。それに誰かさんが世話を焼かせなければボクだってこんな事しないさ」
スンと鼻を鳴らしレディは水のボトルに口をつける。
「それは本当に悪かったよ。頼むからもうしないでくれ」
謝りながら俺の腹が鳴る。
ああ、なけなしの俺の理性よ。食欲なんかに負けないでくれ。
「謝る前に食べたまえ。せっかくの料理が冷めてしまう」
レディが期待に満ちた目でこちらを見ている。
俺はため息をついて料理を口に運ぶ。
「……うまい」
世辞ではない。
レディはできることはそれなり以上にこなす。
最初に料理を試みた日こそ黒焦げを生み出したが、もう見る影もない。
ふわふわの卵焼きの中には細かく刻んだ肉と野菜の炒め物が入っていた。
温かい食事に臓腑が弛緩するのを感じる。
「ふふ」
俺はレディの頬杖をつく手に補修テープが雑に巻かれているのに気付いた。
「……」
料理を急いで平らげ、黒い鞄からテープを取り出す。
「もっと味わって食べなよ」
「ごちそうさま、手を出してくれ」
「別にいいよ、これくらい」
「俺が嫌なんだ」
細くて白い指に走る赤黒い亀裂。包丁で切った傷ではない。恐らくはただの水で手を洗ったのだろう。
痛い筈なのにレディはニコニコ治療を受ける。
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