サード・コンタクト

 白いランバーは、悠々と空を飛んでいた。

 空は未だ曇っていて、地上の光を反射した雲は、ぼんやりと明るくなっている。

 それがまるでスポットライトのようになって、白いやつを照らしていた。

 それを知ってか知らずか、やつはまるで見せつけるかのようにふわりと飛びまわり、それはさながらアクロバットでもしているかのように見えた。


 そして、そこにフェアリィである駆藤が、迎撃行動を取るでもなく、白いランバーと一緒にランデブーを行っている。

 どうにも不自然だった。

 いつもの駆藤であれば、いちもにもなく攻撃するのに、今は武器すら持たずにランバーと仲良く飛んでいる。


 教会の連中に止められている、ということだろうか?

 だとしたら、彼女への教会の強制力は、思っていた以上に大きいのかもしれない。

 しかしそれにしたって、わざわざランバーとランデブー飛行をする意味がわからない。

 一体、何の目的で……。


「おぉ、天使様!」

「天使様!」


 そんなことを考えていると、近くからそんな声が聞こえた。

 声のする方向に振り向くと、そこにはさっき見たアルド教会の信者連中が集まっていた。


 皆一様に、空にいるランバーに対してかしずいている。

 それこそ宗教画ででも見るような、神に祈る教徒そのものだ。


 なんというか、異様な光景だった。

 ランバーが襲撃してきているというのに、銃声も悲鳴も聞こえない。

 大勢の人間が地に膝をつき、フェアリィと飛ぶランバーを崇めている。


 爆弾を落とされるよりはいいのかもしれない。

 誰も死なず、被害も出ていないのだから。


 だというのに、俺はその光景に妙な寒気を感じた。

 理由は何か、と聞かれても明確にはわからない。

 ただただ、言いようのない不気味さに戦慄を覚えたのだ。


「素晴らしいでしょう?」


 すると、そんな声が後ろから聞こえた。

 シンクロするように重なった二つの男の声。

 振り返ると案の定、そこには教会の水先案内人。

 二人組の男がいた。

 彼らはそのまま続ける。


「我らは皆、このような世界をこそ望んでいるのです」

「人と機械の間に垣根などない。争いや闘いというものが根絶された、全てに優しい世界。これ以上の理想的な世界はないでしょう」


 男たちは薄ら笑いを浮かべながら、そんなことをとうとうと語ってきた。

 よく回る舌だ。と思った。


 こんなことを言っている連中が、日夜フェアリィの関連施設を襲撃して、幾多もの死者を出しているのだから。

 それを言ったら、どうせこいつらは今度は『致し方ない犠牲』とでも宣うのだろう。


 まあ、それは別にどうでもいい。

 こいつらのお題目など、俺の知ったことではない。

 俺がやるべきことは、ただひとつだけだ。


「どこへ行かれるのですか?」


 二人の男を無視し、踵を返したところ、そう聞かれた。

 彼らは続ける。


「飛行場にいかれるつもりですか?」


 ……どうやら、当然の如く俺の行動は予測されていたらしい。

 これ以上は誤魔化しようもないだろう。

 俺は再び男たちに顔を向け、言った。


「だとしたら、なんだ。車でも出してくれるのか?」

「あの戦闘機に乗って、天使様に仇なすおつもりでしょう」

「ハッ……嵐も弱まったし、それもいいかもな」


 そう言いながら、俺はジャケットの懐に、ゆっくりと手を忍ばせる。

 言っていることは、間違いじゃない。

 こいつらが邪魔するのであれば、俺は撃ち殺してでもライカの下に行かなければいけない。


 あの白いランバーが、どうしてここに来たのかはわからない。

 ただ、やつのライカへの色目の使いようは俺もよく知っているつもりだ。

 ライカが近くにいると知れば、ちょっかいをかけてくるのは目に見えてる。


 であればそうなる前に、俺がライカのところに行かなければならない。

 幸い、他の信者どもとの距離は遠い。

 今目の前にいるこいつらさえどうにかすれば、車を奪って飛行場に向かうことは可能だろう。


「……どうしても、行かれるのですね」


 男たちからその言葉を聞き、俺は一層警戒した。

 懐にある銃を握りしめ、野生の獣に相対するように、ゆっくりと後ずさる。

 なんとか、隙を見つけて――



「わからぬか、客人よ」



 不意に、そんな声が聞こえた。

 老いた、しかし圧のある、奇妙な声。

 これには聞き覚えがあった。

 なんせ、つい何時間か前に、聞いたばかりなのだから。


「お父様」


 男たちがそう言うと、その奥の方から、車椅子に乗った老人が現れた。

 予想通りの人物。

 アルド教会の、少なくともこの支部の長。

 通称『お父様』と呼ばれる老人だ。


「……客人よ」


 老人は呟きながら、俺を品定めでもするように、じっと見つめてきた。

 つま先から、頭まで、舐めまわすようにじっくりと。

 そんな風にしてくるものだから、否応なく老人と目が合ってしまった。


 それは実に異質だった。

 人間のそれとも違う、しかしAIなどの機械にも当てはまらない。

 どちらかというと、そう。

 あの『何か』に通ずるような、そんな不自然さを持っていた。


「貴様は何もわかっていないのだ。『アレ』がどれだけ、『彼ら』にとって肝要なのかを」

「……悪いが、アンタの与太話に付き合う暇は無い。どいてもらおう」

「まだ理解しないか」

「さっきからなにを――」



ライカ・・・は、貴様ごときが傍に居ていい存在ではないのだ」



 ……なんだと?

 こいつ今、なんて言った?

 なんで、ライカを知って……。


「想定通り、彼女は『巫女』と繋がった。彼女へのパスはできた。後は、そこに『彼ら』が繋がるのみ」


 『巫女』。

 その単語には、覚えがあった。

 あのホムンクルスの、このカルト教団での呼び名。


 そう、ライカが接続した、あのホムンクルスの……。


 その瞬間、俺の脳裏に、ある存在が浮かんだ。

 ある人間を乗っ取って、ライカに干渉しようとした、『何か』。

 もし、もしあれが。


 ホムンクルスでも、同じことが出来るとすれば――


「クソッ!」


 気が付くと俺は、その場から駆け出していた。

 まずい。恐らくだが、しくじってしまった。


 あのホムンクルスは、失くし物だったんじゃない。

 恐らく敢えて置いたのだ。

 あの時間、あの場所で。ライカが見つけるように。

 俺たちが拾うように。


 ライカがホムンクルスに接続したのは、きっと偶発的な事故じゃない。

 彼女が接続するよう、ホムンクルス側がそう設定していたのだろう。

 一体、どうやって……。


 いや違う、そんなことは今はどうでもいい。

 問題は、あのホムンクルスに、ライカの接続痕跡があるということだ。


 データというものは、どれだけ上手に削除したとしても、その性質上必ず残滓のようなものが残る。

 通常であれば気にする必要もないレベルだ。

 所詮は残りカス。そこからサルベージすることなど、びりびりに破いて燃やした紙を元に戻そうとするようなもの。普通であれば、到底できるようなことじゃない。


 そう、普通であれば。

 では、それをやろうとする相手が、普通ではなかったとしたら。

 接続情報をサルベージして、無理やりにでもライカと繋げられる技術があるとすれば。


 考えられるのは、最悪の結果。

 ライカへの、ハッキング。


 ダメだ、それだけは。

 それだけは、絶対に――。


「全ては揃いつつある、あとは――」



「要らぬものを、削ぐだけだ」



 老人のそんな声が聞こえた、その瞬間。

 後頭部に、強い衝撃が走った。


「ッ……!」


 うめき声のひとつも上げることができず、気づけば俺は地に伏せていた。


「なん……ッ」


 何が起こった?

 痛みでもうろうとした頭で、辛うじてそんな思考をする。

 衝撃でいうことを聞かない身体で、何とか現状を把握しようと、首を後ろに回した。

 目に飛び込んできたのは、見知った顔だった。


「……終わりました、お父様」


 目の前でそう言う駆藤は、酷く淡々とした声色で、そう言った。

 それは、さっきベッドで話していた時とはまるで違う。

 どこか怯えたような、ホムンクルス特有の、無機質な目だった。


「天使様の歓待、ご苦労だった」


 と、老人は駆藤に宣う。


「ありがとうございます。このものは、殺しますか?」

「まだだ。今下手に殺せば、下劣な妖精どもが出しゃばってくるだろう。生かしておけば、介入するにも時間がかかるはずだ。拘束して閉じ込めておけ」

「かしこまりました」

「しかるべき時が来れば、『彼ら』が直接手を下す。連れてきたのは手柄だ、4号」

「……はい」


 ……そうか、駆藤が輸送任務にアサインされたとき、俺に随伴を要求したのは。

 結局、最初から全部仕組まれていたってことか……。


「う……ッ」


 動こうとする意志とは裏腹に、俺の視界は段々と暗くなっていった。

 意識を失う直前、最後に目に映ったのは、暗闇の中を悠々と飛ぶ白いランバー。


 そいつはまるで、俺をあざ笑うかのように、空中で一回転をしてみせた。

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少女たちが戦う世界で戦闘機に愛を叫べるか? 生カス @namakasu

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