第3話


 ショッピングモールはガラス張りの建造物だった。

金がかかっていそうだと呟きながらレディを降ろす。

「あづい……上着だけでも脱いじゃダメかな……」

「服屋までは駄目」

「服は別にいいよ……」

「だーめ」

 洗濯は纏めて洗濯屋に任せていたが、暇に乗じて自分で洗ってしまっては大惨事になりかねない。着替えは多いに越したことはない。

 服を数着購入し、俺達はモールのホールを繋ぐ吹き抜けに向かう。この先に美味しいクレープ屋があるらしい。

 暇つぶしについては残念ながら本屋はなかったが編み物の道具を買えた。編み方も添付されているので当面の暇は潰せるだろう。

 レディは俺にマフラーを編んでくれるそうだ。

「……でね、アルセルくん」

レディの華奢なミュールの底がコツコツとリノリウムに響く。

ふ、と視界に赤が走った。


「レディ!」

 俺はレディを押し退け射線に躍り出た。

ばつん

「アル!?」

マズい

壁に黒が跳ね散る。

恐らくは対戦車ライフルの銃弾によって


 俺の頭の半分が、吹き飛んだ。


「れ、り」

 反射的にが組み変わる。

 腕が一瞬で溶け、硬化し、銃を形作る。

 スコープの赤外線を感知。相手は2射目を撃つつもりだ。

 俺は静かに腕だったそれを掲げた。

「アルセル、もう7度S、6度Eに補正」

「おーへ」

「ファイア」


 一瞬の明滅。

ずり、ざり

 俺は引きずられる感覚に意識を戻された。

視界は7割死んでいる。

「ーっ、く、う」

「レ、ディ」

 身体にうまく力が入らない、想定外の質量喪失に体内のナノマシンが慌てている。

ずり、ずり

 俺はちっとも進んでいなかったレディを掴んで逆にトイレまで引きずり、コインを入れ個室に入るとドアを閉めた。


 レディの心臓の鼓動がすぐ近くに聴こえる。

半分喪失した聴覚がとくんとくんと鳴るそれを伝え続ける。

安心する。俺の外部電源。命の音だ。

10分程そうしていただろうか、俺はようやく自分の形を思い出す。

バックアップCPUへの切り替えが終わったようだ。

嫌な音を立て頭が修復される。

辛気臭い、薄くクマの消えない男の顔。歯並びまで元のまま再現される。


 レディは泣いていた。

貴重な水分がミネラルと一緒に流出している。

指で涙を拭い、親指の腹でレディの唇をなぞる。

「レディ」

 こうすると、レディの口角が上がる。

笑って、レディ。

「ありがとうレディ、もう動けるから大丈夫だよ」

「アルセルくん……」

 身体から離れたナノマシンが自壊していくのを感じる。

 レディの服は俺の循環液で黒く汚れていた。分解された成分は泥に近いが汚いのに変わりはない。

「買ったばかりで役に立ってしまうな」

 声を殺してべそをかくレディの服を脱がせ、袋から出した新しい服を着せる。

うん、かわいい。

 汚れた服は取り込んだ。人間で言う食べるに近い。

 美味くはないが炭素が含まれていれば大体リサイクルできるのは我ながらエコだね。こういう事態を見越してレディの服は炭素繊維と絹が主体だ。

「レディ、行こう」

 頭を撫でるもレディはしがみついたままいやいやと首を振る。

「人が集まってきている。脱出しなきゃ」

 レディはまだ俺にしがみついたまま震えている。

「ホントに……死んじゃったかと思った……」

「大丈夫だよ。……俺は人じゃないんだから」


スカラー工業自立稼働生体型可変機メタモデル試作AREXEL/m

俺は、機械なんだから。


 施設には申し訳ないがドアと反対の壁を切り屋外に脱出し、俺はレディを抱えて移動した。

 念の為センサーは起動しっぱなしだったが、珍しいことに刺客は一人だったらしい。追撃は無かった。

「バイクは自動運転で呼んだからここで待とう」

 レディは頷いて岩に腰掛ける。


「レディ、怪我をしている」

 白い足に赤い血が垂れている。

「……きみを引きずったのだもの、多少はね」

「止血帯は修復の為に食べてしまった……」

「大した傷じゃないからいいよ」

「小さくても傷は傷だ」

 スカートを捲ろうとするとレディが制止した。

「いやいやいや、きみさ、ここは外だよ?」

「外だろうが他に人はいないんだからいいだろ」

「いや全然全くよくないよ??」

 レディが慌てている。珍しいものだ。

「新しい服も汚れるしレディの欠損は看過できない。身長を削ってでも修復を」

「アルセル、きみね。仮にも道路も見えるの…………に…………」

 レディの視線を追う。

 赤い荒野の向こうに、ごうごうと土煙が上がっている。


 タイミングを合わせるようにバイクが到着した。

「治療している暇はなさそうだ」

「うん」

 レディの手を引きバイクに跨り、荷物入れに華奢な靴を放り込んでレディを抱える。

「抱きついてて」

 念のためベルトだけつけて、背中に手が回るのを確認してエンジンをふかす。


 並走、という程近くはないがトレーラーを追跡する。

「あんなでかいトレーラー、他の用途は橋作りくらいかな」

 俺はうそぶくがレディに答える余裕は無さそうだ。

「会いたかったよ、ディアボリカ」

 直径50mはありそうな超巨大トレーラーに載せられた巨大な黒い球体。

間違いない。識別コードm/DHIABOLICA

これから俺達が破壊する


俺の、きょうだい


 顔の青いレディをバイクから降ろし、俺はバイクに迷彩布を掛ける。

「補給物資、もっと食べておけばよかったね」

「仕方ないさ、取りに戻ってディアボリカに逃げられるよりはだいぶマシだ」

 俺はシートの下に入れておいたレンガのような味がする予備レーションを丸呑みにした。今朝の美味い朝食を思い出しほんの少しだけ吐き気を覚える。

「一応確認するが、ディアボリカを俺達が破壊する。それでいいんだな?」

「ああ、お父様の作品は全てボクたちが破壊しよう」

 俺は従おう。それがレディの望みなら。

「行こう、レディ」

「きみはボクの血肉、ボクはきみの心臓だ」

 唇を重ねる。情や快楽など無い、これは真似事に過ぎない。

 すべてのナノマシンの命令がリセットされ、瞬時に新たな命令に合わせ形を変える。

 ばらりとコードのように俺が広がり、撚り合わさる。

 黒い機体が組み上がりのと反対に、俺の意識は溶けていく。


◇ ◇ ◇


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